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第4話

エイスース
そう思うと、航の胸の内に、何とも言えないモヤモヤとした不快感が広がった。あの日、自分のために作った弁当を、紬がそこら辺の浮浪者にあげてしまってから、どうも様子がおかしいのだ。

しかし、その違和感も一瞬で消えた。航は特に気にすることなく頷き、いつも通りの淡々とした口調で言った。「無事なら、それでいい」

少し間を置いて、彼はキッチンを見回すと、ふと言った。「今日は食材を買ってきたんだ。ご飯作るから、待っててくれ」

そう言うと、彼は紬の様子を気にすることなく、そのままキッチンへと向かった。

一方、紬は元の場所に立ち尽くしたまま、ぽかんとしてしまった。

航が……料理を作る?

結婚して3年間、航がキッチンに立ったことなど一度もない。毎日の食事を用意するのは、いつも自分の役目だった。

だが、すぐにキッチンから野菜を切る音が聞こえてきた。その手つきは、思いのほか手際が良かった。

しばらくすると、航は本当にいくつかの見栄えの良い料理をお皿に盛り付け、テーブルに並べた。

「ほら、食べて」と、彼は紬に声をかけた。

紬は静かに歩み寄り、ダイニングテーブルの前に座った。

航は紬に箸を手渡した。そして自分はメモ帳とペンを取り出し、向かい合って彼女を見つめた。「食べてみて、それぞれの味の感想を教えてくれないか?」

紬は意図が分からなかったが、言われるがままに箸を取り、一通り口に運んでみた。

「この生姜焼きは、お肉がちょっと硬い。火を通しすぎかな。

卵焼きは塩加減がちょうど良くて、卵もふわふわしている。

ナスのお浸しは、味がちょっと濃いかも、ナス本来の旨味が消えちゃってる」

……

紬は料理を口に運んでは、淡々とした声で、客観的に良い点と悪い点を伝えた。

航は目の前でペンを握り、メモ帳に素早く書き込んでいく。その表情は極めて真剣で、まるで重要な任務に臨んでいるかのようだった。

そして、紬がすべての料理の評価を終えると、航もペンを置いた。

それから彼は立ち上がると、そばにあった弁当箱を引き寄せた。テーブルから紬が「美味しい」と褒めた料理だけを丁寧に移し替え、蓋を閉めた。

すると、テーブルに残されたのは、紬が「味が濃い」と言ったナスのお浸しと、「お肉がちょっと硬い」と言った生姜焼きだけだった。

航はそのまま弁当箱を手に取り、出かけようとした。ふと、紬にじっと見られていることに気づき、彼は取って付けたかのように言った。

「君は以前、自分と澪の好みがよく似ていると言っていたな」

そう言われ、紬の箸を持つ手は、かすかに固まった。

少し戸惑った後、やがて彼女は低く返事をした。「うん」

その返事に満足したのか、航は頷いて言った。「そうか、ならいいんだ」

そう言うと、美味しく出来上がった料理が詰まった弁当箱を手に、彼は振り返ることなく出て行った。

外からすぐに、車のエンジンをかける音が響いて、航は病院にいる澪に食事を届けに行った。

それを聞きながら、紬は視線を、航がダイニングテーブルの上に忘れていった、小さなメモ帳に向けた。

彼女は何かに吸い寄せられるように、メモ帳にそっと手を伸ばして、ページを開いた。

そこには、いくつものレシピと注意点が細かく書かれていた。さらに、それぞれのメニューの下に作られた余白に、先ほど自分が口にした感想の一言一言が漏れなく綴られていた。

航がこれほど周到に準備をしてキッチンに立ち、丁寧に自分の評価を書き留めていたのは、自分のためではなかった。

澪に料理を作ってあげるためだった。

そのために、彼はレシピをメモ帳一冊分も書き綴って、好みが似ている自分に味見をさせ、意見を事細かにメモしていたんだ。それら全ては、よくできた料理だけを澪のもとに届けるためなのだ。

紬はメモ帳をぎゅっと握りしめ、ふと声をあげて笑った。その嘲るような笑い声には、底知れない虚しさが滲んでいた。

結婚して3年間、初めて食べた夫の心のこもった手料理が、まさか姉のおかげだなんて、これ以上の皮肉はあるのだろうか。

本当に……どこまでも滑稽で悲しいことだ。

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