LOGIN美佐子はスマホを取り出すと、一枚の写真を表示し、周囲の人々へ突きつけた。「あの男は、私と結婚したら一生愛し続けると約束したのよ。だから私は、あの人に囲われたまま、離婚してくれる日を待ち続けた。ようやく決心して、あんたに離婚届を書かせ、私と遠くへ行くつもりだと聞いたときは、人生で一番幸せだったわ。でも、それが悪夢の始まりだった。あの人は研修会社を立ち上げて金を稼ぐようになると、次から次へと別の女に手を出した。十年以上、家庭を壊したくなくて、私は全部我慢してきた。やがて娘が生まれたときは、本当に嬉しかった。これであの人も少しは落ち着いてくれると思ったの。ところが、ある女の誕生日を祝うために、娘が重い病気になっても帰ってこなかった!大雨の夜、私は娘を抱いたまま道端で泣き続け、ようやくタクシーをつかまえた。でも病院へ着いたときには、重い肺炎で、もう助からなかった!憎かった。それでも私は、あの男を愛していて、離れることができなかった。その後、あの人は脳梗塞を起こし、今では寝たきりよ――」美佐子はスマホに映る、顔の片側が歪んだ孝之の写真を見つめた。その口元には、悲しげな笑みが浮かんでいた。「これでもう、外で好き勝手できないと思った。だから私は、身の回りの世話を全部引き受けたのよ。なのにあの人は突然、前の妻と娘のことを懐かしみ始めた。以前の家庭こそ、自分にとって本当に安らげる場所だったと言い出したの。私と一緒になったことを後悔している、あんたたち母娘のところへ戻りたいと、何度も口にした!私はあの人のために人生を捧げたのに、最後に返ってきたのがこれよ。だから憎かったの!」私は宙に浮かびながら、涙を流す美佐子を冷ややかに見つめていた。けれど、彼女を襲った悲劇はすべて、自分の行いが巡り巡って返ってきただけではないのか。母も激昂し、美佐子を指さして怒鳴った。「あの男を私から奪ったときに、女癖の悪い最低な人間だと分かっていたでしょう!あなたは、かつて私が味わったのと同じ苦しみを経験しただけよ。それなのに、どうして私たちへ復讐するの!」美佐子は冷たく鼻を鳴らした。「あの男への執着だけで、今日のためにここまで準備したと思っているの?私を甘く見ないで!私があの子を殺したのは、久我孝之が遺言書を作ろうとしていたからよ。昔、あんたたち母
その言葉を聞いた途端、美佐子の顔に明らかな動揺が走った。だがすぐに目を泳がせると、無理に涙を浮かべ、母へ訴えかけた。「黒川学長、今さら全部私のせいにするつもり?体面を気にして、喘息のある娘を研修に参加させたのは、あんたでしょう。私が周りに口を出させなかったのも、あんたの方針に合わせて厳しく指導するためだったのよ。あの子が弱すぎて、あっけなく死んだだけじゃない。どうして私のせいになるの?」母は怒りに顔をゆがめ、駆け寄るなり美佐子の頬を平手で打った。「私は学長という立場にとらわれて、まともな判断ができなくなっていた。でも、学生の心身の安全を守るのは、指導員であるあなたの責任でしょう!あなたが何度も、澄香には何の問題もない、ただ仮病を使っているだけだと言ったから、私は信じてしまったのよ!言いなさい。どうして私の娘を殺したの!」美佐子は勢いよく打たれ、よろめいた。やがてその目まで血走り、母をにらみ返した。「そんなふうに人前でわめき散らす母親の娘なんだから、あの子は死んで当然よ!生きて大人になったところで、あんたみたいな女になるだけでしょう。そんな人間が増えたら、周りが迷惑するだけよ!」警察官たちは、ただの事故ではないと察し、すぐに二人を引き離した。その後、何本か電話をかけて確認を取ると、母へ厳しい表情を向けた。「久我孝之(くが たかゆき)という人物をご存じですか?」母も私も、同時に身体をこわばらせた。長い間、耳にすることのなかった父の名前だった。母の顔から、みるみる血の気が引いていく。「私の元夫です。まさか今回のことに……あの人が関係しているんですか?」警察官は険しい顔で答えた。「調べたところ、大学が研修を委託していた会社は、登記上の代表者とは別に、久我孝之が実権を握っていたことが分かりました。そして、この高瀬美佐子は、久我孝之の現在の妻です」母がここまで歩んできた事情を知る人々から、一斉に驚きの声が上がった。男性指導員たちも、ようやくすべてがつながったという顔をした。「なるほどな。入社してすぐ異例の出世をしたのは、経営者の妻だったからか」母は大きく目を見開き、信じられないように美佐子を見た。「つまり私は……あの男が関わる会社に研修を依頼して、金まで払って……家庭を壊した女を
私は今すぐ母のもとへ飛び込み、抱きしめたかった。けれど、何度腕を伸ばしても、その手は母の身体をすり抜けてしまう。私は力なく腕を下ろすことしかできなかった。母は、固く閉じた私の唇へ何とかスプーンを差し込もうとした。けれど、ポタージュは一滴も口に入らない。震えが止まらないせいで、かえって服にいくつもこぼしてしまった。母は慌てて手で拭いながら、何度も謝り続けた。「澄香、ごめんね。お母さんが悪かったの。お母さん、こんなに駄目になっちゃって……スープさえ、ちゃんと飲ませてあげられない。小さい頃は、あんなに上手にお世話できたのに。どうして、どんどん何もできなくなってしまったんだろう……お母さんを許せないから、口を開けてくれないの?本当に悪かったと思ってるの。お願いだから……」どれほど母が懇願しても、私に残されていたのは青白い顔だけだった。もう二度と、母に笑いかけることはできない。その場にいた誰もが見ていられなくなり、次々と涙をこぼした。警察官たちも鼻をすすりながら、それでも職務に戻り、一斉に美佐子へ目を向けた。「学生が体調不良を訴えたとき、あなたには報告がなかったんですか?どうして異変を無視し、危険な状態になるまで放置したんです?」取り返しのつかない事態になったと悟った美佐子は、ようやく尊大な態度を引っ込めた。そして慌てて、何も知らなかった被害者のような顔を作った。「本当に、持病があるなんて知らなかったんです。仮病だと思っていました!研修前には、大学側へ健康状態をきちんと確認し、持病がある学生は事前申請によって参加を免除できると伝えてあります。黒川学長から澄香さんの事情について何の申告もなかった以上、私は通常どおり指導するしかなかったんです!」最初に二人を止められなかったことを悔やみ続けていた七海が、すぐに前へ出た。怒りに震えながら、美佐子を指さす。「嘘つかないで!澄香が最初に具合が悪いって言って、薬を求めたとき、あなたはちゃんと聞いてたでしょう!そのあと黒川学長から吸入薬を預かったのに、ゴミ箱に捨てたじゃない!最初から澄香に喘息があるって分かってたくせに、ずっと見て見ぬふりをした。澄香を殺したのは、あなたよ!」ほかの学生たちも一斉に美佐子を責め始めた。つい先ほど私を取り囲ん
その言葉を聞いた瞬間、母はもう現実を否定できなくなった。目の前が真っ暗になったように身体をぐらつかせ、その場に倒れかける。森下先生がとっさに支えなければ、地面に頭を打ちつけていただろう。美佐子はさらに激しく取り乱し、私を指さして叫んだ。「そんなはずない!私はこれまで何人もの学生を指導してきたけど、こんなに弱い子は一人もいなかった!あなたたちが見誤っているのよ!」警察医は美佐子を相手にせず、意識を取り戻した母へ目を向けた。「娘さんに喘息があることは、ご存じだったんですね?持病のある学生は、本来なら研修の免除や内容の変更を検討すべきです。まして今日は、季節外れの厳しい寒さでした。それなのに、どうして長時間、冷たい風雨のなかに立たせたんですか。あまりにも無謀です」母はすでに泣き崩れ、途切れ途切れに答えた。「私は……学長で……この子は、私の娘なんです……喘息を理由に研修を免除したら、娘だけを特別扱いしたと思われるじゃないですか……そんなことが広まったら、みんなに後ろ指をさされると思って……」警察官たちは、信じられないという顔で母を見た。「身内びいきだと思われたくないというだけで、娘さんの命まで危険にさらしたんですか?」訃報を聞いた大学の教職員たちも、次々と泣き崩れた。「黒川学長、どうしてそんな判断を……普段はあれほど澄香さんを大切にしていたのに、こんなときまで周囲の目を気にするなんて……」「喘息は、対応が少し遅れるだけでも命に関わるんですよ。どうして誰も、もっと早く助けなかったんですか?」「息もできないまま亡くなって、そのあとまでこんな目に遭わされて……澄香さんも、きっと浮かばれないでしょう」私は宙に浮かびながら、泣き崩れる人々を見つめていた。胸の奥まで締めつけられるようで、母が声を上げて泣く姿を、これ以上見ていられなかった。私は少しずつ、もっと高いところへ離れていった。そのとき、どこからか、かすかに甘い香りが漂ってきた。振り返ると、学長室で温められていたかぼちゃのポタージュが、ちょうどなめらかに煮上がったところだった。あの小さな電気鍋は、母と私の長い年月を、ずっとそばで見守ってきた。私が幼い頃、母は仕事で帰りが遅くなることが多く、私はよく母の職場の片隅で、仕事が終わるのを待っていた。そ
間もなく、サイレンを鳴らした救急車が校内へ入ってきた。学生たちは慌てて左右に分かれ、道を空けた。救急隊員たちはすぐに私の周りへ集まり、呼吸や脈を確認した。隊長らしき隊員は、わずかに触れただけで重い表情を浮かべ、首を横に振った。「死亡が確認されました。蘇生の対象にはなりません。警察に通報してください」その言葉が響いた瞬間、千人近い新入生が集まるグラウンドは、水を打ったように静まり返った。真っ先に我に返った美佐子は、救急隊長へ駆け寄り、その胸元をつかんだ。「そんなはずないでしょう!たった30分立っていただけで死ぬなんて、誰が信じるのよ!確認が雑だったに決まってる。今すぐ、もう一度きちんと調べなさい!」救急隊長は一瞬あっけに取られたが、すぐに美佐子の手を振り払った。「何をするんですか!死後硬直が始まっており、心拍も呼吸もすでに停止しています。見れば分かるでしょう!」母の膝から力が抜け、よろめいて倒れそうになった。それでも必死に背筋を伸ばし、受け入れられないというように首を振った。「何かの間違いです。私が触ったときは、まだ身体に温もりがありました!」救急隊員たちは、信じられないものを見るように母を見た。「亡くなってすぐに、身体の熱がすべて失われるわけではありません。しかも、この子は冷たい雨のなかで長時間放置され、濡れた金属の上に寝かされていた。体表が冷えていても、それだけで死亡時刻を判断することはできません。よく見てください。頬も腕も傷だらけで、唇は青く変色している。それでも一度も動かなかったんでしょう?状態から見て、喘息発作による呼吸不全の可能性が高い。明らかに持病のある学生です。そんな子を寒風のなかで研修に参加させ、吸入薬も使わせずに放置したのなら、重大な責任を問われます。警察が来るまで、誰もこの場を動かないでください」その場にいた全員の視線が、一斉に母へ向けられた。学生たちは口元を押さえ、青ざめた顔でささやき合った。「だから澄香、動かなくなる前に薬を求めてたんだ……喘息の発作だったんだよ」「でも黒川学長も高瀬指導員も、30分くらいで発作なんて起きるはずがないって……」「黒川学長は実の母親なんでしょう?娘の病気を知らないはずないよね?」「じゃあ私たち、ずっと澄香の遺体に向
母の手から、スプーンが音を立てて床へ落ちた。目を見開き、明らかに動揺している。その瞬間、私の胸にわずかな温もりが広がった。お母さんは、やっぱり私を心配してくれているんだよね?けれど、周囲の教職員が自分を見ていることに気づくと、母は慌てて平静を装い、スプーンを拾い上げた。咳払いをして、動揺を押し隠す。「何を慌てているの。あの子は仮病だと、何度も言ったでしょ。グラウンドには大勢の学生がいるのよ。大騒ぎして、いたずらに不安をあおらないで!」教職員たちは困り果て、ひとまず私の様子を確かめようと階下へ向かった。ところが、美佐子がその前に立ちはだかった。「何をしに行くつもり?あの子は学長の娘という立場を利用して、仮病で研修から逃げようとしている。あなたたちまで付き合ったら、ますますつけ上がるだけでしょ!」さらに、顔を青ざめさせていた森下先生の腕をつかみ、乱暴に引き離した。「でたらめを言わないで、私は何年も新入生研修を担当してきたのよ。あの子が本当に具合を悪くしているかどうかくらい、見れば分かるわ。仮病を使った学生一人のために救急車まで呼んで、大学の評判を落とすつもり?」森下先生は信じられないものを見るように美佐子を見つめた。声が震えていた。「澄香さんがこんな状態なのに、まだ仮病だと言うんですか?脈がありません。もう……亡くなっているんです」階上にいた母の身体が、びくりとこわばった。自分の耳を疑っているようだった。私は急いで母のそばまで飛んでいき、窓の下に横たわる自分の身体を指さした。泣き出しそうになりながら、必死に訴える。お母さん、お願いだから一度だけ信じて。私、本当に死んじゃったの。寒くて、息が苦しくて、もう耐えられなかった。家に帰りたいよ。何かを感じ取ったのか、母はようやく窓から身を乗り出し、眉をひそめて美佐子を見た。「あの子は、いったいどうしたの?」まだ私への苛立ちを残していた男性指導員たちは、すぐに美佐子をかばった。「本当に何ともありません。さっき触りましたが、衣服に覆われた胴体にはまだわずかな温もりが残っていました。亡くなっているはずがないでしょう。あの医師は大げさに騒いで、学長の前で存在感を示したいだけじゃないですか?この子がここまで増長したのも、学長の部