تسجيل الدخولしかし、紗奈は不満そうに顔を顰めるだけだった。「私の秘密を知られてしまったからだに決まってるでしょ?」そう言い放った紗奈は、晴臣と拓也、そして研究室のメンバーたちを見渡し、にやりと笑った。「でもさ、私が少し事実を捻じ曲げて、適当な傷を作っただけで、みんなはすぐに澪さんがやったことだって信じ込んだじゃない?そんなあなたたちが、本当にあの人を信じていたと言えるの?そうよ、澪さんを殺したのは私。でも、あなたたちだって同じよ。全員、彼女を追い詰めた共犯者なんだから!澪さんが何より大切にしていたのは考古学だった。その彼女の名誉に泥を塗ったのは他でもない篠原先輩、あなたなのよ。それに、この研究室にいる全員が彼女を侮辱したよね?あなたたちも一生、この罪から逃れることなんてできないの。しかも先輩、希美に私のことをママと呼ばせていたけど、そんなことをして、あの世にいる澪さんがあなたのことを許してくれるとでも思っているの?」紗奈が話を続ければ続けるほど、全員の顔からみるみる血の気が引いていった。紗奈は晴臣の最大の弱点を知り尽くしており、彼女の口から放たれる言葉一つひとつが、彼の心を鋭くえぐっていく。しかし晴臣は落ち着き払っており、紗奈の最後の一言が終わるのを静かに待っていた。「ああ、そうだ。君の言う通りだ。だから、僕は一生かけて、澪へ償い続けるつもりだ」そう言い捨てた晴臣は、そのまま外へと向かっていった。出口には報道陣が押し寄せており、晴臣が姿を見せるやいなやフラッシュがたかれ、質問が雨のように降り注いだ。「篠原教授、澪さんを捕まえたのでしょうか?」「3年前の事件にようやく終止符が打たれるのですか?」「……」そして、配信のコメント欄でも、私を裁けなどという過激な言葉が溢れかえっていた。晴臣はマイクを手に取り、すべての真実を告げる。「澪は文化財密売組織と手を組んでなどいませんでした。本当の犯人は、吉川紗奈という女です。3年前、窃盗現場を目撃した妻は、口封じのために紗奈によってこの世から葬り去られました」「……」晴臣が事実を言い終わった瞬間、その場には静寂が広がり、ネットのコメント欄もぴたりと止まった。晴臣はカメラのレンズを真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと、それでいてはっきりと言う。「妻は、国を裏切った
私は鼻の奥がツンとして、涙があふれそうになった。この一言を、私は3年も待っていたのだ。ついに、希美に「ママ」と呼んでもらえた。晴臣は希美を抱きしめ、目から大粒の涙をこぼす。「ごめんな、希美。パパが悪かった、本当に……」それは希美に紗奈を「ママ」と呼ばせていたことへの謝罪のようでもあり、私への許しを請う言葉のようでもあった。でも、今さらこんなことに何の意味があるというのだろう?晴臣が紗奈を招き入れなければ、私だって死ぬことはなかった。その後の数日間、晴臣は希美に寄り添い、家から一歩も出ず、誰とも会おうとはしなかった。3日後、晴臣は突然考古調査隊のメンバー全員にメッセージを送り、遺跡へ集まるように指示を出した。重大な発見がある、そう一言だけ添えて。連絡を済ませると、晴臣は希美を寝かしつけ、車の鍵を手に家を出る支度をした。しかし、晴臣が「紗奈以外の」全員にメッセージを送っていたことに、私は気付いていた。誰よりも早く遺跡へ到着していた晴臣は、やがて他のメンバーが次々と集まってくると、彼ら全員に自分について来るよう促した。次の発掘調査は、最初の分析結果が出る10日後の予定じゃなかったのかと、いぶかしむ声もどこからともなく聞こえてくる。それに、晴臣の側にいつもいるはずの紗奈の姿がないことに、疑問を抱く者もいた。それでも晴臣は質問には答えず、ただ黙って自分についてくるようにと促すだけ。皆が遺跡の中心部へ足を踏み入れると、どこからか話し声が聞こえてきた。「これで最後だからね。これで私たちの協力関係も終わりにするから」「そんなこと言うなよ。こんなに儲けてるんだから、これからも一緒に稼ごうぜ」「だめ!澪さんの遺体が見つかっちゃったの。今回の持ち出しだって命がけなんだから。私はもう協力できないよ。だって、捕まっちゃったら、いくらお金持ってたって意味がないじゃない!」……最初は驚いていた考古調査隊のメンバーたちだったが、奥へ進むにつれ、その表情は憤りへと変わっていった。裏切られたことへの怒り。なぜなら、その声の主が紗奈だということに気がついたからだ。かつて被害者として自分たちから同情を買っていた、あの紗奈なのだ。しかし、晴臣だけが表情を変えずにいた。私はその横顔を見つめて思った。ああ、こ
本当にそうだよね。なんで、死んだのが私なんだろう。何しろ、彼らの中での私は3年前に罪を犯して逃亡した人間なのだから。それに、私の名前は国際指名手配犯リストに載ったまま、3年が経っている。きっと彼らは、いつの日か私が姿を現し、逮捕され、法の裁きを受けることを願っていたのだろう。でも、私が3年前にすでに死んでいたなんて、誰も想像すらしていないはずだ。晴臣は私の遺骨を葬儀場へ運び、骨壺を抱えて研究所へと戻った。彼が中に入ると、皆が彼の周囲を取り囲んだ。「篠原教授、警察は何と?本当に澪さんのものだったんですか?」「澪さんは、3年前にすでに亡くなっていたということですか?」「……」紗奈はそんな彼らの後ろに立ち、無言のまま晴臣の表情を鋭い目で見つめていた。「ああ、澪の骨だった。あいつは3年前にすでに亡くなっていたらしい」その言葉を聞いた紗奈の顔が、みるみるうちに青ざめていく。すると晴臣が続けた。「澪は文化財密売組織の人たちともめ、そのまま殺害された、と警察は推測している。そして、遺体が遺跡に捨てられ、その後組織が罪の隠蔽のために遺跡を爆破したらしい」私の胸の奥から、言いようのない怒りが込み上げてきた。晴臣ほどの勘の持ち主が、紗奈を疑わないはずがない。それに、警察はそんな推測などしていないのだ。紗奈のために真実をねじ曲げるのか?それとも、考古学者としての誇りすら捨ててしまうというのだろうか?紗奈がぱっと顔を輝かせて同意する。「そうよ。3年前、私は彼らが文化財を運び出しているのを見てしまった後、すぐに逃げ出した。そしてすぐに爆発が起きたの。でもまさか、その時にはもう澪さんが彼らに殺されていたなんて……あの時、すぐに警察へ連絡していれば、こんなことにはならなかったのに」そう言い終わった紗奈は、心から私の死を悔やんでいるかのように額に手を当てた。その話を聞いて、拓也があからさまにほっとしたような表情を浮かべる。「紗奈さんのせいじゃないですよ。そもそも澪さんがあんなろくでもない事をしたんだから、彼女の自業自得ですよ」だが予想外なことに、晴臣が一気に表情を曇らせた。「森川、澪は君の先生だ。6年も教わっておいて、恩を感じないどころか尊重すらできないのか?」突然厳しい口調になった晴臣を見て、研究所にいた
直也の言葉で、研究室の中に静寂が訪れた。あれほど嫌悪をあらわにしていた晴臣でさえその場に固まり、私の悪口をまくし立てていた拓也までもが、氷像のように動きを止めた。しかし次の瞬間、希美の号泣する声がその張り詰めた沈黙を切り裂いた。紗奈は夢から覚めたように、ぱっと希美の手を離した。私は希美の白い腕に残る赤い指の跡を見て、胸が締め付けられるように痛んだ。希美は痛みで泣きじゃくりながら、慰めを求めて晴臣の腕の中に逃げ込む。紗奈がうろたえながら弁解した。「私……あまりの衝撃で。澪さんは逃げたはずじゃなかったの?どうして亡くなってるの?」しかし、晴臣は希美を抱きしめたまま、うつろな目で立ち尽くしている。「そうだ、ありえない。あいつは逃げたんだ。死んでいるはずがない」直也が晴臣に携帯を渡す。DNA鑑定の結果が、警察から再び晴臣に伝えられるのが、私にもはっきりと聞こえた。その瞬間、晴臣がその場に崩れ落ち、床に落ちた携帯が無惨にも砕け散った。直也が言葉を選びながら口を開く。「篠原教授、やはり警察へご自身で確認に行った方がいいと思いますよ」ようやく我に返った晴臣は、希美をメンバーたちに預けると、車で警察署へ向かうことにした。「そうだ。警察に行って確認してくる。きっと何かの間違いだからな」紗奈も一緒に行こうとしたが、晴臣がそれを断った。「紗奈、君は足に古傷があるから一日にそんな長いこと歩いてはいけない。研究所で、僕が戻るまで待っていてくれればいいから」晴臣が自分で行くと言い張ったため、紗奈は仕方なく諦めた。彼女はまだ、晴臣の瞳の奥に隠れていた複雑な感情に気づいていない。晴臣は赤信号など気にせず、車を飛ばしていた。私のことでこれほど取り乱す彼の姿を、私は初めて見た。警察署に到着すると、そこには発見された遺骨が検視官の手によって復元されていた。爆発の影響で骨の多くは砕け、破損がかなりひどく、それはかなり無惨な姿だった。晴臣は拳を握り締め、体を震わせている。「死因は特定できたんですか?」検視官が報告書に視線を落とした。「被害者は死に至る前、少なくとも20か所以上をナイフのようなもので刺されていました。そして、致命傷となったのは、心臓の一突きです。爆発は、おそらく被害者が死亡する直前に起きたものと考えられ
その紗奈の言葉に、考古調査隊のメンバーたちも囃し立てた。「篠原教授、早くはっきりさせてくださいよ」「そうですよ。紗奈さんのことそんなに待たせちゃ駄目ですよ?誰かに奪われちゃっても知りませんからね」「……」私がかつて大切に育てたメンバーたちが、私の夫と私を殺した犯人をくっつけようとしている。私の娘でさえ、何が起きているのかも分からないまま、紗奈の手にすがりついて、「ママ」と呼んでいた。研究室全体が笑い声に包まれ、かなりの盛り上がりを見せていた。彼らの軽薄な言葉を聞くたび、心臓を巨大な手でぐいと握りつぶされるように、私は息もできなかった。晴臣が困ったように笑う。「もういいだろ?まだ澪は見つかっていないから、まだ籍が入ったままなんだ。みんな、そんなこと言って紗奈を困らせないでくれ」どうやら、晴臣が紗奈と一緒にならないのは、まだ私との離婚が成立していないかららしい。すると、拓也が嫌悪感を露わにして吐き捨てた。「まったく、国を裏切ったあの犯罪者が、前は自分の先生だったなんて、信じられません!本当、考古学界の恥ですよ!当時、篠原教授が身内だからといって庇わず、正しく告発してくれたおかげで、みんなあの女の本性に気づけました。どうせ自分が指名手配されたと知って、海外に逃げたんですよ。まったく、とんでもない人間です。篠原教授や紗奈さんの人生までめちゃくちゃにして……」私は、かつて一言一言、時間をかけて指導してきた教え子が、ためらいもなく私を侮辱する言葉を聞いていた。胸の奥がすーっと冷えていく。私が濡れ衣を着せられたと知った時、考古調査隊の中にはきっと私を信じてくれる人がいると思っていた。長年共に仕事をしてきた仲間たちなら、私がどんな人間なのか分かっているはずだと信じていたから。だが現実は、私の期待をあっさりと裏切った。長年連れ添った夫も、苦労して育てた教え子も、誰一人として私を信じてはくれなかった。それもそうだろう。私を告発したのは、ほかならぬ晴臣なのだから。普通、夫が妻を理由もなく陥れたりするはずがない。だから、私が余程許しがたい悪事を働いたからこそ、夫である晴臣がやむを得ず告発した、と思っているのだ。今やみんなの目には、私が国を裏切り、私腹を肥やすために殺人にまで手を染めた罪人として映って
私は紗奈が憤りに満ちた表情を浮かべ、まるで私の行いを心の底から憎んでいるかのように、晴臣に同調する姿を眺めていた。正直に言うと、今の私の心に渦巻いているのは、紗奈への恨みではなく、彼女が文化財密売組織と結託し、この国の文化財を海外へ不正に流出させたことに対する憤りだった。考古学の道に進む者は、多かれ少なかれこのような志を持っているような人々だろう――命を懸けて文化財を守り、後世へ残す、と。それは単なる言葉ではなく、私たち考古学者にとって、決して揺らぐことのない信念でもあった。たとえ私が考古学者ではなかったとしても、自国の貴重な文化財が海外へ流れていく姿を見れば、胸を痛めずにはいられないだろう。一体どれほど冷酷になれば、こんなことができるのだろう。今、遺跡の周囲に残されている前回被害にあわずに済んだ出土品を見つめていた私は、みんなに叫びたかった。紗奈こそが本当の裏切り者だ、彼女をこれらの文化財に近づけてはいけない!しかし、私の声が届くことはない。私はただ宙を漂いながら、彼女が誰にも疑われることなく、自由に遺跡へ入っていく姿を見ていることしかできなかった。警察が私の遺骨を持ち帰り、鑑定を進めた後も、私はなぜかこの世から消えることはなく、それどころか、晴臣のそばについて行くことができた。その日の調査を終えた考古調査隊は、出土品を東都中央大学へ持ち帰って分析することになったため、私は晴臣と共に大学へ戻った。懐かしい研究室を目にした瞬間、思わず鼻の奥がつんとした。3年ぶり……ようやく、私はここへ帰ってくることができたのだ。紗奈は研究室に入ると、すぐに椅子に腰を下ろし、自分の両脚をさすり始める。それを見た晴臣は、すぐに彼女の前にしゃがみ込み、大きな手で優しく足を揉みながら、心配そうな表情を浮かべた。そんな表情を、私はほとんど向けられたことがなかった。かつて私が出産時に難産となり、生死の境をさまよった時でさえ、手術室から出てきた私を見ていた晴臣の表情は、まるで私がただ眠りから目覚めただけだというように、いつもと変わらず淡々としていた。「いつになったら良くなるんだろうな……3年前、澪が遺跡を爆破しなければ、落ちてきた瓦礫で君が怪我をすることもなかったのに」紗奈は小さく笑った。「先輩、私は大丈夫。あの出来事があったか