Masuk「有美ちゃんの話で思い出したけど、有美ちゃんに長期のお休みあげれない?」 「何故?」 暁春はリラックスした様子で人参のグラッセを口に運んだ。 「その…、体調が良くないみたいだから。」 暁春がどこまで知っているか分からず、濁した言葉になってしまったが、暁春は動きを止めた。知っているようだ。 「…聞いたんですか?」 「うん、今日聞いたの。大変だったわよね、流産なんて…。」 同じ女性として、現在妊娠している身として、自身の腹の中で1つの命を亡くしてしまった悲しみを考えると、身を引き裂かれるように辛いことだった。優希は本気で有美の身を心配していた。 「ゆうちゃんが言うなら、三滝秘書には暫く休みを与えることにします。なんたって彼女はゆうちゃんの妹ですからね。」 「ありがとう」 優希は席を立ち、ウインクをしてくる暁春の頬にキスをした。そのまま腰を引き寄せられ、暁春の膝に乗せれる。今度は暁春からキスをされ、呼吸を奪われそうな激しさに意識が遠のきそうになった。唇を離されると、優希は暁春の肩に額を乗せて息を整える。しかし整いきる前に顎を捕まれまた激しくキスをされた。ダイニングはたちまち官能的な空気に包まれた。 下着越しに熱いものが押し付けられ赤くなった優希の耳から、優しく眼鏡を外した暁春は熱に掠れた声をその耳に吹き込む。 「寝室に行く?それともここで?」 熱い息が耳に吹きかかると、優希の口から甘い声が小さく出た。頭の中では医者に言われた言葉が繰り返し響いていた。 性交程度なら問題ありません 性交程度なら問題ありません 性交程度なら問題ありません 優希の呼吸が荒くなる。 返事がない優希の顔をチラリと覗いた暁春の喉仏が動く。赤く染った目元と、トロンとして潤んだ大きな目、薄く開いた口からは赤い舌が誘うように見えていた。 忍耐が尽きそうな暁春は、急かすようにより強く腰を押し付けた。 燻る体の熱に身を任せたいが、あと一歩の踏ん切りがつかないギリギリの状態だった優希は、暁春のそのひと押しに大きく体を震わせた。そして彼の耳に小さな声で言った。 「…寝室…。」 勢いよく抱き上げられ寝室へ足早に向かっていく。階段を上る時も熱い唇に呼吸を奪われ、ベッドに押し倒された時には優希の頭は朦朧としていた。 身体中にキスを受
家に帰ると、優希はベッドに横になり今日貰ったエコー写真を眺めていた。白黒のそれは、一般人の優希にはどれが何というのは分からないが、赤ちゃんの袋はこれ、というのはわかった。そこを愛おしそうにゆっくりと指で撫で、まだまだ小さな赤ちゃんを想像した。 男の子かしら、女の子かしら?どっちもとか? 顔はどっちに似てるかしら。 最初に話す言葉はママかな、パパかな? 将来はどんな大人になるかしら… 目を閉じ、自身の平らなお腹に手を当てる。口元には優しい笑みが広がり、高揚感からいつもは白い頬も血色よく染まっている。 優希は無意識に子守唄を口ずさみながら、エコー写真を昨日のギフトボックスに入れた。再びラッピングをして、箱にキスをする。 夜8時 昨日食べられなかったご馳走をテーブルに並べ、暁春の帰宅を待っていた優希は、玄関の外に車の音が聞こえると笑顔で扉を開けた。今日は自分で帰ってこれたようだ。 「おかえりなさい。」 「ただいま、ゆうちゃん。」 口に軽いキスを受けたあと、優希はスーツを受け取りハンガーにかける。受け取った時に甘い匂いが香り、少し眉を寄せるとかけたばかりのスーツをクリーニング袋に入れる。 「昨日食べなかった料理よ。美味しくできたから食べてもらいたくて。」 「ゆうちゃんの作るものはなんでも美味しいです。」 「あなたが作ってくれた今朝のサンドイッチもとっても美味しかったわ。ありがとう。」 着替えてきた暁春に顔を染めながら、優希は1つのコップにワインを注ぐ。 スーツ姿の時は髪を後ろに固め、ネクタイを締めて首元を隠して禁欲的な印象だが、今の姿はVネックのセーターに黒いスラックス、高い鼻梁には銀縁の眼鏡がかかっていた。喉仏がはっきり出た喉と、浮き出た鎖骨が男性らしさを際立たせ、しかし下ろした髪と繊細な眼鏡が書生のような知的さも演出していた。普段の冷たく王者然とした雰囲気はなく、年相応にな若者にも見えた。 優希はこのような物静かな優しい雰囲気の男性が好みだった。 優希の好みを把握している暁春は、彼女の染まった頬に小さく口元を上げダイニングチェアに座る。 「そういえば、今日病院に行ったんですか?」 優希も椅子に座り、食事に手をつけようとした時に暁春が口を開いた。 「ええ。有美ちゃんに聞いたの?」 そ
「…ところで、お姉さんは何故病院に?」 2、3言体調について話したあと、有美が言った。 「どこか具合が悪いんですか?昨日はそう見えませんでしたが…。」 有美が優希に気づいた時には、まだ優希は受付のところにたっていたので何科を受診するのか分からなかったようだ。赤ちゃんを亡くしたばかりの有美に、自身の妊娠を告げるのは酷だろうと思い、優希は本当のことは言わないことにした。 「私もいつか赤ちゃんが欲しいから、時々婦人科で問題ないか検査してもらっているの。あの…、薬も貰わなきゃいけないし。」 「薬?ああ、社長がまだお子さんは要らないって言ってるんでしたっけ。」 暁春がまだ子供を欲しがっていないということは、以前なにかの弾みで言ってしまっていたので、優希が避妊薬を飲んでいることを有美は知っていた。 「大丈夫ですよー!いつか赤ちゃん出来ますよ!」 「…ありがとう…」 慰めるように明るく言う有美だったが、その目の奥に蔑みが見えた気がした優希は一瞬戸惑い、声が小さくなってしまった。 それを気にした様子もなく有美は携帯を見て言った。 「すみませんお姉さん、これから用事があるのでもう行きますね!」 足早に出口を通り抜けていく有美を見送って、優希は釈然としない気持ちで産科待合室の椅子に座る。 私、何かしたかしら? 時折感じる有美への違和感に自分の行動を振り返るも、そもそも有美とはあまり会うこともないので思いつかなかった。先程の違和感も一瞬だったので、気のせいと結論づけ、優希は呼ばれた診察室に入っていった。 「赤ちゃんの入ってる袋は見えますが、まだ姿は小さすぎて見えませんね。おや、袋が2つ見えるので双子ちゃんのようですね。」 内診台に乗り、遮られたカーテンの向こうで医者が言った。下半身の異物感と、明るい空間で秘所をさらけ出している事に体に力が入るも、モニターに写し出された映像に目が輝く。そこには黒い影のようなものがふたつ並んでいた。 妊娠だけでも嬉しいのにそれが2人なんて、優希は天に登りそうな気分だった。 「妊娠6週目位ですね。あと2、3週間すると心拍が聞こえてきますよ。」 「6週?間違ってませんか?その辺りは夫は出張で不在でした…。なので、その…。」 「結構皆さん間違われてるんですが、妊娠週数は最終月経の初日
選んだワンピースに着替えた優希は髪を軽く1本に結び、寂しく見える首元にサファイアのネックレスを着けた。サファイアは優希の誕生石で、去年の誕生日に暁春から贈られたものだった。本当は昨日妊娠を伝えて、今日の初めての妊婦健診に一緒に行きたかった。結局伝えられなかったので、せめて暁春からの贈り物を身につけて行こうと思ったのだ。 目元はコンタクトではなく黒縁のスクエア型の眼鏡をかけている。質素な服、簡単に結んだだけの髪、そして眼鏡。下手すると地味な印象を持たれそうなコーディネートだが、彼女の美貌とスタイルの良さで、芸能人のお忍びコーディネートに見えた。 まとめたゴミ袋の口を縛り、丁度玄関先に来ていたゴミ収集の係員に渡す。そのまま車に乗り込み発車させた。 向かった先は井竜中央病院。井竜財閥が展開する事業の1つで、国内最大の総合病院だ。 駐車場で車から降りた優希は、駐車場出入口に向かう黒い車に見覚えがあるように感じたが、特に気に留めなかった。黒い車なんてそこらじゅうにあるのだ。例えそれが高級車だとしても、ここは要人も利用する病院なのだから、変に思う事は無かった。 院内に入ると病院特有の匂いが鼻をつく。 国内最大の総合病院は患者やその家族、見舞い客などで混雑していた。その中を忙しそうに動く医療従事の人達。 赤ちゃんが産まれて、少し大きくなったら仕事を始めるのもいいかもしれない…。 忙しそうに働く彼らの心中は分からないが、働いていない優希にはとても輝いて見えた。 たまに沸き起こる焦燥感は、仕事を持たずただ養われているから生じる劣等感なのではないかと優希は思っていた。 結婚前は事務員として働いていた優希は暁春の希望で家に入った。事務の仕事は専門性のない仕事だったが、自分で自分を養えている事が嬉しかった。母親の自己肯定感は子供にも影響するだろうと考え、暁春にも相談してみようと思った。 受付に着き、予約番号を伝えると産科の待合室へ行くよう言われた。 産科は受付の向かいにあり、優希は受付を済ませて振り向いた。 その時、産科から有美が出てくるのを見つけた。 「有美ちゃん?」 声をかけると、有美は驚いたように顔を上げた。 「お姉さん?」 「驚いたわ。彼氏がいることは前に聞いてたけど、妊娠してたのね。おめでとう!妊娠していて昨日の
翌日、優希は10時に起きた。 当然ながら暁春は既に出勤しているようで、優希の隣には既に人の体温はなかった。 朝方まで酷使した体は全身が筋肉痛のように痛かったが、 暁春が体を清めてくれたのか、痛み以外の不快感は感じられなかった。 今日は妊婦健診を予約していたためゆっくりとベッドを降りた。昨晩の激しい行為が影響ないかも心配だった。 ふとサイドテーブルを見ると、薬の箱が置いてあることに気づく。見慣れた避妊薬のものだ。暁春が置いていったのだろう。テーブル横のゴミ箱には口を縛ったコンドームが何個も入っている。 実は暁春はまだ2人の時間が欲しいと言って、子供を望んでいなかった。子供を希望していない暁春は、自身がコンドームを使用する他に、優希にも毎日避妊薬を飲むよう指示していた。 少し考えて、優希はその避妊薬とサイドテーブルの引き出しの中にある未使用のコンドームをゴミ箱に捨てた。 昨日は妊娠のことを伝えられなかったが、今晩帰ってきた時に伝えるつもりだった。もうこれらはいらないだろうと思ったのと、後ろめたい証拠を破棄したかったという理由もあった。 暁春が子供を望まず、避妊を徹底しているのに何故優希は妊娠できたのか。 もちろん他の男性を頼ったなどではなく、恥を忍んで未使用のコンドームに針で穴を開けていたのだ。 優希は自分の年齢を考え、それでも暁春のプレッシャーにならないようにと、結婚当初からさりげなくアピールをしていたが暁春は認めなかった。どんなに余裕がない時でもコンドームは着用していた。2週間前のあの夜も、スラックスのポケットからそれを取り出すのを、疲れでかすんだ目でぼんやりと見ていた。 子供は、優希の望むものの中で唯一暁春が拒否したものだった。 だから優希は未使用のコンドームの袋に針を刺し、避妊薬の摂取をこっそりやめた。突拍子もない行動に感じるが、優希はそれだけ子供が欲しかったのだ。 暁春を騙す行為だと自覚していたが、妊娠してしまえば子供を拒否しないだろうと思っていた。なにせ2人は夫婦なのだから。 シャワーを浴びた後ダイニングへ行くと、冷蔵庫のメモを見つけた。 おはようございます。昨日は無理させてしまいすみません。冷蔵庫にサンドイッチを作って入れておきました。食べてください。 貴方の大事な人より 綺麗な字で書いてあ
2週間前、2人は久しぶりに親密な行為をしていた。 国外の出張から帰った暁春は、玄関に出迎えた優希を激しく求めた。まずは玄関で、そのままリビングのソファへ、そして抱き抱えながら主寝室…の扉横で。最後の方は疲れて記憶が途切れているが、壁に押さえつけながら揺さぶられた優希は腕も足も限界で、落ちないように必死に暁春にしがみ付いていたのは覚えていた。 「そのかさぶたが彼女の爪で剥がれたんでしょう。」 「…そうなの…」 優希は思い出したその情交と、先程の取り乱した自分を思い出し耳まで赤くして俯いた。その赤い耳たぶを暁春の長い指が弄ぶ。 「あなたの体に傷をつけた事と、う…たがったこと、ごめんなさい。」 「疑ってたんですね、俺の事。」 小さく笑いながら言う暁春に見つめられると、優希は居心地が悪そうに体を動かした。 「ゆうちゃんは俺を傷つけないから、この背中の傷は嬉しいです。」 モゾモゾしていた優希の動きがピタリと止まる。 「…大事な人に痛い思いはさせたくないから…」 「ゆうちゃんは優しいですからね。」 会話の内容におかしな所はないのに、優希だけ顔色が悪かった。甘かった空気も消え去っていた。 「あっ」 突然、気まずそうにしていた優希の後頭部に大きな手が触れ、強く前に押し出された。 驚いた優希の声はすぐに暁春の口内に飲み込まれていった。思わず暁春の肩を押すも、その手も難なく押さえ込まれ、ただ口内を暴く舌技に翻弄されていた。 1度冷めた熱が再び沸き起こって来ると、優希の塞がれた口の奥から僅かに甘い声が漏れでる。おしりの下に硬い感触を感じると、その先の快感を思い出し、無意識に腰が揺れる。暁春の腰もそれに合わせるかのように軽く突き上げられ、直接触れ合っていないのにまるで1つになっているかのような錯覚に、優希の体が大きく震えた。 息を整えるまもなくソファに押し倒された。 「待って、私話したいことがっ」 「黙って」 お腹の子のことを思い出した優希が焦って口を開くも、暁春が遮りキスをする。 「あぁ、眼鏡がないからゆうちゃんの綺麗な目が良く見えますね。」瞼にキス。 「俺のためにこんなに素敵な格好をしたんですね。」鎖骨にキス。 「ゆうちゃんの白い太もも、俺の前だけ出してくださいね。」太ももの内側にキス。