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第8話

Author: 月影
家に入るなり、凛香がソファでスマホをいじりながら興奮した顔をしていた。

私に気づくと、彼女は慌てて隣に座るよう手招きした。

「パパラッチが拓真とあの婚約者の喧嘩動画をアップしたの!あいつら、ついに炎上したよ、ウケる……

前はネット中にあいつらのカプ厨が溢れてたけど、あの痛いコメント見てるだけで吐き気したんだよね!」

私は凛香からスマホを受け取った。

トレンド一位に躍り出たその動画を再生する。

動画は私が去った後の場面から始まっていた。拓真が意図的に私のプライバシーを守ったのだろう。

動画の中の拓真は、まとわりつく美琴を引き剥がし、彼女に強烈な平手打ちを食らわせた。

そして、怒鳴りつける。

「帰国する前に警告したはずだ。君の面子は立ててやるが、瑠奈にだけはやりすぎるな、と。

この婚約は破棄だ。明日、俺自ら荒川家に話をつけに行く!」

女性に手を上げるなんて、彼がこれまで培ってきた品位も教養もかなぐり捨てていた。

彼がここまで取り乱すのを、私は見たことがなかった。

よほど頭に血が上ったのだろう。

美琴は崩れ落ちて首を振り、泣きながら跪いて拓真のズボンの裾にすがりついた。

「瑠奈に飽きたって言ったのはあなたじゃない!私が彼女をいじめれば、一時的に彼女はあなたから離れるって

彼女が完全に愛想を尽かすなんて思わなかったのよ。私のせいじゃないわ、拓真!」

しかし拓真は嫌悪に満ちた顔で彼女を蹴り飛ばし、振り返りもせずに去って行った。

動画が終わると、凛香は怒りのあまり水の入ったコップを床に叩きつけた。

「あなたをいじめてたのって、拓真の差し金だったんだ。ただの浮気者だと思ってたけど、まさかここまでクズだったなんて!」

でも、私は平然と微笑んで、家政婦に破片の片付けをお願いした。

彼が浮気者だろうがクズだろうが、もう私には関係ない。

凛香をなだめて寝かしつけた後、私も自分の部屋に戻った。

そして、悠貴に20万円を振り込んだ。

メッセージにはこう添えた。【今夜はごめんなさい。これは治療費です】

私のせいで、拓真とは無関係のあの後輩を巻き込んでしまった。

申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

悠貴からはすぐに返信が来た。

「拓真さんのパンチ、すごく重かったです。まだ顔が痛みます。先輩、明日会社で薬を塗ってくれませんか?」

泣き顔の猫のス
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