Share

61話

Author: 子猫
last update publish date: 2026-03-18 19:00:00

優希は助けを求めるように暁春を見るが、彼は靴を履き替える有美を静かに見ているだけで、突然玄関に入ってきたことに驚いている様子は無かった。

(それもそうよ、あのスリッパはさっき暁春が出したんだわ。)

今晩はお腹の子のことを含めた優希と暁春のこれからについて話すはずなのにと、優希は眉をひそめる。

その気持ちを感じ取ったのか、暁春は優希を見ると申し訳なさそうに眉を下げて言った。

「ゆうちゃんすみません。有美ちゃんのアパートが上階からの漏水で住めなくなってしまったので、しばらく我が家に滞在してもらおうかと思います。」

寝耳に水な話に優希は慌てる。

「なんでそんなことを急に言うの!?」

「俺も本邸を出る時に知ったんです。大丈夫、ゲストルームは沢山ありますし、ゆうちゃんがきちんと掃除してくれてるの知ってるので問題ないでしょう。」

「そういう問題じゃっ…。」
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 白月光は妹?私が死んでから元夫は泣いて後悔しました   229話 劇の登場人物

    《母親の彼氏を誘惑》という文字で思い出されるのは、英二に押し倒されたあの日のこと。 今でも鳥肌が立つが、当時は皮膚を剥ぎ取りたいほど気持ち悪く、口に出すのも悍ましく感じていた。 だから当然、孤児院の人間や将生にすら話したことはない。 知っているのは舞と英二だけ。 その二人とはあれ以来連絡を取っていないので、今何をしているのか知らない。 暁春が優希のマンションを突き止めたようにお金を払って調べたのか、それとも彼らが戻ってきたのか…。 いずれにしても優希を陥れるつもりなのは明らかだ。 理不尽な悪意に、優希の胸の奥から怒りが湧き上がってくる。 そしてそれは、もがく女性の肩越しに有美の姿を見つけた途端、大きく燃え上がった。 ナースステーション前の長椅子に座る姿は、一見するととても上品な女性に見えるが、優希を見る目には愉悦が覗き、口元には隠しきれない嗤いが浮かんでいる。 (……やっぱり、あなたなのね) 有美の姿に、優希はこの騒動の出どころを確信した。 優希は喚く女性の目をしっかりと見つめる。 「…これはどこで?」 不思議と声は落ち着いていた。 優希が死を偽装したあの日、有美と対峙した時と同じだ。 猛烈な怒りが、かえって頭を冴え渡らせている。 優希の声は決して大きくなかったが、女性は一瞬肩を小さく跳ね上げ「…病院の入り口に撒かれていたわ」と、勢いを失くした声で言った。 (有美ちゃん、私は不当な扱いを黙って受け入れないと言ったはずよ) 「そうですか。…第一に、私に売春の過去はありません。これはれっきとした名誉毀損です」 「な、なら他の話はどうなのよ…!?」 (あなたが私を刺激したの)

  • 白月光は妹?私が死んでから元夫は泣いて後悔しました   228話 チラシ

    気づけば孤独だと言っていた男の痕跡は、病室からすっかり消えていた。暁春は空になったベッドを見て、若い頃に好き勝手した男なのだろうが、せめてお墓に花を添えてくれる人間がいることを願った。–都が雇った探偵からの報告に、有美は顔を歪ませた。「何、呑気に入院してんのよ…!」暁春が優希の元へ向かったと聞いた時は、面白いことになると期待していたのに。蓋を開ければ優希の元に行った直後に倒れて入院したという。入院後も、ある意味優希を困らせているようだが、しかしそれは有美が願っていたようなものではなかった。(あんな日和った男に任せておけない…!)このままでは優希がのうのうと過ごしてしまう。有美は歯軋りをしながら、探偵へ指示のメールを送った。–優希は最近、周りからの視線が以前と変わったことに気づいていた。担当看護師は変わらず接してくれているが、あまり接点のない看護師や同じ実習生は、優希を見ては口元を隠して何か話しているのを何度か目撃している。背中を突き刺すような視線は嫌な記憶を思い出させ、優希を疲弊させていった。「私、何かしてしまったんでしょうか?」耐えきれず、優希は担当看護師に相談した。「あー…」担当看護師は目を泳がせる。しかし観念したように携帯を差しだした。「実は数日前から、学校や病院にあなたの過去についての書き込みが寄せられているの。SNSにも広まっているみたいで……。校長先生たちが対応を検討しているところなんだけど」不穏な前置きに緊張しながら、優希は差し出された携帯の画面を覗く。まっさきに目に入ってきたのは、過去何度も見た美緒の転落事件の記事と、かつて優希がSNSに投稿した、リビングに火を放つ動画の一場面の画像だった。「妊婦を突き落としたとか、ヒステリックを起こして放火したとか…あとは子供の頃に売春していたとか。そういう内容がいく

  • 白月光は妹?私が死んでから元夫は泣いて後悔しました   227話 未来の自分

    「…俺は彼女の夫だ」暁春が苛立たしげに吐き捨てると、男の小さな目が僅かに開いた。そして皺だらけの顔で意味深に笑う。無愛想だと思ったが、意外にも親しみやすさを感じる笑顔だった。「なら儂は大企業の社長の父親だ」揶揄われていると気づき、暁春の眉間に深い皺ができた。「あなたがどう思おうと、俺たちは法的に認められた夫婦だ」「ああ、出て行った妻を追いかけて入院しているのか」事実、その通りなだけに、暁春は何も言い返せず口を引き結んだ。「不倫でもしたか?それとも借金か?」面白がる男に、暁春は無言で立ち上がる。それを慌てて男が杖で止めた。「まあ待て。見舞客なんて来ない寂しい老いぼれと、少し話をしてくれ」男は穏やかに微笑んでいたが、その瞳には少し寂しさも見えた。暁春はその顔に自分の顔が重なって見え、迷った後、ゆっくり元の場所に戻った。「うちの病室に、よく見舞いがくる患者がいるだろう?楽しそうに話す声を聞いていると少し寂しくなるんだよ」暁春が座り直すと男は杖を引っ込め、苦笑いを浮かべながら話した。確かに、同じ病室に妻や子供と思われる見舞客が頻繁に来ている患者がいる。暁春自身は寂しいと思うつもりはないが、優希から無視や他人行儀な態度を取られた後に彼らの楽しげな声を聞くと、とても胸がざわめくことはあった。「儂にも昔は、見舞いに来てくれるような家族がいたんだがな」男は小さく息を吐いた。「浮気を繰り返していたら、愛想を尽かされて出て行ってしまったよ」「……なぜ浮気を?」気づけば、暁春はそんなことを聞いていた。「好きな人がいたんだが、親に反対されてな。別の女と結婚させられたんだ。妻との結婚が嫌で、毎日のように外で愛人と遊んでいたよ」男は地面に目を落とした。「夫は帰ってこない。でも跡取りはせっつかれる。追い詰められた妻は睡眠薬を儂に

  • 白月光は妹?私が死んでから元夫は泣いて後悔しました   226話 因果応報

    ベッドから降りた時とは反対に重たく感じる体をベッドに寝かせながら、有美と一緒に妊娠中の優希を無視したことを思い出す。あの時は、これは優希への復讐なのだと自分に言い聞かせていた。しかし今思うと、無意識に優希の様子を気にしていたような気がする。優希の暗く沈んだ目や顔色の悪い姿、一番端のゲストルームへ俯き加減に入っていく様子を見ては駆け寄りたくなった。(こんなにあからさまなのに気づかなかったとは…)否。薄々気づいていたものの、優希との関係がすでに取り返しがつかない段階にあっただけに、認めることができなかったのだ。(考えれば考えるほど、クズな男だな、俺は…)不倫のことといい、優希を夫婦という言葉で縛りつけようとするところといい、優希が自分をもう一度選ぶ可能性の無さに、暁春は自嘲する。同室の患者が見舞客と仲良く話す声が余計辛く感じ、暁春は音を遮断するかのように布団に包まった。「優希」翌日。今日ははっきり名前を呼べた。優希の足が一瞬止まり、期待に暁春の胸が跳ねたのも束の間、結局彼女は振り返ることなく、そのまま担当の看護師と病室を出ていった。それでも暁春は懲りなかった。どうしても、もう一度ゆっくりと話をしたかった。最初は偶然を装ってカーテンから顔を出していたが、最近はカーテンを常に開けておくようになった。優希が病室に来れば目で追い、近くを通れば声をかけた。「今日は何時まで実習なんだ?」「試験はどうだった?」「ちゃんと寝てるのか?」何度か声をかけるも、優希からの返事はない。しかし愛想笑いを顔に貼り付けた会釈はその都度返ってきた。反対に、向かいの患者に向ける優希の声は柔らかかった。薬を飲むよう促し、体調を尋ね、返事の少ない相手にも根気強く話しかける。時にはどこかの見舞客から声をかけられ、笑うこともあった。「……露骨だな」

  • 白月光は妹?私が死んでから元夫は泣いて後悔しました   225話 壊す

    暁春が社長職を退き、桃子も鳥居コーポレーションへの過度な利益供与を問題視した老人によって社長代理を解任されたため、今は老人が三度目の社長業務についている。そして現在、実子であることを理由に次の社長を主張している健志に、業務の引き継ぎを行なっていた。意外にも、井竜側の幹部たちは健志が社長となることに賛成している。健志が老人の実子だと公になった以上、血筋については彼らも文句をつけにくいのだろう。(あとは、鳥居側から何か美味しい話を持ちかけられた可能性もあるわね)美緒から見て、井竜家の人間の中でまともな感性を持っているのは老夫婦くらいに思える。他の親族たちは、自分たちの血筋に誇りを持っているものの、それ以上に自分たちの利益には敏感だった。悟の内部調査で、実際に鳥居側から話を持ちかけられて、株の一部を譲渡した者もいた。老夫人の会見で下落が落ち着いたとはいえ、以前と比べると株価は数分の一にまで落ち込んでいる。誇りと利益を天秤にかけて、利益の方が上回ったのだろう。「失礼します」社長室のドアをノックした美緒は、中からの返事を聞いてから足を踏み入れた。すると奥にある休憩室から大きないびきが聞こえ、美緒の眉が僅かに寄る。健志は自分から社長になると主張したくせに、彼が老人から学んでいる姿を、少なくとも美緒は見たことがなかった。英二はそれほど真面目ではなかったが、老人や暁春は大企業の社長として、日々忙しくしていたらしい。井竜グループの社長という立場を、単なる億万長者の肩書き程度に考えているらしい健志には、英二同様冷めた目を向けてしまう。(おじいさんはどうして、あの男に次の社長を任せるのかしら)老人はいまだに言葉が少なく、美緒はその意図を測りかねていた。「こちらが、社員から寄せられた嘆願書です。そしてこちらが、指示されたリストです」奥の休憩室を一瞥した後、美緒は洗練された動作でいくつかの書類を差し出す。それを受け取った老人は、静かに目を通す

  • 白月光は妹?私が死んでから元夫は泣いて後悔しました   224話 それぞれの夫婦

    「——体調はどうですか?」翌朝、微睡んだ耳に愛しい声が入り、暁春の口元に笑みが広がった。(ああ…全部夢だった)全てが悪い夢。でもまだ間に合うのだ。有美との関係を清算し、優希ときちんとした夫婦になりたい。(謝って許してくれるだろうか…)かつてのように、横に腕を伸ばす。しかしそこに温かい温度はなく、冷えたシーツの感触しかなかった。ぼんやりと目を開けると、見慣れない天井と病室らしい景色が目に入り、暁春の頭は一瞬固まる。(病院…?)「顔色は良さそうですね——」思い描いていた景色とは違うのに、耳には変わらず優希の優しい声が聞こえてくる。夢だと思っていた方が現実だと気づいた瞬間に胸が嫌な音を立てて痛むが、それでも優希の声を確かめたくて、のそのそと体を起こした。そしてカーテンを少し開けて、隙間から覗く。向かいのベッドのカーテンが揺れ、中で人が動いているのがわかる。その間も当たり障りのない会話は続いており、しかし相手からの返事は聞こえない。「――では、朝食の時間になったらお持ちしますね」やがてその言葉と共にカーテンが開けられると、実習着に身を包んだ優希が出てきた。以前も見たことのあるその姿は凛としていて眩しい。暁春が目を離せずにいる中、優希は一緒に出てきた先輩とおぼしき看護師と何かを話しながら、暁春の方を見ることもなく病室を出ていった。それを寂しく思うも、優希が同室の患者の担当だと知れたことに胸は高揚する。本当はさっさと退院してあのマンションに帰るつもりだった。しかしここにいた方が優希のそばにいることができる。もしかしたら同室だから、優希が担当になるかもしれない。暁春はそんな淡い期待に胸を弾ませた。その後、あらためて暁春の体を検査した結果、体の衰弱が著しいとの診断を受け、このまま数日間入院することになった。担当看護師は優希ではなかった

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status