俺の大好きな幼馴染の鈴木理子ちゃんについては、探偵を雇って定期的に調査していた。現在は大手の銀行に勤めている、年上の彼氏がいるそう。
「理子ちゃん魅力的だからなぁ。彼氏がいて当然だけどさ。その彼氏よりも、俺が上だと示すのが楽しみかも!」 本日、俺が出演するテレビCMが放映される日――彼女が確実にそれを見てくれるとは限らないけれど、新製品を告知するポスターやネットで情報が流れたりしたら、イヤでも目にするに決まってる。それに合わせて、俺がリコちゃんの前に現れたことがわかるだろう。 建物の影に隠れて待ち伏せしていると、道路を挟んだ向こう側から理子ちゃんがかわいらしく走ってやって来る。 「克巳さんごめんなさい、お待たせしちゃって!」 「大丈夫だよ。俺もさっき来たばかりだし」 いつもの待ち合わせ場所に急いで駆け寄ったリコちゃんを、年上彼氏の相田克巳が、ほほ笑んで出迎えた。走って乱れた前髪を直しながら、彼氏に向かってなにか話しかけるリコちゃんの姿を、漫然と眺める。 どのタイミングでふたりの前に現れたらベストか、タイミングを計りつつ、ふたりの行方を見守った。 「あのね帰ろうとしたら、いつものお得意さんから電話があって、延々と長話されちゃった。本当にごめんなさい、克巳さん」 ふたりは並んで喋りながら、ゆっくりと歩き出した。そのあとを追いかけるように、俺も足を動かす。 「仕事ならしょうがないよ」 彼氏は苦笑いを浮かべて腕を差し出すと、理子ちゃんは喜んでそれを抱き寄せて、自分の腕を絡めた。 探偵の調べでは、ふたりは付き合って二ヶ月くらい。付き合いたてのリコちゃんが、彼氏に夢中なのはしょうがない。夢中だからこそ、このふたりを別れさせる方法は、見るに堪えない彼氏の姿をリコちゃんが目の当たりにすれば、確実に熱が冷めること間違いなし! 「実は理子さんの誕生日、プレゼントはなにがいいかなって悩んでいるんだ。会社では、ピアスをつけていても大丈夫?」 (そういえば理子ちゃんの誕生日、来月だったっけ。ピアスなんていう小さなものじゃなくて、もっと派手なプレゼントを考えなくちゃ!) 「はい。華美なモノでなければ、大丈夫です」 「理子さんはショートカットで、いつも耳を出しているから、ピアスがとても似合うだろうなと思ってね。それじゃあ、華美じゃないものから選んでみるよ。楽しみにしてて」 「はい、楽しみにしてますね」 恋人らしい会話が続くのを、無関心を装い聞き流す。ここで俺がイライラして登場したら、これまで計画したことが台無しになると判断した。 「付き合ってすぐに、指輪は重いかなと思ったんだ。もう少ししたら、プレゼントするから」 「えっ!?」 「理子さん、どことなく物欲しそうな顔をしていたから、そうなのかなぁと思ったんだけど。違っていただろうか?」 (だったら芸能人の俺が、最高級の大きなダイヤモンド付きの指輪をプレゼントしてあげるよ) 「やだ……そんなに顔に出てました? 私ったら、ごめんなさい」 「いやいや。そういう奥ゆかしいトコも、結構かわいいなぁと思ったんだ。安心して」 俺の考えを知らずに、彼氏はリコちゃんの頭を優しく撫でる。 「指輪は、一緒に買いに行こうか」 「はいっ!」 会話がひと際盛り上がった、この瞬間を狙い澄ました。 「リコちゃん、み~つけたっ!」 演技派俳優のように、抑揚のかかったセリフを背後から告げると、俺の声に反応したふたりが息を合わせて振り返る。 格好よく登場したのを示すように、口元に艶っぽい笑みを浮かべて、かけていたサングラスを外したら、理子ちゃんの頬に赤みがさした。 (ふふっ、リコちゃんってば俺に見惚れてる。彼氏さんごめんね~) 「アナタいったい、誰ですか?」 頬を赤く染めつつ、猜疑心を含んだ眼差しで俺を見たリコちゃんは、抱きついている彼氏の腕に寄り添うように体を隠した。 「はじめましてじゃないんだけどね。そーだな、リコちゃんの許婚って、自己紹介しておこうか」 呆然としているリコちゃんの左手を無理やり引っ張って掴み、手首に痕の残るキスを落とした。「玄関前でなんて、克巳さんらしい。目の前に自宅があるのに、そこでヤっちゃうんでしょ?」「どうなるかは、陵次第。そうやって俺を煽り続けたら、寒空の下で裸体を晒すことになるが、それでいいのかい?」「克巳さんにくっつけば、寒くないもんね! と言いたいところだけど、寒がりな俺には無理な話だわ。キスは、自宅に帰ってからでいい?」 今が冬場でよかった。夏場だったなら、素直に自宅にあがってもらえなかったであろう交渉がうまくいき、安堵のため息をつく。「わかった。それにプラスして冷えた躰を温めるのに、お風呂で乾杯するのはどうだろうか。陵の好きなビールの銘柄は、そろえてあるよ」 陵の腕に自分の腕を絡めてから、ゆっくりと階段を上りはじめた。すると俺を引っ張る勢いで、リズミカルに階段を上って行く。「さすがは俺の有能な秘書さん。仕事終わりのビールほど、美味しいものはないからね。しかも克巳さんと一緒に乾杯できるなんて、マジでしあわせだ~!」「飲むのとヤるの、どっちが先だろうか?」「それ、俺に聞くまでもない話でしょ♪」「いつも通りということか。承りましたよ、将来有望な新人議員殿」 陵に引っ張られながら上って行くこの感じは、きっと俺たちの未来の姿なのかもしれない。ときには揉めたり不安になったりしながらも、結局はこうして仲良く歩むことができる。「陵、将来のために少しだけでいいから、早漏の治療をしなければね」「え~……。将来のためってその言い方。もっとマシな頼み方があるでしょ」「俺と同じタイミングで一緒にイケたら、もっともっと気持ちよくなれるよ。どうだい?」 途端に重くなった足取りの陵を、今度は俺が引っ張る番になった。「……だったらがんばってみようかな」 引っ張った立場になったはずなのに、すぐさま陵が俺を引っ張る。 無理するよりも、こうして尻に敷かれているほうが、もしかしたら性に合っているのかもしれないと思ったのだが、その後の行為により熱くて甘い夜になったのだった。 おしまい
無意識なんだろうが、掴んでいる陵の指先に力が入り、スーツの上からでもわかるくらいに、爪が突き刺さる。「克巳さんのおかげで、今の俺がいるんだよ。リコちゃんに手をかけようとした事件を起こして、メディアに叩かれまくったあのとき。どん底まで落ち込んだ俺を見捨てずに、付きっきりで励ましてくれたから、立ち直ることができた。どんな困難が立ち塞がってもめげずに、負けない気持ちでいられたのは、貴方の優しさがあったからなんだ」「陵……」 街頭演説をしたときのような、必死に訴えかける感じではなく、もの悲しさを漂わせた声が、心の奥底までじんと染み入った。 俳優としての顔を持つ彼。あえて演技じみてない、ひとりの男としての姿を目の当たりにして、二の句が継げられなかった。「ときどき、怖くなることがあってね。ワガママばかり言う俺に、克巳さんが愛想を尽かして、どこか遠くに行ってしまうんじゃないかって」 胸の内に抱える不安を聞いた瞬間、陵に向かってほほ笑みかける。少しでもいいから、暗く陰った心を明るくしたいと思った。「愛想を尽かされるのは、俺かと思っていたよ。見た目も良くない上に、仕事だってそこまで万能じゃない。そのくせ独占欲は人一倍ある俺を、いつかは嫌いになるかもしれないってね」 掴まれている腕をそのままに、稜の躰を引き寄せた。片腕で抱きしめることになるが密着させるべく、ぎゅっと強く抱きしめる。(君に出逢うまで知らなかった。頭も心もその人でいっぱいになるほどに、誰かに恋焦がれることを――嫉妬で狂いそうになる、胸の痛みを……)「克巳さんってば、無自覚にもほどがある。党本部に行ったときにあちこちから、これでもかというくらいに熱視線が、ばんばん送られてるんだよ」「それは俺宛じゃなくて、稜にだろう?」「絶対に違うよ、克巳さんを見つめてる。顎に手を当てながら、整った髪をなびかせて颯爽と歩く姿とか、たまに笑いかけるところなんて、女の子たちがほわーんとしてるんだからね」「キツネ目で人相が悪い俺と、見目麗しい陵を比べてるだけかと思う。というか、物好きは陵だけでいっぱいいっぱいだ」 肩を揺らしながらクスクス笑ったら、陵は掴んでる腕を放して、俺の両頬をぐにゃぐにゃと抓った。 容赦なく抓りまくる陵を見下ろしながら、痛いことを示すために、眉間に皺を寄せてみせる。「克巳さんはわかってないよ
*** ――俺が愛する綺麗な華、葩御 稜。 彼の傍で成り行きを見守り、この身をかけて愛していく。尽きることのない愛を注ぎ続けるから、どうか君の夢を叶えてほしい。 その一心で彼に尽くしてきた。だがその一方で、俺の中にある不安の種がなくなることはない。 芸能界から政界へ華麗な転身を成し遂げた彼を、メディアはこぞって追いかけた。 ハードなスケジュールをこなしているところに向けられる、たくさんのカメラのファインダー。その中に納まる笑顔の彼に注意すべく、「ほどほどにしないと」なんていう言葉をかけたかった。 どんなに疲れていてもほほ笑みを絶やさず、にこやかに対応する姿を見て、少しでも休憩がとれるようなスケジュール調整を、秘書として考えさせられる。 その他にも、厄介な問題があって――。『芸能界で枕やってたんだって? こっちではやらないの?』 なんていうお誘いを陵の腰に手を回しながらしてくる輩がいるのを、目の当たりにした。しかも相手は、名のある某有名議員――恋人の俺がでしゃばり、ぶっ飛ばしていい相手ではない。『僕のときのようにいちいち目くじらを立てていたら、稜さんが気を遣います。秘書さんは恋人なんですから、どんと構えていればいいだけですよ。あしらうことに長けている、彼に全部まかせるべきです!』 入念とも言えるアドバイスを二階堂からなされていたので、両手に拳を作ってその場をやり過ごすしかなかった。そりゃあもう、歯痒いったらありゃしない!「ふふっ、貴方と寝てあげてもいいけど、現在進行形で俺にテレビカメラがついて回ってるんですよ。もしかしたら先ほどのことを、どこからか撮られているかもしれませんね。議員生命をかける覚悟は、おありなのでしょうか?」 腰に回された手をそのままに、両腕を組んで言い放つ稜の姿が、カッコイイのなんの。 声をかけた某議員は、慌てて周囲を見渡したのちに、脱兎のごとく逃げて行った。 ちなみに、こんなふうに誘ってくる議員の方々が結構いらっしゃって、俺の忍耐力が試されている気がしてならないのが現状だった。 そんな毎日を送りながら稜に翻弄されるせいで、散々苦労しているというのに――。「克巳さんはことある事に、俺の早漏をどうにかしようとして、いきなり困らせるんだから。毎度毎度、困惑しまくりなんだからね!」 マンションのエレベーターを使えば、も
思いっきり慌てふためく俺を尻目に、克巳さんは声を立てて笑う。はしゃぐようなその笑い声は、隣の部屋まで聞こえているんじゃないのかな。「あのぅ克巳さん?」 普段どんなにおかしなことがあっても、こんなふうに屈託なく笑うことがない彼を目の当たりにして、俺は困り果てた。(俺としては克巳さんを、ここまで笑わせるつもりはないのに――)「将来総理大臣を目指そうという君が、早漏の治療に怯えながら俺にあれこれ訴えるところが、どうにも笑いを誘ってね。いやおかしい!」 俺の肩をバシバシ叩きながら、目にうっすら涙を溜めて笑う克巳さんに、ぷーっと怒ってみせた。「酷いよ、その態度! アレはマジでつらいんだからね!」「済まない……。陵があまりに必死な顔して、俺に交渉するものだから。ぷぷっ」「んもう、克巳さんってば」 両手で克巳さんの胸を押して、強引に距離をとった。「悪かった。君の言うことを聞くから。ね?」「本当に?」「本当だよ。なんでも言ってごらん、叶えてあげるから」 遠のかせた距離をそのままに腰を曲げて姿勢を低くし、座ったまま固まる俺を上目遣いで射竦める。その表情からは、なにを考えているのかわからない。「俺の叶えて欲しいこと、は……。克巳さんと――」 たどたどしく言いかけた瞬間、近づけられていた顔が元の位置に戻り、さっと背を向けられた。克巳さんの背中を首を傾げて見つめていると、傍にあったキャビネットを開けてなにかのファイルを取り出し、パラパラめくりながら俺の横に立つ。「陵、卑猥なお願いは、ベッドの中だけにしてくれ。今は仕事中だろう?」「うわぁ、まんまと俺を引っかけるなんて、すっごく悪い恋人!」 すると左手を腰に当てて、なにを言ってるんだという顔で俺を睨む。「少しでも陵の仕事が早く終わるように、秘書としてやれることをしておいた。これを見てくれ」 持っていたファイルをデスクの上に置き、とある文面に指を差す。「あ、これって――」 ファイルと克巳さんの顔を交互に眺めたら、睨んでいた目が優しげに細められた。「早く議員の仕事を終えてほしい。できそうかい?」 克巳さんが見せてくれたファイルには、要望書で調べなければならない資料が掲載されていた。しかも年代や地域別にいろいろ色分けして載っているおかげで、見やすいことこの上ない。「ありがとう。予定している以上に
なにか用事ができて向こうからドアを開けられたりすると、目の前でおこなわれている俺たちの行為を、やって来た相手に思いっきり見せつけることになる。恋人が秘書をしている時点で、あることないこと勘繰られてもおかしくない環境だからこそ、細心の注意を払わなければならない。 壁に耳あり障子に目あり――どこかにカメラでも仕掛けられていて、それを週刊誌なんかのメディアに売られた日にゃ、革新党にも迷惑がかかってしまうのが、容易に想像ついた。 俺は克巳さんの手を握りしめている両手の力を、ぎゅっと込めた。「本当に、これ以上は勘弁して」「ココをこんなに変形させて我慢してるくせに、恋人に向かって随分と冷たい言うんだな」 意地悪な笑みを浮かべながら、室内に響き渡るようなに音の鳴るキスを、わざとらしさ満載で俺の頬に落とす。(――なんだろ、克巳さんらしくない煽り方。いったい、なにを考えているんだろう?)「今の克巳さんは恋人じゃなく秘書でしょ。卑猥なお誘いは、お断りということでOK?」 厳しい表情を作り込み、上目遣いで彼を睨むように見つめた。「……ところで陵。君は現在進行形で、なんの仕事を手がけているのだろうか?」 俺に睨まれているというのに、そんなの関係ないという感じで訊ねる。「仕事?」「ああ。俺が声をかける前に、やっていたことはなんだい?」「えっと確か……ん~、あれ?」 股間をお触りしている克巳さんの手を握りしめたまま、首を傾げながらしばし考えを巡らせた。傍から見たら、マジでバカっぽい姿だろう。「陵、これが国会でおこなわれる質疑応答中だったら、どうなっていたと思う?」「克巳さん?」「それくらいに、君の思考能力が低下しているということなんだ。理解してくれ」「あ……」 握りしめていた両手の力を抜き、やんわりと手を放したら、逆に俺の右手を掴んだ克巳さん。彼から注がれるまなざしは、とても優しげなものだった。「空き時間や移動時間を使って寝るのは、確かに悪いことじゃない。だがそれは一時しのぎなんだ。夜の睡眠は、昼間の疲れをとってくれるものだからね」 俺が気落ちする前に、掴んだ手で自分に引き寄せて、きつく抱きしめてくれる。耳に聞こえる、克巳さんの鼓動がすごく心地いい。 迷うことなく、大きな躰を抱きしめ返した。「克巳さん、心配かけてごめんなさい」「この後におこな
「はじめのヤツ、なにを言ってるんだか。俺はそこまで真面目じゃないっていうのになぁ」「どこかの大臣のように抱えてる仕事を、すべて事務方任せにするなんてことを、稜はしないだろ? そういうことさ」「いやいや、しちゃうかもよ。それこそこれからやって来るはじめに要望書を丸投げして、堂々と楽をするかも♪」 ふふふと笑いながら、お茶を一口いただいた。「そんなことよりも稜の睡眠時間は、きちんと確保しなければならない案件だ。今現在こなしている仕事の効率を考えると、もう少しほしい。先々週から、徐々に落ちはじめてる」「うわぁ! 睡眠時間だけじゃなくてそんな細かいことにも、克巳さんってば目を光らせてるんだ……」「当然だろ。俺は君の恋人兼秘書だからね」 切れ長の一重まぶたを細めてほほ笑む、克巳さんの顔を見ただけで、未だに胸がときめくのはどうしてだろう。もしやこれは、克巳さんとの夜の営みが、しばらくご無沙汰なせいだったりするのかな?「稜の物欲しそうな顔は、そろそろお茶のお代わりが必要なのかい?」 克巳さんの笑顔に見惚れていると、手にした湯のみを奪われそうになる。お茶は、半分くらい残ったままだった。「おかしいな。俺としたことが、珍しく読みを外した」 顔を俯かせつつ、中身を確認しながら湯のみに伸ばした手で、優しく頬に触れる克巳さん。俺の体温が低いせいか、ほっとする温もりをじわりと感じた。「克巳さんの手、ホカホカしてるね」「稜、いい機会だから治さないか?」 俺の感想を無視して、妙な提案を告げる。 頬から耳朶に移動した克巳さんの指先は、感じさせるように耳の穴をまさぐった。その動きでビクつきそうになり、手に持っていた湯のみを慌ててデスクに置く。「ちょっ、克巳さんっ……あっ、いきなり」 隣の部屋には、事務員の女のコだっている。それなのにこんなことをされたら感じまくって、大きな喘ぎ声が出てしまうかもしれない。「稜の早漏を治す治療を、俺としてはおこないたい」「そ、早漏っ!? は? めちゃくちゃクソ真面目な顔して、なにを言い出すかと思ったら」 クソ真面目と表現したけど、悲壮感も若干を漂わせている克巳さんを、まじまじと見上げてしまった。「政治にまわしてる集中力を、少しだけでいいから、ぜひとも股間にまわしてほしいと考えた」 感じるように弄られている、耳の感覚を吹き飛ばし