LOGINあと一組の撮影依頼をこなせば、彼女と結婚するための資金がようやく貯まる――そう思っていた。 だが、次の依頼でやって来たのは、彼女ともう一人の男だった。 しかも彼女は気まずそうな顔で、こんなことを言い出した。 「妊婦写真みたいな特別な写真を、男性カメラマンに撮らせるなんておかしいでしょ!」 彼女の言葉にも動じず、俺は冷静にプロとしての仕事をこなす。 「じゃあ、旦那さんは奥さんに軽くキスしてみてください」 そう促すと、彼女は慌てた様子でその男を押しのけ、俺に詰め寄る。 「どうして怒らないの?」
View More俺の心は一気に引き締まった。 そうだ、こんな絶好のチャンスを掴むには、無関係な人間に邪魔されている場合じゃない。 すぐに気持ちを整え、撮影に集中することにした。 彩花の撮影は、まさに完璧だった。 彼女の状態は申し分なく、表情やポージングから多くのインスピレーションをもらえた。 そのおかげで、撮影は驚くほど順調に進んだ。 撮影が終わった後、彩花がパソコンの前に来て写真を確認する。 俺は彼女の評価を待つ間、心の中で不安が膨らんでいた。 しかし、彩花は写真を見るたびに頷き、最後には俺の肩を軽く叩きながら言った。 「あんたの写真、とても気に入ったわ。実はね、近々『C雑誌』の表紙撮影があるの。そのカメラマンに、あんたを指名したい」 『C雑誌』――国内で最も影響力のあるファッション誌。 その表紙を撮れるカメラマンは、すべて国際的に名を馳せている一流ばかりだ。 そんな大きな仕事の依頼が来るとは思わず、俺は思わず目を見開いてしまった。 彩花は呆然としている俺を見て、少し微笑みながら説明する。 「あんたの写真には、未来への無限の可能性を感じたわ」 俺は心から感謝し、その場で依頼を快諾した。 彩花がスタジオを去った後も、俺はまだ頭の中が真っ白だった。 しかし、その空白はやがて明るい光となり、未来への希望が見え始めた気がした。 後日、彩花の写真が公開されると、大きな反響を呼んだ。 それに続き、『C雑誌』から正式に表紙撮影のオファーが舞い込んだ。 三ヶ月後、『C雑誌』の彩花が表紙を飾る号は、売上500万部を突破。 新記録を樹立し、業界で大きな話題となった。 俺は今や、国内で最も注目されるカメラマンとなり、名声と成功を手に入れた。 それに伴い、玲奈との苦い記憶も、もう完全に忘れ去ることができていた。 ある日、友人から玲奈と光翔の話を耳にした。 光翔は玲奈を追い続けていたが、玲奈はあくまで中絶を選んだらしい。 その結果、二人の間で大きな争いが起きたという。 さらに、玲奈が病院で医者から「この妊娠を終わらせれば、もう二度と子どもを持てない可能性がある」と告げられていたことも分かった。 それでも彼女は迷うことなく中絶をし、その後、光翔を訴えたという。 光翔は暴力行為で訴えられ、一年の
ついに、佐倉彩花との撮影日がやってきた。 俺は撮影スタジオの前で緊張しながら足を踏み鳴らしていた。だが、そこに現れたのは全く会いたくない人物だった。 「陸斗、私、あんたに結婚写真を撮ってほしいの」 玲奈は少し離れたところに立っていて、大学時代のように初々しさと恥じらいを漂わせていた。 彼女が着ている白いワンピースも、俺が初めて湖畔で見たときのものとそっくりだった。 玲奈は俺に向かって微笑む。 だが俺は顔をしかめ、冷たく言い放った。 「俺のスタジオはお前を歓迎しない。別のカメラマンを探せ」 「お金なら出すわ」 俺は皮肉を込めて、大きく吹っ掛けてみた。 「二百万だ」 意外にも、玲奈は即答した。 「いいわ」別にお金を断る理由はない。犬の写真を撮ると思えばいいだけだ。 俺は苦笑しながら、スケジュール表を確認し、ビジネスライクに答えた。 「俺の仕事は半年先まで詰まってる。でも、金を出すって言うなら、来月8日、光翔と一緒に来い。一時間だけ空けてやる」 玲奈は首を横に振った。 「彼じゃないの。撮ってほしいのは、あんたと一緒に」 そして、彼女はかつて俺が言った言葉を持ち出してきた。 「覚えてる?あんた、私を世界で一番美しい花嫁にするって言ったでしょ。大学の頃から、ずっとその日を楽しみにしていたの。 私の家族があんたに高額な結婚資金を要求して、あんたがどんなに苦労しても諦めなかったとき、私はもっと確信したの。この人生で結婚したいのは、陸斗だけだって。 陸斗、私、あんたの一番美しい花嫁になりたいの」 玲奈の目には、過去の愛と喜びを懐かしむような輝きが宿っていた。 彼女は俺の言葉を覚えていて、過去の恋を思い出している――少なくとも、そう見えた。 だが、彼女の心は自分が思うほど確固たるものではなかった。 彼女はその愛を他に分け、俺たちが共に歩んだ道を忘れたのだ。 俺はふと思った。 俺自身、写真を撮る仕事をしていながら、自分の写真はほとんど持っていない。 玲奈と二人の写真なんて、一枚もない。 彼女は俺の視線を独占することを楽しんでいたが、俺を見つめ返すことはなかった。 俺の愛は、最初から悲劇的な結末を迎える運命だったのだろう。 「話すことはもう何もない。俺は君と写真なん
「検査結果を見れば、きっとあんた、私にこんなことをしたのを後悔するはずよ」 玲奈は検査結果を待つ間も、そう自信たっぷりに俺に言い放った。 だが俺は適当に椅子に腰掛け、スマホをいじりながら気にも留めなかった。 一時間後、検査結果が出た。 玲奈は結果を一瞥することすらせずに俺へと手渡し、勝ち誇った声を上げる。 「ほらね、これで私が冤罪だったの分かったでしょ。さっさと謝りなさいよ」 彼女の得意げな態度を横目に、俺は結果を確認すると冷たい視線を投げながら報告書を突き返した。 「自分の目でちゃんと確認しろよ」 「何を確認しろっていうの?」 玲奈は不機嫌そうに報告書を受け取り、だるそうに目を通した。 しかし、「妊娠」の二文字を見た途端、顔が真っ青になる。 「ありえない!こんなの絶対おかしい!」 「私が妊娠するなんて、そんなわけないわ!光翔とはただの遊びだったの!ちゃんと対策もしてたんだから!」 玲奈は慌てて俺の腕を掴み、今にも泣きそうな声で訴えてくる。 「陸斗、お願い、信じて。これは何かの間違いだよ」 その光景を見た他の患者たちは、驚きと呆れた表情を隠せない。 小声ながらも明らかに批判的な声が耳に入ってくる。 「あり得ない。彼氏がいるのに、他の男と遊んで、挙句に妊娠?それで病院にまで来るなんて、遊びも大概にしなきゃ」 「彼氏のこと、何だと思ってるんだろうな?ただの都合のいい相手?こんな女、本当にあり得ない」 玲奈はその言葉を聞いて、顔を真っ赤にしてうつむく。 それでも必死で言い訳を続けた。 「違うの!本当にわざとじゃないの!だって、陸斗がいつも忙しくて、私を構ってくれないから、寂しくて……それでつい間違っちゃっただけなの! でも、私の心の中にはずっとあなただけなのよ!信じて!」 俺はそんな彼女の言葉に、思わず笑ってしまった。 「その愛の告白は、君の子どもの父親に言えばいいだろう」 俺がそう言うと同時に、入り口の方を指さした。 「ほら、来たぞ」 実は、俺はすでに光翔に病院の情報を送っておいたのだ。 振り返ると、光翔が勢いよく歩いてきて、玲奈の前で立ち止まった。 彼は満面の笑みを浮かべながら、玲奈に声をかけた。 「玲奈、君、本当に妊娠したの?すごいじゃないか!やっ
撮影は一週間後に予約されていた。俺はその準備を完璧にするため、すでに仕事場に泊まり込みで作業を進めていた。 そんなある夜、玲奈から電話がかかってきた。 ちょうど写真の編集をしていて、発信者を確認せずにそのまま応答してしまった。 「ねえ、今どこにいるの?家に入れないんだけど。鍵を変えたの?早く開けてよ。あんた、私を怒らせたらどうなるか分かってる?」 その聞き慣れた高圧的な口調に、瞬時に眉をひそめた。 玲奈だと気づいた瞬間、やる気がごっそり削がれる。 「どこに行こうが好きにしろ。俺たちはもう別れたんだ」 俺の冷たい対応に、玲奈は一瞬驚いたようだったが、すぐに不満をぶつけてきた。 「陸斗、あんたそれはひどすぎる。ずっと連絡してこないどころか、こんな態度を取るなんて。 こっちは折れてあげてるんだから、少しは素直になりなさいよ!あんた、いったいどうしたいわけ?」 彼女の声には、少しばかりの悲しげな響きさえ混ざっていた。 おそらく、あの日の俺の別れの言葉なんて、彼女はまともに受け止めていなかったのだろう。 冷却期間をおけば、自然と元に戻るとでも思っていたのか。 俺はさらに不機嫌そうに言い返した。 「お前、俺の言葉が理解できないのか?俺たちはもう終わったんだ。俺の態度に文句を言う権利なんかない。 もう二度と電話してくるな」 そう言って電話を切り、そのまま彼女の番号を着信拒否にした。 だが、翌日。外で食事を済ませて仕事場に戻ると、そこには玲奈が待っていた。 まるで何事もなかったかのように、彼女は軽やかに近づいてきて俺の手を掴む。 「ねえ、今夜一緒にご飯行きましょうよ。この前の誕生日を埋め合わせしてあげる」 俺は彼女の手を乱暴に振り払うと、汚いものを見るように何歩も後退した。 警戒心を露わにして問い詰める。 「ここで何してるんだ。さっさと帰れ」 玲奈は怒るどころか、まるで俺が駆け引きをしているとでも思っているのか、ため息交じりに微笑んでみせる。 その目には、どこか甘やかすような色さえ浮かんでいて、ただただ寒気がした。 彼女は自信満々の笑みを浮かべると、俺のオフィスの後ろに掛けてあった布を引き剥がした。 そこには、ぎっしりと貼られた玲奈の写真が――俺がこれまでに撮り、印刷したものだ。