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第2話

Author: チアノちゃん

そういうことか。

彼は浮気相手のために私を海へ突き落としたことを、やむを得ない行いだと思っている。

生き延びた私が謝罪にも訪れないことで、私を分別のない身勝手な女だと断じていた。

私はバッグを地面に投げ捨てた。

トマトが延之の革靴の脇で潰れ、赤い汁が飛び散った。

延之は一歩退き、明らかに怒りを募らせた。

「蒼衣、いい加減にしろ。せっかく大目に見てやっているのに」

私は手を払い、軽蔑を込めて彼を見返した。

「誰があんたの妻になることを望むものよ。

その女と甘やかされた息子を連れ、今すぐここから消えなさい。

あんたたちなど、こちらには不要だ」

延之の表情は一瞬で険しく曇った。

昔の私はおどおどと従順で、彼が愛人を家に招き入れても、ただ台所で泣き堪え、毎日食卓に料理を用意するだけの女だった。

「こんな古びた場所に長くいすぎ、躾まで忘れてしまったようだな」

駿は慌てて延之の腕を掴み、私を振り返った。

その焦りと非難を浮かべ、道理の通らぬ大人を叱るような眼差しを向けてきた。

「お母さん、なんでそんな言い方するの?

前はお父さんの言うことちゃんと聞いてたのに。

謝ればいいだけじゃん!なんでわざわざややこしくすんの」

優子は延之の側を離れ、私の前へ歩み寄った。

手を差し伸べて私に触れようとしたが、私は素早く身をかわした。

宙に浮いた手は行き場を失い、彼女は気まずく引っ込めた。

「蒼衣さん、その手……」

彼女の視線が、荒れ切った私の手の甲に落ちた。

そこには細かい傷や硬いたこが無数に残っていた。

「昔はピアノを弾く、繊細な手だったわよね。

顔より手間をかけてケアしてたのに。どうして、こんなに荒れちゃったの?」

彼女は口元に手を当て、心底気の毒そうな素振りを見せた。

「この辺りでの暮らしは厳しいはず。生活費に追われ、細々と苦しむ毎日なのでしょう。

どうして自分を追い込むの?」

延之も私の手を眺め、やがてポケットからカードを取り出して差し出した。

「身なりを整え、まともな服を買え。

今夜のパーティーで、お前が生き残ったのを公表し、五年前の誤解を解いてやる」

そのカードを見た瞬間、五年前の記憶が一気に蘇った。

あの日は結婚十周年記念日だった。

私は一ヶ月かけて準備し、母から贈られた大切なアクセサリーまで売り、限定腕時計を用意した。

彼を喜ばせたい一心で、それを胸に抱えていた。

贈ろうとしたとき、優子が私のネックレスを指した。

「わあ、このネックレス、私のスカートにとても似合いそう」

それは延之が記念日に贈ってくれた大切な品だった。

だが彼は迷いもなく、私の首からネックレスを外し、そのまま優子に与えた。

私はその場で凍りつき、自分の存在が滑稽で惨めに思えた。

あの頃の私は、それでも耐え続けた。

良妻賢母を演じ、すべてを飲み込んできた。

彼の手で海へ突き落とされる、その瞬間まで。

私はついに悟った。

この男にとって私は、優子の足元にも及ばない、取るに足らない存在だったのだ。

目の前のカードを見て、ただ馬鹿馬鹿しく感じた。

私は手を振り上げ、それを叩き落とした。手のひらに鋭いしびれが走った。

「消えなさい」

延之は顔色を失い、こめかみに青筋を立てた。

「蒼衣、正気か?

俺が戻ってくれと頼んでると思ったのか?」

冷めた笑みを浮かべ、背を向けて歩き出した。

「あんたの金も施しもいらない。

その汚い金を持って、二度と私の前に現れないで」

……

あの日を境に、古谷家の連中はぱったりと姿を消した。

私は変わらず港で働いていた。

入港したての冷凍魚を検品し、路地裏の倉庫へ運び、積み込みのトラックを待つ。

休憩の合間にスマホを取り出し、地元の情報をざっと見て、鮮魚市場の相場を確認した。
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