LOGINどうせ後悔や苦しみを書き連ね、気持ちのはけ口を求めているだけだ。なぜ、私がそのはけ口にならなければならないのだろう。母からは、今でも時折電話がかかってきた。急に老け込み、言葉も以前のようにはすらすら出なくなっていた。電話がつながった途端に泣き出し、あの頃の自分はどうかしていたと言うこともあった。真実を隠す手助けなどするべきではなかった。私が調べようとするたび、止めるべきではなかったと。またあるときは、3人とも今はうまくいっていないと話した。まるで、全員が報いを受けたのだと伝えたいようだった。けれど聞いているうちに、どれも遠いところの話に思えてきた。「お母さん」ある日、私は母の話を遮った。「もう、あの人たちのことは話さないで」電話の向こうで、長い沈黙が続いた。やがて母が、小さな声で尋ねた。「もう私のことも、母親だと思ってくれないの?」私はキッチンに立ち、鍋の中でシチューを見ながら、すぐには答えなかった。本当は、母もとっくに答えを知っていた。湊人が生きていると知りながら、私が遺影を抱いて泣くのを見ていたときから、私たちの間にあった何かはもう切れていた。「体には気をつけて」最後に告げたのは、それだけだった。電話の向こうで母が泣いていたが、そのまま通話を切った。しばらくその場に立ち尽くしたあと、火を止め、シチューを器によそって一人で食べた。そのとき、はっきり分かった。もう本当に、あの人たちは必要なかった。私は少しずつ、自分のために時間を使うようになった。職場で、誰かを紹介しようかと言われたこともある。初めて聞いたときは、反射的に断ろうとした。けれど言葉が出る直前で、思いとどまった。また恋愛を信じられるようになったわけではない。ただ、以前ほど怖くなくなったことに気づいた。以前は、愛など汚らわしいもので、関われば不幸になるだけだと思っていた。けれど今は、少しずつ分かり始めている。汚れているのは、愛ではない。愛を自分の醜さを隠すために利用する人間だ。だからもう、自分の心を固く閉ざそうとは思わなかった。焦る必要はない。まずは、一人でも穏やかに暮らせるようになればいい。そしていつか、誰かと向かい合って、ゆっくり食事をしたいと思う日が来てもいい。
朔也はそう答えると、少し間を置き、声を落として付け加えた。「たまたま通りかかった」私は何も言わなかった。世の中に、そんな偶然がいくつもあるはずがない。本当に通りかかっただけなら、あんなふうに待っていたはずがない。「何か用?」淡々と尋ねると、そのよそよそしさに傷ついたような顔をした。しばらく黙ってから、ようやく答えた。「顔を見たかった」風に吹かれ、彼の髪が少し乱れていた。朔也は近づかず、私も動かなかった。二人の間には、少し距離があった。遠すぎも近すぎもせず、互いの表情が見て取れるくらいだった。「最近はどうだ?」「元気にしてる」そう答えると、彼の目に浮かんでいたわずかな光が、ゆっくり消えていった。きっと、分かったのだ。強がりでも、彼に聞かせるための嘘でもない。私は少しずつ立ち直っていた。そして、その変化に彼は何も関係していない。長い沈黙のあと、朔也が低い声で言った。「あのあと、俺はあいつらとの関係を全部断った」私は何も答えなかった。「湊人には何度も、お前に会わせてほしいと頼まれた。でも断った。千紗も訪ねてきたが、一度も会っていない。あの子にも、今は会わないようにしてる」恩着せがましく聞こえるのを恐れているような、低い声だった。けれど、聞き終えても心は少しも動かなかった。今さら彼がしているのは、自分の罪悪感を軽くするためにすぎない。私が求めていることではなかった。「それで?」朔也は私を見つめた。言いたいことはたくさんあるようだったが、最後に口にしたのは一言だけだった。「これ以上、間違いを重ねてはいない。それだけ伝えたかった」私は小さく笑った。「朔也。今、私が何より幸運だったと思ってること、分かる?」彼は黙って私を見ていた。「手遅れになる前に、全部気づけたこと」もし妊娠を彼に伝え、そのまま二人の関係を本物だと受け入れていたら。そのときこそ、私のこれからの人生は本当に壊れていただろう。そう考えると、今さらながら恐ろしくなった。もう少しで、残りの人生をまた別の嘘つきに預けるところだった。「もし私が気づかなかったら」彼を見つめた。「いつまで騙し続けるつもりだった?」その言葉に、朔也の体が強張った。海風が強く、頬
病院を出たあと、元の家には戻らなかった。あの部屋は、もう私には汚れきって見えた。リビングのソファは、朔也が買い替えたものだった。一晩中眠れず、毛布を抱えて朝まで座っていた時期があった。体を冷やさないようにと、わざわざ大きなものへ替えてくれた。キッチンの食器は、湊人と結婚したばかりの頃に二人で買った。バルコニーの花は、千紗もきれいだと褒めていた。家のどこを見ても、この5年間がどれほど馬鹿げたものだったかを思い知らされた。私はすぐに仕事を辞め、電話番号を変え、二つのスーツケースを引いて南へ向かった。海辺にある小さな町だった。にぎやかではないが、静かだった。小さな部屋を借りた。寝室が一つと、バルコニー。それに、狭いキッチン。引っ越した日、カーテンをすべて開け、室内へ差し込む日差しを眺めた。すると、ふと不思議な感覚に包まれた。これまで生きてきて初めて、本当に自分だけの居場所を手に入れたようだった。湊人はいない。朔也もいない。夜中に起きた私へ、水は要らないか、明日は診察じゃなかったかと声をかける人もいない。最初は、なかなか慣れなかった。悪夢で目を覚ますと、反射的にベッドの脇を見てしまう。けれど次の瞬間、ここには自分しかいないのだと思い出した。あるとき、頭がぼんやりするほど熱が出た。横断歩道で信号を待っていると、冷たい風に吹かれ、急に泣きたくなった。以前なら、朔也が眉をひそめ、私にしっかり着込ませ、処方箋も飲み物も忘れずに持ってくれたはずだ。それでも、悲しさはすぐに消えた。彼が5年間も真実を隠していなければ、私はあの依存を愛情と取り違えることなどなかった。そう考えると、胸にこみ上げた寂しさもすぐに薄れていった。私は自分を追い立てるように、さまざまなことを覚え始めた。薬を飲む時間は、自分で管理した。一人で通院し、最近の状態を自分の言葉で医師に伝えた。湊人は何度も番号を変え、メッセージを送ってきた。初めのうちは、ただ会ってほしいと懇願していた。【志央、一度だけ会ってくれ。罵ってくれてもいい】その後は、帰国し、千紗とも別れたと書いてきた。さらに時間が経つと、何度も謝罪し、許してほしいとは言わないから、自分の存在まで完全に消さないでくれと訴えた。私
様子を見に来た看護師は、険しい顔で3人を病室から追い出した。ドアが閉まったあとも、外から声を抑えた言い争いが聞こえていた。私は耳を傾けなかった。夜が明ける頃、ようやく一つの答えにたどり着いた。あの3人は、もう誰一人いらない。退院の日は、よく晴れていた。最後の服をバッグに入れ、ファスナーを閉じて持ち上げると、そのまま病室を出た。ドアを開けた途端、朔也が立ち上がった。この数日間、ずっと廊下で待っていたらしい。看護師によれば、ほとんど眠っていないという。それを聞いても、心は少しも揺れなかった。今さら後悔されても、嫌悪しか湧かなかった。朔也はバッグを受け取ろうと手を伸ばしかけ、途中でゆっくり下ろした。「車は下に止めてある」「一人で帰る」「医者も、まだ無理をするなと言ってただろ」「朔也」彼の言葉を遮り、まっすぐ目を見た。「もう二度と、そんな言い方で私に話さないで」彼の顔から、少しずつ血の気が引いていった。「そんなつもりじゃない」「でも、この5年間ずっと、そういうつもりだったでしょ」何か言おうと口を開いたが、言葉は出てこなかった。私は彼を避けて歩き出したが、出口の手前で足を止めた。どうしても、はっきり伝えておかなければならないことがあった。「今、私が一番憎いのは誰だと思う?」背後に立つ彼の呼吸さえ、浅くなった。「湊人でも、千紗でもない」振り返り、彼を見つめた。「あなたよ」その一言に、朔也はその場へ縫い止められたように動かなくなった。彼にも、その意味は分かっているはずだった。湊人と千紗は、最初から卑劣だった。私の5年を踏み台にして、自分たちの幸せを手に入れた。二人の卑劣さは、知ってしまえばあまりにも明白だった。ただ、当時の私が何も知らなかっただけだ。けれど朔也は違った。命の恩人という立場で私の前に立ち、残っていた最後の警戒心まで解いた。そして、ようやく彼へ目を向けようとしたとき、何もかもが初めから嘘だったと突きつけた。「5年前、あなたがあのドアを蹴破らなければ、私は本当に死んでいたかもしれない」私は静かに続けた。「でも、あのとき死んでいたら、少なくとも信じていたものを壊されずに済んだ」「そんなこと言うな」声がすでにかす
片方の手が背中を支え、もう片方の手が腰を抱いた。その人は、私を抱き上げた。意識を失う直前に聞こえたのは、怒りに満ちた朔也の声だった。「誰だ、お前!志央を下ろせ!」そこで、私の意識は完全に途切れた。次に目を覚ましたとき、私は病室にいた。病院へ運ばれた直後、体調を崩す前に同じ研究室にいた先輩へ連絡していた。幸い、先輩はすぐに来てくれた。入院してからは、身の回りの世話を頼める人まで手配してくれた。私の居場所を知った朔也は、何度も会いに来た。けれど今度こそ、顔も見たくなかった。彼がベッドのそばまで来ると、私は手近にあったコップをつかみ、力いっぱい投げつけた。コップは足元で砕けた。朔也は足を止めた。その後ろには、千紗と湊人もいた。私はベッドに上体を起こしていた。顔にはほとんど血の気がなく、手の甲にはまだ点滴の針が刺さったままだった。声もひどく震えていた。「3人とも、そこから一歩も近づかないで」誰も動かなかった。私は顔を上げ、一言ずつ噛みしめるように尋ねた。「私の子どもがいなくなって、これで満足?」病室は静まり返っていた。私は長い間、湊人を見つめ、ようやく小さな声を絞り出した。「生きてたんだね」彼の目が赤くなった。喉がかすかに動き、しばらくしてようやく言葉を絞り出した。「志央、説明させてくれ」「湊人。私がこの5年間、何を一番怖がってたか分かる?」彼はその場に立ち尽くし、指先を震わせていた。答えは待たなかった。「いつか、あなたの顔を思い出せなくなるのが怖かった。服は捨てられなかった。写真も片づけられなかった。お墓へ行っても、泣いている時間が短ければ、あなたを裏切っている気がした」「志央、もうやめてくれ」彼の声はひどくかすれていた。「戻らなかったのは、わざとじゃない」湊人はようやく話し始めた。「事故のあと、俺はずっと海外で療養していた。自分ではどうにもできないことも多かった。そのうち千紗が妊娠した。海外で頼れる人が誰もいなかった。放ってはおけなかったんだ」「だから、千紗を選んだ」私は彼の代わりに続きを口にした。湊人は何か言おうと唇を動かしたが、声にはならなかった。もう、彼を責める気力すら残っていなかった。帰れなかったのではない。帰る
処置室のライトが点いた頃には、痛みで全身の感覚が薄れていた。医師たちの声が、途切れ途切れに耳へ届いた。どれほど時間が過ぎたのか分からない。視界が少しずつ暗くなった。体の中から、何かがゆっくり失われていくようだった。最後に残っていた希望まで、奪われていった。……百日祝いが終わり、招待客が次々と帰っていった頃。何度かけても私の電話がつながらず、朔也はようやく病院からの連絡を思い出した。電話に出た看護師の声には苛立ちが混じり、わずかな非難もにじんでいた。「流産の処置を終えたばかりで、まだ安静が必要です。それなのに、どうしても帰ると言って聞かなくて。こちらでも止めたんですが……」朔也が駆けつけたとき、私は病院の正面玄関へ向かって歩いていた。夜風に吹かれ、全身が震えていた。彼は走り寄ると、私の腕を強くつかんだ。「志央!」引かれた拍子によろめき、私は振り返った。彼の目は赤くなっていた。こんな姿を見るのは初めてだったが、もう心は少しも動かなかった。「一緒に帰るぞ」声が震えていた。「処置を受けたばかりだ。一人で歩ける状態じゃない」「放して」力任せに手を振り払うと、その勢いで後ろへ倒れかけた。朔也がとっさに体を支えた。「あの子は、あなたの子だったのよ、朔也。これで信じた?」彼の顔から血の気が引いた。「子どもがいなくなって、これであなたたちは満足?」自分の声とは思えないほど冷たかった。「あなたは5年間、私に湊人が生きていると気づかせないために、ずっとそばで見張ってた。私が真実を知って、子どもまで失った。これでやっと安心できた?」「志央……」「その芝居がかった態度、やめて」彼を押しのけ、外へ向かおうとした。だが玄関へ着く前に、一台の車が救急搬送口の前で急停車した。ドアが開き、千紗が足をもつれさせながら飛び出してきた。私を見つけるなり涙をあふれさせ、手をつかもうと駆け寄ってきた。「志央!お願い、話を聞いて!」私が何か言うより早く、朔也が前へ出て、千紗との間に立った。「志央、落ち着け」続いて車を降りた湊人が、千紗を引き寄せて背後にかばった。そして、冷めた目で私を見た。「5年も黙っていた俺たちだって、苦しかった。お前の症状がまた悪化して