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永遠に、自由で風のように
永遠に、自由で風のように
Author: 舞子

第1話

Author: 舞子
結婚三周年記念日。私、前島知子(まえじま ともこ)は、夫・前島謙介(まえじま けんすけ)お気に入りのミシュランレストランで、五時間も待ちぼうけを食らっていた。

なのに、肝心の謙介とはまた連絡が取れなかった。

結局、彼の幼馴染・玉木友枝(たまき ともえ)という女のSNS投稿で知った。

謙介が彼女に付き合って、氷原へ行ったことを。

【ちょっと落ち込んだだけで、彼は全世界との約束をすっぽかして、気晴らしに付き合ってくれた】

【幼馴染って、ペンギンより癒されるかも】

添付された写真には、凍えるような寒さの世界が広がる中、謙介が彼女をそっと抱き寄せる姿。

その瞳には、私に向けられたことのない熱が宿っていた。

ふと疲れを覚える。もう苦しい詰問も、狂ったような泣きわめきもする気になれなかった。

ただ静かに「いいね」を押し、彼に一言だけ送った。

【離婚しましょ】

しばらくして、謙介からボイスメッセージが届いた。

からかうような口調だ。

「いいぜ、帰ったらサインしてやる。

どっちが泣いて『行かないで』って引き留めるか、見ものだな」

愛されている側は、いつも強気だ。彼はまったく信じていなさそうだった。

でもね、謙介。

誰かさんなしじゃ生きていけない人なんていない。ただ、まだ愛しているだけ。

だけど、これからはもう、あなたを愛したくない。

……

私はレストランで一人、食事を済ませた。

胃はパンパンなのに、心は空っぽだった。

家に帰り、離婚届を印刷した。

サインしようとした瞬間、スマホが震える――

友枝から画面録画の動画が送られてきた。

友枝と謙介が、豪華客船のデッキに並んで立っていた。

動画の向こう側では、共通の友人たちがしきりに感嘆の声を上げていた。

「氷原ツアー!?最低でも二百万円はするだろ。謙介、知子とは二十万円の旅行すら行ったことないよな?」

「金を使う相手が、本命ってことだろ!」

「知子、今回は意外と騒いでないな。いいねまで押してるぞ?」

友枝が甘ったるい声で言った。

「騒いだよ。謙介に離婚を切り出したんだって」

動画の向こうが息を呑んだ。

「知子って、今まではせいぜいプチ喧嘩くらいだったろ。マジで離婚なんて言う勇気あるのか?本気じゃないだろ?」

「もちろん、本気なわけない」

謙介の口調は淡々としていた。

「俺に構ってほしくて、帰ってきてほしいだけだろ。もともと帰るつもりだったが、脅されるのは一番嫌いでね。

ついでだ、友ちゃんともう数日遊んでいくさ」

彼の目には冷たさが浮かんだ。

友枝の乱れた前髪を手で直してやるときだけ、その表情が和らいだ。

向こうの友人たちが「またイチャついてる」と大声で叫び、囃し立て始めた。

「謙介、いっそこのまま知子と別れちまえよ」

「昔、あいつが友ちゃんのおこぼれでお前と付き合えたことくらい、みんな知ってるんだぜ。友ちゃんが戻ってきた今、あいつの居場所なんかないだろ」

「そうよ、友ちゃん。謙介を見直してあげなよ。今や年収数千万円の幹部だし、友ちゃんへの気持ちも昔から変わってないんだから」

謙介が喉仏を動かし、何かを言いかけようとした。

その時、友枝が突然、彼の胸に顔をうずめた。

「謙介、みんなに黙ってって言ってよ。これ以上言ったら、私たちの純粋な友情が汚されちゃう。

それに、専業主婦がいろいろ考えすぎちゃうのは当たり前なんだから、少し大目に見てあげてよ。じゃないと、私がとんでもない悪者になっちゃう」

謙介の目から、何かがふっと消えたようだ。

彼はぎこちない笑みを浮かべた。

「安心しろ、離婚にはならない。

知子は俺がいなくなったら、居場所がなくなる。そんな勇気、あいつにはない」

世界の果てに立つ彼を、私は画面越しにじっと見ている。

私の弱みを知りながら、それを平気で踏みにじるこの男を見ている。

私たち二人が、本当に終わりを迎えたのだと、ようやく悟った。

それなのに、なぜ心はまだ絞られたみたいに、酸っぱく張り裂けそうで、言いようもなく苦しいのだろう?

それはきっと、私がずっと彼を光であり、救いだと思ってきたからだ。

大学二年の秋、大学院一年の謙介が私に告白してきた。

彼は学内の有名人で、私が密かに想いを寄せる相手だった。

一方の私は、母を早くに亡くし、父が新しい家庭を持ってからは、継母と……まるで継父のように変わってしまった父ができた。

幼い頃からあちこちの家を転々とし、人の顔色ばかり窺ってきた私には、もう「家」と呼べる場所はなかった。

そんな自信のない私に、愛される価値があると信じさせてくれたのが、謙介だった。

彼がこの上なく甘く私にキスをし、「知ちゃん」と優しく呼んだとき、私は突然泣き出してしまった。

母が亡くなってから、誰も私を「知ちゃん」と呼んでくれなかったから。

でも泣きながら、私は笑っていた。

漂っていた心が、ようやく帰る場所を見つけたようだった。

卒業後、私は大学院への推薦入学を蹴った。謙介が「君に家をあげる」と言ってくれたから、迷わず彼について浜野市へ行った。

彼は仕事に集中したいと言い、私は内定を断って、彼のためにすべてをこなし、料理の腕を磨いた。

彼と苦しい四年を耐え忍び、彼の事業はようやく軌道に乗り始めた。

謙介はすぐに、見事な輝きを放つダイヤの指輪を買って、私にプロポーズしてくれた。

「知ちゃんにはその価値があるんだよ」

結婚後、彼は多忙を極めたが、時折、高価なジュエリーを贈ってくれた。

私がもったいないと言うと、彼は笑って私を抱きしめた。

いつも同じ言葉。

「知ちゃんにはその価値があるんだよ」

あんなに輝いていた瞬間、私たちは愛し合っているのだと思っていた。

自分はついに運命に愛され、愛する人と家族を手に入れたのだと。

一ヶ月前、友枝が帰国するまでは。

謙介が愛してやまなかった幼馴染。

彼女は最も鋭く残酷な棘のように、すべての偽りの美しさを突き破った。

謙介が私に告白したのは、あの日、彼女が海外で恋人を公表したから。

彼が初めて私にキスしたとき、彼女はSNSに手をつないだ写真をアップしていた。

彼が私にプロポーズしたのは、彼女が婚約したと知ったからだった。

彼がくれたダイヤや宝石は、すべて彼女が好むデザイン。

彼が何度も優しく私を「知ちゃん」と呼ぶとき、心の中は彼の「友ちゃん」でいっぱいだったんだ。

……

私が幸せだと思っていたすべての節目は、彼の無念と未練で満ち溢れていた。

私に、最初から価値なんてなかった。

ポタッ――

一粒の涙が、離婚届に染みを作った。

思い出せば思い出すほど、自分が哀れな道化のように思えてきた。

謙介は、私が彼なしではいられないと思っていた。

でも、私にも行く当てはあった。

ペンを取り、サインした。

白黒はっきりさせた以上、もう後悔はなかった。

今度こそ、私は本当に彼のもとを去る。

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