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第5話

Author: 月影
十時間後、飛行機が着陸した。

迎えに来てくれたのは親友の藤井凛香(ふじい りんか)だ。

私の姿を見るなり、彼女はわっと泣き出した。

「見てよ、こんなに痩せちゃって、瑠奈……

だから言ったじゃない、拓真みたいな女遊びの御曹司なんて、絶対そのうち心変わりするって」

私はそっと彼女の背を撫で、この話題を避けようとした。

「もうやめよ、せっかく海外まで来たんだし、楽しみたいの」

凛香は力強くうなずいた。

「そうだね!足が治ったらバーに連れてってあげる。人生エンジョイして、あのクズなんて忘れちゃおう!」

私たちは笑いあいながら帰路についた。

消耗するだけの恋愛から解放されたら、吸い込む空気すら新鮮に感じる。

凛香の屋敷に着くと、彼女は待ちきれないとばかりに焼き立ての洋菓子を出してくれた。

ところが、急に鋭い着信音が、ほのぼのとした空気を切り裂いた。

凛香はスマホを取り出し、怪訝な表情を浮かべる。

「名前は出ないけど……国内の番号だ」

私のまぶたがぴくりと震え、本能的に顔を上げる。

携帯の画面に表示された番号は……本当に拓真だった!

止める暇もなく、凛香が先に通話ボタンを押していた。

胸が締めつけられ、私は車椅子のハンドルをぎゅっと掴む。

彼は本当にすごい……こんなに早く私の居場所を突き止めるなんて。

美琴が私を挑発したことも、当然知っているのだろう。

冷たく低い声が私の思考をかき消した。

「瑠奈に電話を代われ」

「このクズ男が、よくも電話をかけてこられたわね!」

凛香は気が強く、本気で私を思ってくれている。

相手が都の御曹司である拓真だろうと、容赦なく怒鳴りつけた。

「凛香、藤井家を大事に思うなら、俺に同じことを二度言わせるな」

抑揚のない声。

でも、五年も一緒にいた私には分かる――彼は怒っている。

凛香は何も悪くない。

これ以上、彼女や藤井家まで巻き込むわけにはいかなかった。

私はスマホを受け取り、できる限りよそよそしく言う。

「島田坊ちゃん」

「ずいぶん羽が伸びたな。金の籠でも閉じ込められないなんて」

皮肉めいた声色。

「駄々こねるな。俺から離れて、君を養えるやつなんているのか?怒らせる前にさっさと帰ってこい!」

本当は、私は自分で暮ら
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