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第15話
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歳々安らかに 第27話
その夜、一平は帰国の飛行機に乗った。自分の最後のわずかなぬくもりをF国に残して。まるで機械のように会社の大小の問題を処理していた。素早く今回の税務危機を解決し、大江美奈子を名誉毀損で刑務所に送った。彼の圧力で、鈴木グループをはじめとするいくつかのグループは次々に倒産した。焼けた家は修繕され、梨央の真似をしてバルコニーにはたくさんの花が植えられた。千羽鶴を入れたガラス瓶は、ショーウィンドウに並べられ、ただ梨央が折った鶴だけは枕元に置かれたままだった。以前の習慣通り、定期的に絵画展に足を運び、作品をいくつか買った。誰かに聞かれると、彼は優しく答えた。「家にたくさんあるけど、家内が好きだからね」結婚指輪はずっとつけたままで、風呂のときも外さなかった。真夜中に目が覚めると、すすり泣く声が聞こえた。「梨央、俺に近づいてくる女は全部追い払った……」ある日、十年前の手紙が届いた。そこにはこう書かれていた。【十年後の一平へ。もう梨央ちゃんと結婚してる？きっと幸せだよね。羨ましいよ。俺はまだ待っているけど、そう長くはないと思う……】その日、一平は自分の部屋に閉じこもった。涙が手紙に落ちた。彼は十年前の自分に言いたかった。「ごめん、大切な人を失くしてしまった」一平はあれからよくB市の白木寺に行き、梨央のために祈った。きっとご利益があると思っている。もしできるなら、残りの人生すべてをかけて彼女の幸せを祈りたい。彼女を思ってどうしようもなくなる時だけ、F国に行く。今回もアトリエの外で、彼女と同じ空気を吸うだけで幸せを感じていた。突然、何かが服を引っ張った。小さな女の子が、幼い声で言った。「あなたもお母さんの絵を描いてもらいに来たの？」一平は驚いた。梨央にはもう娘がいたのか。少し落ち込みながら、歩き出そうとした。「悲しそうだけど、どうしたの？」一平は梨央に似た女の子の頭を優しく撫でた。「間違いを犯してしまって、大切なものを失くした……」女の子は無邪気に言った。「何を？私が探すのを手伝うよ！」一平は首を振った。「もう見つからないよ。永遠に」子どもは画筆を彼の手にそっと渡した。「悲しまないで。お母さんは、見つからないものは絵に描いて永遠にすると言
歳々安らかに 第26話
三条楓は涙で目を真っ赤にしながら、一平のそばを離れずにいた。彼がゆっくりと意識を取り戻すまで、ずっと見守っていた。一平は口の中で何度もつぶやいた。「梨央……梨央……」目を開けて母の顔を見たとき、かすかに幸福そうな笑みが浮かんだ。「ほら、梨央はまだ俺のことを愛してるんだ。俺が死ぬのを惜しんで、母さんを呼んだんだ。彼女はいつだって心が弱いんだ。俺が諦めなければ、きっとまた心を開いてくれるはずだ」しかし楓の顔には悲しみと怒り、そして不安が混ざっていた。「一平よ、諦めなさい。梨央ちゃんの心はもうあんたのものじゃない」それでも一平は聞こうとしなかった。痩せ細った体でやっとの思いでベッドに座り、かすれた声で言った。「そんなことはない。梨央は絶対に許してくれる。もし俺が……」楓は珍しく厳しい口調で遮った。「いつになったらわかるの？梨央ちゃんはもう一生あんたを許さないのよ！」一平は無理に体を起こし、点滴の針を引き抜いて立ち上がった。「信じられない。きっとまた心を動かされる。昔みたいに」楓は耐えきれずに涙をこぼした。彼の腕を掴み、必死に訴えた。「鈴木グループは大江から私たちの弱みを聞き出して、いくつかのグループと組んで攻撃を仕掛けてるの。社内では深刻な税務リスクまで浮上して、お父さんも調査で連れていかれた。会社は混乱していて、みんな一平の支えを待ってるの。梨央ちゃんのために、全てを捨てていいっていうの？」一平は目を伏せた。その瞳は何を考えているのか読み取れなかった。顔中に冷や汗をかきながら、膝を崩して楓の前に跪いた。「お母さん、ごめん。俺は本当に梨央がいないとダメなんだ」楓は驚き、口を手で押さえ泣き崩れた。跪いたまま彼は立ち上がり、また歩き出した。その後の楓の言葉が、彼の心を最後に折った。息子が失敗しないと気づけない様子に、楓はとうとう堪えきれず声を上げた。「梨央ちゃんは言ったのよ。もしあんたがまた彼女の前に現れたら、完全に消えるって。永遠に！」病室は凍りつくような静けさに包まれた。一平はゆっくり振り返り、赤く充血した目で言った。「そんなはずない」彼は繰り返し呟いた。「嘘だろ？俺が梨央に会いに行くのをやめさせるために、そんなこと言ってるんだろ？」
歳々安らかに 第25話
それでも、梨央は最初から最後まで冷静に彼を見つめていた。意外にも鋭い声で言った。「斎藤梨央はもう死んでるんじゃない？」「何だって？」目の前にいるのに、何でこんな言葉を……その言葉の意味を考える間もなかった。梨央は冷笑した。「三条一平を愛してた斎藤梨央は、あの夜の火事で死んだのよ。もう二度と戻らない」一平の喉が動き、顔色は真っ青になった。「……違う……ここにいてるのに……」彼はポケットから梨央が残した離婚届を取り出した。「俺はまだ署名してない。離婚していないんだ」勇気を振り絞り、梨央の腕を掴んで言った。「ほら……」まるで子どもが賞状を見せるように。だが梨央は激しく腕を振りほどき、距離を取った。「三条、私たちはもう終わったの。割れた鏡みたいに元には戻らないの。お互いにこれ以上傷つけ合うのはやめて、現実を受け入れなさい」一平の体が固まった。その声は羽のように軽いのに、胸は斧で切られたように痛んだ。彼は胸から結婚指輪を取り出した。あの時、梨央は何の未練もなく捨てたやつ。今、その指輪を彼が持っている。「この指輪はずっと身につけていた。まるでお前がいつもそばにいるみたいに。もう一度プロポーズして、やり直せるかもしれない……」梨央は皮肉な笑みを浮かべ、言葉を遮った。「好きにしなさい」一平は彼女をじっと見つめ、呆然として言葉が出なかった。「どうしてこんなことに？一生離れないって約束したのに、どうして離ればなれになるんだ？」梨央の表情は、冬の風よりも冷たかった。「もう行って。これ以上邪魔しないで」そう言い残し、振り返らずに部屋へ入った。「バタン」ドアの閉まる音が彼の胸に刺さり、体が震えた。一平は外に立ち、心は引き裂かれたようだった。まるで捨てられた子どものように怯えて、途方に暮れていた。頑なにそこに立ち続け、自分を痛めつけるかのように苦しんだ。心の痛みは、体の痛みよりも深かった。ぼんやりと立ち尽くし、妻が振り返ってくれるのを必死に待っていた。かつてはほんの少し弱さを見せれば、梨央は許してくれたのに。なぜ今は全てが変わったのか。彼は忘れていた。愛が人を弱くすることを。国内での連日の激務に、身体はもう限界だった。梨央に会い
歳々安らかに 第24話
三条グループの社長が奥さんを追いかける話は、話題になり続けていた。【彼はただ、誰でもやる過ちを犯しただけだ】【遊び人が改心したなら、もう一度チャンスを与えるべきだ】……そんな声があった。しかし、梨央はネットの反応を見て、冷たく笑った。たぶん彼女たちは許せるのかもしれない。でも梨央は違う。一度の裏切りは、二度と許さない。自分の時間は大事なことに使いたい。夫を奪おうとする女を警戒しながら生きるなんて、もういやだ。梨央を探す活動が再び話題になった。彼の執念が神に届いたのか、梨央の住所を知る人が現れた。その日、一平のメールに正確な住所が届いた。彼は不安だったが、思い切って開いた。期待が裏切られる日々に疲れていたけど、少し迷ってから見た。写真は外から撮られていて、ショートヘアの女性が子どもたちに絵を教えていた。ぼんやりしているが、一平の直感は「これが梨央だ」と告げていた。彼はすべてを投げ出し、また会いに行く決心をした。三条楓はそれを知ると、すぐに止めようとした。「梨央ちゃんは会いたくないって言ってるのよ。無駄に傷つくことはやめて」梨央のことを考えないため、一平は毎日仕事に没頭した。楓はやせ細った一平を心配そうに見ていた。「いや、絶対に行く！」彼は強く言った。まだ終わっていないと信じていた。「まだ離婚してない。梨央は俺の妻だ」楓は一平の腕を掴み、悲しそうに言った。「梨央ちゃんが許す気があったら、とっくに戻ってるはずよ。彼女の何がそんなにいいんだ？」その質問に、一平は答えられなかった。何がいいのか説明できない。でも、全部がいいと思っていた。梨央がいなければ、自分は生きていけないと感じていた。結局、楓は手を離した。一平を止められないと悟った。結婚のときのように、みんなの反対もかまわず、彼は迷わず進んだ。今回、一平は順調に梨央のいるアトリエを見つけた。誰も連れてこず、自分ひとりで情熱だけを胸に抱いていた。梨央がここにいると確信していた。彼はアトリエの前で長くためらい、心臓が激しく打っていた。必死に梨央を探したいと思いながらも、ドアの向こうにいると思うと、力が抜けた。彼は花束を買い、慎重に最も美しい状態に整えた。何度も深呼吸し、手を上げ
歳々安らかに 第23話
一平はよく考えた末、表面的な解決ではなく、根本から問題を断ち切ることを選んだ。彼は美奈子とのすべてのチャット履歴、そして彼女が梨央に挑発的に語った一部の言葉を公開した。そして、記者会見を開き、全てを包み隠さず明らかにした。美奈子にどうやって誘惑され、自分がいかに彼女の優しさに溺れていったか。二人がどうやって徐々に梨央を裏切り、傷つけていったか。そして梨央が自分のもとを去った後、どれほど深く後悔したかを。一平は報道陣の前で、重々しく誓った。自分の過ちを隠すことは決してしない。三条家を貶めようとする元凶にも、容赦はしない。そして、自身が取り返しのつかない過ちを犯したことを深く自覚しているからこそ、全てを差し出す覚悟だと語った。持ち株、資産、住居をすべて梨央名義に移し、さらに三条グループの毎年三割の利益を、不倫に苦しむ奥さんたちを支援するための基金に充てると宣言した。その誠実な謝罪は、一気に世論を覆した。もともと美奈子を擁護していた人々は、たちまち態度を変えた。【自分は無理やりだったとか言ってるけど、そのブランドバッグはどこから来たんだよ！】【俺たちを騙してたな。純情ぶってたのも全部演技かよ】【自分の意思で付き合ってたくせに、被害者ぶらしてる。ほんとは玉の輿狙ってたんじゃないのか？】……人々は、自分たちが利用されていたことに気づいた。怒りを抑えられず、美奈子の元へ詰め寄った。かつては弱く見せるために、彼女自身が住所を公開した。守ってほしいと願ったその場所が、今や命を狙われる危険地帯になった。美奈子は一平の謝罪動画を見て、血の気が引いた。あんな恥ずかしいことを、彼が認めるなんて思ってもいなかった。怒り狂った群衆が家へと押し寄せてくるのがわかり、手元のスマホすらうまく握れないほど震えた。彼女は必死で大輝に電話をかけ、取り繕う余裕もなく怒鳴りつけた。「三条グループを潰せるって言ったじゃない！でも今じゃ、みんな私のことばっかり叩いてるよ！私が死んだら、あんたも無事じゃ済まないから！」怯えながら辺りを見回し、誰かが来る気配におびえ続けた。だが電話の向こうからは、冷ややかな笑い声が返ってきた。「三条グループみたいな大手企業が、そう簡単に倒れると思ったか？それに、俺はただ『助
歳々安らかに 第22話
一平がまだ諦めずに捜索を続けようとしていた頃、【三条グループ社長、中絶を強要汚点を消すために】というタイトルの動画がネット上で急速に拡散された。動画は、部屋の隅に設置されたカメラによって密かに撮影されたものだった。そこには、一平が言葉と行動の両方で美奈子をどのように追い詰めていったかが、はっきりと映し出されていた。映像は編集されており、美奈子が梨央を罵る場面はカットされていた一方で、一平が美奈子を見捨て、流産させるのような印象が強調されていた。この動画は瞬く間に世間の怒りを買い、ネット上には非難の声が溢れた。事態があまりにも大きくなり、一平は急遽帰国せざるを得なかった。会社の前では、美奈子を中心に集まった人々が抗議デモを行い、「女性の権利を守れ」と訴えていた。社員たちは対応に追われ、公の場に現れると、野菜や腐った卵が飛んでくる始末だった。ネット上でもコメントが殺到していた。【つまり、奥さんに浮気がバレて逃げられた後、『汚点』として子どもを流産させたってこと？で、今になって金をばらまいて奥さんを探してる？どこまで最低なの】【金持ちってほんとドラマよりドラマだな。今さら後悔してもならないよ！】その頃、美奈子はSNSで配信を開始した。画面に映った彼女の顔にはまだ傷跡が残り、体もあざだらけだった。彼女はわざと、痛々しくも儚げな雰囲気のメイクをしていた。配信が始まると、瞬く間に数十万人が視聴に集まった。誰もが「上流階級のスキャンダル」を目撃したがっていたのだ。「皆さん、動画をご覧になった通り、私の赤ちゃんは、父親の手によって殺されました」その一言は衝撃的だった。言い終えた後、美奈子は顔を覆い、大粒の涙を流した。まるで全ての苦しみが今こみ上げてきたかのように。彼女は深く息を吸い、続けた。「私はもともと三条一平の秘書でした。でも、私が若くて綺麗だからと、彼は無理やり関係を迫ってきたんです。私が妊娠したと知ると、自分の結婚に影響するのを恐れて――自分の手であの子を……！私のような一般人が、財閥とどう戦えばいいっていうんですか？皆さんの力がなければ、私はきっと潰されていたはずです」美奈子は涙をこぼしながら訴えた。彼女は、どれほど耐えてきたか、そして一平の甘い言葉に縛られ続けてい
