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第4話

Author: チアノちゃん
救命ボートは不足し、僅かな空席も残っていなかった。

私は必死にもがき、やっとボートの側へたどり着いた。

冷たい海水が首元まで浸かり、骨の髄まで凍える寒さが全身を襲った。

「延之、助けて!」

ボートに乗り込んだ延之へ手を伸ばすと、彼は私の姿を確認した。

だが延之は震える優子を強く抱きしめ、もう片方の手で駿を引き寄せて離さなかった。

定員オーバーのボートは水面すれすれまで沈み、転覆寸前だった。

「延之、ボートが沈んじゃう…… 怖い」

優子は彼の胸にしがみつき、涙を流しながら全身を震わせた。

延之は荒れ狂う波を一瞥し、私を見下ろした。

その眼差しは完全に突き放す冷たさに変わった。

私はボートの縁にしがみつき、必死に体を支えた。

「延之、手を貸して。お願い……」

延之は手を差し伸べず、むしろ私の指を一本ずつ無理やり剥がし始めた。

「手を離せ、蒼衣。

優子は体が弱く、この過酷な状況に耐えられない。少し我慢しろ。すぐ救助が来る」

絶望に駆られ彼を見つめた。

私が水を極端に怖がり、水辺で身動きもままならないことを、彼はずっと知っていたはずだ。

最後の指を剥がされ、私はボートから引き離された。

駿は優子の隣で激しく泣き叫んだ。

「ママ!ママ!」

優子はすぐに駿の目を覆い、柔らかい声で嘘を重ねた。

「駿くん、怖がらなくていい。

お母さんは人魚だから、上手に海を進んで家へ帰って待ってる。いい子にしていよう」

私はただ遠ざかるボートを見送るしかなかった。

支えを失った体は一気に深海へ沈み、四方から押し寄せる海水が口と鼻を塞ぎ、内臓を締めつけた。

あの窒息寸前の絶望は、今も骨髄に深く刻まれている。

はっと目を覚まし、荒い呼吸を繰り返した。

窓の外には強い日差しが降り注ぎ、セミの鳴き声が騒がしく響いていた。

ベッドから起き上がり顔を洗い、鏡の中の青白い顔を見つめ、無理やり気持ちを落ち着けた。

身支度を整えて外出し、私は栗のケーキを買いに向かった。

人気スイーツ店の前には長蛇の列ができており、私は黙って順番を待った。

ようやく自分の番が近づいたその時、背後から聞き覚えのある声が響いた。

「お母さん?」

振り返ると、すぐ後ろに駿が立っていた。

驚きと嬉しさが混ざった瞳で私を見つめていた。

その後ろには延之と優子も姿を見せていた。

どうやら彼らもスイーツを買いに来たようだ。

駿は二三歩駆け寄り、私が持つ整理券を見た途端、目を赤く潤ませた。

「お母さん、このケーキ、僕のために買いに来てくれたんだよね?」

興奮で声が震えていた。

「やっぱりそうだったんだ。もうすぐ僕の誕生日だって、お母さんはちゃんと覚えてくれてたんだ。

昔は毎年、誕生日に手作りの栗のケーキを焼いてくれたもんね」

彼は私の袖を掴もうと手を伸ばし、失ったものを取り戻すような喜びを浮かべていた。

「お父さん、見て!お母さんはまだ僕のことを気にかけてくれてる。わざわざ並んで、僕のケーキを買ってくれたんだ」

駿は振り返り延之に訴え、延之の顔から長年の張り詰めた表情が和らいだ。

優子は一瞬顔色を曇らせたが、すぐに無理な笑顔で近づいた。

「蒼衣さん、本当に優しいね。駿くんはここ数日、ずっと栗のケーキが食べたいって言ってたんだ」

その時、店員が包装の済んだケーキを手渡してきた。

「お客様、栗のケーキでございます。本日最後の一点となります」

駿は待ちきれず手を伸ばした。

「ありがとう、お母さん。これ、僕が一番好きなケーキだよ」

彼の指が箱に届く寸前、私は素早く身をかわした。

空を切った手を見て、駿は一瞬にして固まった。

「お母さん……?」

理解が追いつかない茫然とした面持ちで、私を見つめ返した。

その時、人混みの中から小さな女の子が飛び出してきた。

私は咄嗟に彼女を抱きしめて支えた。

「ママ!」

女の子は警戒した目で駿を睨み、小さな手で強く押しのけた。

「だれ?なんで朱音(あかね)のケーキを取ろうとするの?」
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