เข้าสู่ระบบ駿は5年前よりずっと成熟していた。しかし、紗雪を見つめるその瞳には、相変わらず隠しきれない愛情と誇らしさが宿っている。駿は紗雪に花束を手渡すと、自然な仕草でその腰を引き寄せ、額に軽くキスをした。スポットライトを浴びる紗雪が、彼の胸で幸せそうに微笑んでいる。そして、二人の薬指には同じプラチナリングが輝き、眩しいほどの光を放っていた。会場からは再び温かい拍手と、祝福の歓声が沸き起こった。想は父を見上げて、小さな声で尋ねた。「お父さん、あの人すごくきれいだね。女優さんとか?」しかし、律は何も答えない。舞台上の二人をじっと見つめ、目に見えない何かに心を締めつけられるような、息ができなくなるほどの痛みに耐えていた。自分の薬指にふと指で触れる。そこにあるはずの指輪はもうない。わずかに残っていた痕跡も、年月を経て今ではかなり薄くなっている。結局自分は、「傍観者」になることすら許されない、ただの邪魔な存在に過ぎなかったらしい。律はコンサートが終わるのを待たずに、息子の手を引いて賑やかな会場を後にした。二人の背中が、冬の夜空に身を隠すように消えていく。数日後。東都にて。律は一人車を走らせ、郊外の荒れ果てた山頂にある公園を訪れていた。そこは、16歳の時、初めて紗雪に想いを告げた場所だった。今では、見る影もなく荒れ、雑草が伸び放題になっている。かつて二人の名前を刻んだ桜の木も枯れてしまい、枝だけがどんよりとした空へ向かって寂しく伸びていた。枯木の前に立ち、ひび割れた樹皮に触れる。ひんやりと冷たい。その瞬間、冷たい風が吹き抜け、地面に溜まった枯れ葉を舞い上げた。冷え切った木の幹にもたれかかり、目を閉じた律は、まるで時間が戻っていくような錯覚を覚える。ふと、あの日の光景が脳裏に蘇った。陽射しの眩しい、穏やかな午後。16歳の紗雪は真っ白な制服のスカートを揺らし、高い位置で結んだポニーテールを弾ませながら、友人たちと楽しそうに駆け回っていた。その笑顔は太陽のように明るく、見ているだけで心まで温かくなるほど眩しい。そして、同じく16歳だった自分。まだ何も知らず、青臭くて、少しだけ不器用で、それでも妙な自信だけは持っていた。耳まで真っ赤に染めながら、人生で一番の勇気を振り絞って彼女の前へ駆け出す。「さ、紗雪!お……お前が好きだ!俺と付き
かつてはあれほどプライドが高く、すべてを支配していた律。そんな彼の口から出た言葉は、どこか滑稽で悲哀に満ちていた。これが、プライドを完全に捨て去った、彼にできる最後の引き留めだった。それを聞いた紗雪は、ゆっくりと振り返り、もう一度律の顔を見つめた。その瞳には、嫌悪も、あざけりも、哀れみすらもなく、ただ透き通るような、静けさだけがあった。彼女は小さく首を横に振る。それはまるで、まだ迷いから抜け出せない魂に、静かにため息をついているようだった。そして、紗雪は立ち上がるとベッドへ近づき、乱れた掛け布団の端をそっと直す。その仕草は、先ほど彼の唇を潤したときと同じように優しかった。けれど、だからこそ、かえって距離の遠さを感じさせたのだった。「律」彼女は男の顔を見つめ、静かに告げた。まるで、最後の言葉のように。「元気でね」そう言い残すと、紗雪はもう立ち止まらなかった。迷いのない足取りで病室のドアへと向かっていく。床に響くハイヒールの音が、静かに規則正しく響き、その一歩一歩が、律の心臓を押し潰していった。律は必死に手を伸ばしたが、何かを掴むことはできず、ただ冷たい空気をすくい取っただけ。紗雪の後ろ姿がドアの向こうへ消えていく。ゆっくりと閉まっていくドアを、律はただ見送ることしかできなかった。それは彼女との距離を隔てるのと同時に、彼が密かに抱いていた最後の希望に終止符を打つ瞬間でもあった。彼の苦しげな荒い息遣いと、規則正しく電子音を刻み続ける医療機器の音だけが、病室に残された。窓の外からは暖かな日差しが差し込んでいる。しかし、冷え切って、荒れ果てている彼の心の奥が温まることは、二度となかった。月日は流れて、あっという間に5年の歳月が過ぎた。……X国の首都。会場はきらびやかな照明に照らされ、立ち見が出るほどの満員だった。今夜は、世界的に有名なピアニストである紗雪のワールドツアー最終公演。多くの注目を集める、特別な音楽の宴だった。客席の端にある目立たない席に、ひっそりと腰を下ろす二つの人影があった。律は、仕立ての良い黒いスーツを着ていた。彼の顔にも時の流れが刻まれており、かつての刺々しさは消えて、どこか落ち着いた寂しげな雰囲気を漂わせている。その隣には、律の面影のある7歳か8歳ほどの男の子が、少しおどおどした様子で
消毒液の匂いが立ち込める集中治療室では、モニターの電子音が静かに響いていた。律は果てしない暗闇と激痛の中で数日間苦しんだ後、ついに、意識の奥へかすかな光が差し込むのを感じた。重い目蓋をかろうじて開けると、かすんだ視界がゆっくりと焦点を結び始める。まず目に入ったのは、窓から差し込む、少し青白い陽の光だった。そしてその次に、ベッドの脇に座る静かな後ろ姿が見えた。紗雪だ。上品なアイボリーのタートルネックを着た紗雪が座っていた。横顔を彼に向け、窓の外を見つめるその表情はとても静かで、何の感情も読み取れない。柔らかな日差しが彼女の輪郭をふちどり、まるでうっすらと光のベールをまとっているかのようだった。その瞬間、律は時間が巻き戻ったかのような錯覚に陥った。あの自分が裏切りを犯してしまう前の、ふたりで穏やかに過ごした暖かい午後。胸が激しく締めつけられた。せつなさと喜びが一気に押し寄せてきて、涙があふれそうになる。乾燥した唇を動かして声を出そうとしたが、結局はかすれた息が漏れただけだった。その小さな動きに、紗雪が気づいた。顔を向けて律の顔を見る彼女の表情は、驚きも感動もなく、ただ、眠りから覚めたばかりの普通の患者を眺めるようなものだった。ベッドサイドにあるコップを手に取ると、綿棒にぬるま湯を含ませて彼の渇いた唇を潤した。慣れた手つきのごく自然な動作だったが、そこにははっきりとした距離感があった。そのささやかなことがきっかけとなり、律の胸に、ずっと押し込まれていた後悔が、堰を切ったようにあふれ出す。あまりにも激しい感情が急に押し寄せたからか、律からはプライドも理性もすべてなくなっていた。突き動かされるように手を伸ばすと、最後の力を振り絞り、紗雪の手首をギュッと掴んだ。手の甲にはまだ点滴の針が刺さっており、力を入れたせいで細かく震えていた。手のひらの傷もふさがっておらず、物に触れるだけで鋭い痛みが走る。「紗雪……紗雪……」消え入りそうで、掠れている律の声。それでも何かに取り憑かれたような必死さで、まるでその姿を目に焼きつけようとするかのように、紗雪をじっと見つめ続けている。「ごめん……俺が馬鹿だったんだ……何も見えていなかった……本当に最低だった……」真っ赤な目から涙があふれ、白い頬を伝って枕を濡らした。ビジネ
この突然の騒ぎは、まるで全てを映し出す鏡のようだった。崩れ去った律のプライドと、紗雪の決して揺るがない固い決意。その全てを、残酷なほどはっきりとあぶり出した。それはプロポーズの雰囲気を壊すどころか、むしろ良い薬のようになった。紗雪にとって、誰が本当にこれからの人生を任せるべき人なのかを、はっきりと見極めるきっかけにもなったのだから。紗雪は振り返り、すでに立ち上がって、自分を心配そうに見つめている駿に視線を向ける。そして深く息を吸い込むと、吹っ切れたような、まっすぐな笑みを浮かべた。自ら手を伸ばして、駿の手を握りしめ、静かだがはっきりとした声で言う。「駿、よろしくお願いします。あなたと一緒に、新しい未来を見てみたい」その瞬間、レストランは割れんばかりの拍手と、祝福の歓声に包まれた。駿は感極まって、紗雪を強く抱きしめる。まるで失いかけた宝物を、再びその手に取り戻したかのように。一方、店から追い出され、冷たい廊下で座り込んでいた律は、中から聞こえる幸せそうな声によって、底知れない闇と絶望の中に突き落とされていた。プロポーズの成功から、紗雪と駿の距離は一気に縮まった。二人の仲は以前にも増して深まり、公式的な場所にも一緒に出席するようになった。そんな二人の姿は、まさにアートとビジネスの美しい結びつきとして、各界から大きな注目を集めていた。一方、プロポーズ現場で無様にも拒絶された律は、立ち直れないほど激しく落ち込んでいた。それでも諦めることなどできず、身を焦がすような痛みだけが、かろうじて彼を生かし続けていた。あらゆる手段を使って紗雪の近況を追う姿は、まるで怪我をした獣のようで、傷ついた部分を舐めながら、いつ来るとも知れない好機を、闇の中でじっとうかがっているようだった。そして、そのチャンスはあまりにも残酷な事件と共にやってきた。神谷グループはあるプロジェクトで、海外の大手企業と数兆円規模ものビジネスをめぐって競っていて、その際、律はかなり強引な手法を用いた。しかし、それは相手の利益を真正面から踏みにじるものであり、その一件以来、両社の関係は修復不可能なほど悪化していた。さらに、その相手はかなり複雑で、復讐のためなら、かなり悪どいこともするような企業だった。そこで彼らは、駿と親しい紗雪が、律の最も気にしている存在である
その瞬間、律の心臓は張り裂けそうになった。彼は彫像のように暗闇で立ち尽くし、かつて自分のものだったはずの女性が、他の男に抱きしめられている光景をただ眺めていた。猛烈な嫉妬と苦しみに飲まれ、律は我を忘れて走り出した。紗雪のマンションの下へ駆けつけ、一晩中膝をついて許しを求めた。夜露に濡れながら夜明けを迎え、結局は警備員につまみ出された。しかし、そんな悲劇の主人公気取りの姿も、周囲の住人の噂の種になっただけで、紗雪の心は何も動かなかった。紗雪は窓から外を覗くことすらしなかった。律の執着は、かなりうんざりするものだったが、紗雪と駿の愛には一切関係のないことだった。駿は紗雪を尊重し、穏やかで誠実だった。律の狂気じみた行動とは対照的で、紗雪は駿となら健康的な愛を育めると確信していた。紗雪の誕生日、駿はサプライズを計画した。東都一の高さにある回転レストランを貸し切り、白いバラと星のような明かりで会場を装飾し、親しい友人も招待した。店内に足を踏み入れた紗雪は、夢のような光景に目を奪われた。バイオリンの旋律が流れ、窓の外には宝石を散りばめたような夜景が広がっている。駿は紗雪の手を引いて中央へ歩み寄り、全員が見守る中で膝をついた。小さなケースを開き、美しいダイヤモンドの指輪を取り出す。「紗雪」駿は顔を上げ、愛と緊張が溢れる瞳で紗雪を見つめた。「君に出会えたのは俺の人生で一番の奇跡だよ。君の才能も強さも、優しさも全て愛している。過去の傷を消すことはできないけれど、残りの人生の全てを使って君を大切にするよ。誰よりも君を愛し、守り続け、永遠の幸せを約束する。だから、俺と結婚してくれないかな?」紗雪は目の前の素敵な男を見つめた。その真っ直ぐな眼差しには、隠そうともしない愛情と、答えを待つような緊張が浮かんでいる。胸の奥がふっと温かくなり、言葉にできない感情が静かに込み上げてきた。暗い過去は遠のき、新しい未来が見え始めていた。迷いはあったが、その駿の真っ直ぐな言葉が彼女の心を震わせる。紗雪が返事をしようと、口を開いたその時——バンッ!レストランの扉が音を立てて開いた。獣のような男が駆け込んできて、シャンパンタワーをなぎ倒し、店内は騒然となる。律だった。どこで聞きつけたのか、髪を振り乱した律の目が真っ赤に充血し、
紗雪は手首を軽く振り、氷のように冷たい目で言い放った。「このビンタは、病院であなたにやられたことへのお返しです。志保さん、見苦しい真似はやめてください。律があなたを選ばないのは、あなたに価値がないからでは?それを私にぶつけてどうするんですか?これ以上邪魔をするなら、あなたの卑しい親戚ともども、東都で暮らせないようにしますからね」紗雪の圧倒的な気迫に志保は凍りついた。その時、激しいブレーキ音と共に律の車が駆けつけてきた。志保は律を見ると、救いを求めるように駆け寄り、涙を流しながら彼に抱きつこうとする。「律くん!やっと来てくれたんだね!見て……この女が私を殴ったの!それに脅迫までしてくるんだよ!」しかし律は志保に見向きもせずに、その視線を紗雪に固定していた。その瞳には、切迫した思いと、まるで縋るような卑屈さが混じっている。律が縋り付く志保を突き放すと、その勢いで、彼女は無様に地面へと倒れ込んだ。「消えろ!」律は激しい口調で怒鳴ると、紗雪の元へ駆け寄った。「紗雪、大丈夫か?遅れてすまない。この女は俺が片付けるから。もうお前の邪魔はさせないよ」そう言った律は、唖然として座り込んでいる志保の方を向き、紗雪の前で自分の決意を見せつけるかのように、あろうことか志保の頬に平手打ちを叩き込んだのだった。「誰が紗雪に会えと言った?!二度と俺たちの前に姿を見せるなと言ったはずだよな?」律は鬼気迫る剣幕で志保を叱りつけ、紗雪の機嫌を取ろうとした。何が起きたか理解できないでいる志保は、呆然と頬を抱えながら、信じられないといった顔で叫ぶ。「律くん……どうして、この女のために私を殴るの?」紗雪は冷めた目で彼らを見つめ、皮肉な笑みを浮かべる。それに、二人とこれ以上関わるのも億劫だったので、紗雪はその場を去ろうとした。「紗雪!待ってくれ!」律が慌てて呼び止める。「すぐに、こいつとの関係を切るから、少しだけ時間をくれ!俺たち……」それでも、紗雪の足は止まらない。ただ、紗雪の冷たい声が、風に乗って律の耳に聞こえてきた。「律。あなたたちのことなんて、どうでもいい。二度と邪魔をしないで」紗雪の背中と、泣き叫ぶ志保を交互に見つめ、律の胸には焦りと虚無が広がった。無理やり志保を立ち上がらせると、そのまま警察へと送るよう運転手に指示を出す。これで
焦った使用人は右往左往しながら、何度も律に電話をかけていたが、一向に出る気配はない。紗雪は重い瞼を開け、掠れた細い声で呟く。「もうかけないでいいよ……どうせ、出ないから」そう言う紗雪の笑みは泣き顔よりも痛々しかった。「律は今……小池さんの誕生日を祝ってるから」使用人はため息をつき、それ以上は何も言わなかった。ただ黙って解熱剤を持ってきて、紗雪にそっと飲ませた。薬を飲んだ紗雪は、深い眠りについていたのだが、夜遅く激しい音を立ててドアが開けられたことにより、目を覚ました。酒の匂いと外の冷気をまとった律が入ってきた。その顔は、恐ろしいほどに引きつっている。「紗雪!」律はベッド
紗雪は1週間の入院生活を送った。この1週間、彼女は魂が抜けたようだった。決まった時間に食事をし、薬を飲み、治療を受ける。泣くこともなく、騒ぐこともなく、口を利く事もなかった。看護師が薬を変えに来ればされるがままになり、使用人が運ぶ食事を機械的に口へ運ぶ。胸に空いた大きな穴は、冷水で満たされているようで、無感情に等しかった。ひどくどんよりとした曇り空の日、紗雪は退院した。暗い雲が立ち込め、息苦しさを感じる。退院手続きを済ませた紗雪が、病院の玄関でタクシーを呼ぼうとしていると、そこへ、見覚えのあるロールスロイスがゆっくりと停まった。窓が開くと、律の冷ややかだが気品溢れる横顔
ドアを開けた律は、ちょうど紗雪が志保に平手打ちを叩き込む瞬間を目撃した。一瞬で険しい表情を浮かべた律が、大股で病室の中へと入ってきて、紗雪を乱暴に突き飛ばした。ただでさえ意識を取り戻したばかりの紗雪は、バランスを崩し、背中を冷たい壁に強打した。あまりの痛さに息を呑む。「紗雪!何しているんだよ!」志保を庇うように立っている律が、怒りに震える目で紗雪を睨みつけた。すると、志保はすぐに律の胸に顔をうずめ、泣きじゃくりながら出鱈目なことを言い始める。「律くん……紗雪さんのこと、責めないであげて。私が悪いの……私なんかがここに来るべきじゃなかったから……」赤くなった志保の頬を見て、心
紗雪は書類に署名をすると、弁護士を呼んだ。「離婚に関する手続きをお願いします」紗雪の声は、少し恐怖を感じるほど、静かだった。弁護士が頷く。「承知いたしました。離婚届にはご主人様の署名がありませんので、先ほどお持ちいただいた署名入りの書面を代用したい、ということでよろしいですね?ただ、かなり特殊なケースですので、手続きには一か月ほどお時間をいただくかと思います」「分かりました」無表情のまま、紗雪は言った。「なるべく急いでください」弁護士が部屋を出ると、病室には紗雪だけとなった。そっと目を閉じたが、涙はもう出ない。心が空っぽになってしまい、悲しむ力さえ残っていなかったのだ。