Mag-log in会場の入り口付近では、人の往来が絶え間なく続いていた。琴美はまだ時正の胸に顔を埋めながら、麗蘭に虐められたと訴えていた。時正はうつむき、冷ややかな目で彼女を見下ろしていた。彼はわずかに首を傾け、背後に向かって手招きをした。すぐに、二人のボディガードがやって来た。「波多野さんを、車に案内しろ」時正は続けた。「私が指示するまで、降ろさないでくれ」琴美は驚いて顔を上げた。「時正、あなた……何をするつもりなの?私は彼女に虐められたのよ!」時正は淡々と言った。「大人しくしておいた方が、身のためだ」ボディガードは、左右から琴美の腕を支えた。彼女は抵抗してもがいたが、結局担ぎ上げられ、車の方へ連れて行かれた。麗蘭の傍を通りかかった時、琴美は恨みに満ちた目で麗蘭を睨みつけた。茶番劇を演じていた彼女は、ついに連れ出されていった。入口には麗蘭と時正の二人だけが残された。夕風が吹き、空気は気まずくなるほど静まり返った。時正はようやく、麗蘭にしっかりと視線を向けた。麗蘭は、誹謗中傷された被害者であるにもかかわらず、まったく動揺することなく、背筋をピンと伸ばして、落ち着きを保って立っていた。しかし、彼女の美しい目は冷たく、まるで関心のないものを見るような目で時正を見た。彼はゆっくりと彼女に近づいたが、やはり怖くなって、途中で足を止めた。「麗蘭さん」彼は口を開いた。「一体……何があったんですか?」麗蘭は彼を一瞥したが、彼に説明するのも面倒に感じた。彼女は淡々と言った。「別に話すほどのことじゃないわ」「彼女の言ったことを信じればいいじゃない」「事実がどうであれ、あなたにとって私は、いつだってわがままで、トラブルを起こす方の人間なんでしょうから」時正は彼女の言葉を聞いて慌てて言った。「私は今まで、琴美を信じたことはありません」「審査会での一部始終は、部下が見ています。琴美があなたを挑発し、問題を起こしたこともわかっています」「だから?」麗蘭は淡々と問い返した。「彼女の電話を受けて、あなたはすぐに駆け付けたじゃない?急いでここに駆け付けたわよね。私は、琴美のために来たんじゃない」時正はかすれた声で言った。「あなたのことが心配だったから来たんです。彼女があなたに何かするんじゃないかと思うと心配で」
「怖いの……審査会で、ある人に虐められて……嫌な思いをさせられたの。お願い、早く来て……」琴美はわざとらしく声を潜め、涙声で暗示した――彼女を虐めたのが、麗蘭だと。電話の向こうで、数秒の沈黙が続いた。しばらくして、冷ややかな時正の声が聞こえきた。「誰に虐められた?」琴美は唇を噛みしめ、涙声で言った。「それは……麗蘭さんよ……彼女、私を無視した上に、私のプロジェクトを奪って、皆の前で私を冷たくあしらったの……本当にもう耐えられない……」琴美は、麗蘭に汚名を着せようとした。自分はあくまで、被害者であるかのように装った。その時、麗蘭が会場を立ち去ろうと、階段の傍を通りかかった。琴美の声を聞いて、麗蘭は足を止めて振り返ると、彼女に視線を向けた。麗蘭の目は、琴美の仮面を貫くナイフのように鋭かった。琴美は青ざめた顔で携帯を握りしめた。麗蘭は近づかず、騒ぎ立てもしなかった。ただ琴美を見つめながら、口元に冷ややかな笑みを浮かべた。麗蘭の目は、こう言っているようだった。そうやって、演じ続けるといい。麗蘭は、琴美がいつまで演じ続けるのか見ているのだ。子猫のことも、審査会でのことも、彼女はすべて覚えている。麗蘭は琴美を決して許しはしない。琴美は麗蘭の視線を見て身の毛がよだち、電話に向かって慌てて「早く来て」と言うと、すぐに電話を切った。麗蘭は視線を逸らして背筋を伸ばし、落ち着いた様子で会場を後にした。審査会でも、知識でも、自信においても、彼女は琴美に勝利したのだ。琴美は、拙い演技と、卑屈な助けを求めることしかできなかった。勝敗はとっくに決まっていた。会場を出ると、外には冷たい風が吹いていた。麗蘭は落ち着いた表情で腕を組み、路肩で車を待っていた。ちょうど携帯を取り出した時、黒いセダンが彼女の目の前で停まった。ドアが開くと、暗い表情をした時正が足早に降りてきた。麗蘭はちらりと目を上げ、心の中で冷笑した。琴美の電話を受けて、彼はここにやって来たのだ。やはり彼は、琴美の味方なのだ。或いは、もともと琴美を迎えに来るつもりだったのかもしれない。次の瞬間、後ろから来た琴美は、時正を見るなり目を赤くした。彼女は周囲の目を気にせず、時正の胸に飛び込み、悔しそうに肩
その時、司会者がステージに上がり、後半の開始を告げ、正式な入札に入った。琴美は麗蘭を強く睨みつけ、歯を食いしばって振り返り、自分の席に戻った。彼女は決心していた――この入札は、何が何でも自分が勝ち取ると。事業も面子もすべて奪い、麗蘭を業界から追放してみせる。入札が正式に開始された。いくつかの機関が登壇し、提案内容、データ、事例、チーム、実施計画について説明した。琴美の番になると、彼女はステージに上がると、上品な笑顔を浮かべ、流暢な言葉で、自身が用意した完璧な提案を述べ、会場内にいた者たちを深く頷かせた。ステージを降りる時、彼女はわざと得意げな表情で麗蘭を一瞥した。麗蘭は相変わらず無表情だった。彼女は最後の発表者だった。麗蘭には華やかなPPTもなければ、誇張した宣伝も用意していなかった。彼女は登壇し、スポットライトを浴びた。その姿は清らかで潔く、目は力に満ちていた。麗蘭は口を開き、穏やかな声で話し始めた。「審査員の皆様、川上麗蘭と申します。私は個人でメンタルクリニックを経営しています。本日私が皆様にお伝えしたいのは――実現の可能性です」麗蘭は前置きを省き、青少年の心理スクリーニングプロセス、地域を拠点とした危機介入の迅速対応、長期的なフォローアップシステムといった本題について話した。さらに、実際の臨床事例データを活用し、低コストで広範囲な適用や再現性が可能であることも説明した。すべての発言が、最も核心的なニーズを的確に捉えていた。無駄や空虚なものはなく、すべてが実戦経験、臨床の積み重ね、彼女が長年深く掘り下げてきた専門的な判断の賜物だった。彼女はその場で、匿名化処理を施した過去の事例データをいくつか取り出して挙げた。審査員たちは、次第に背筋を伸ばし、真剣にメモを取り始め、頻繁に頷いた。業界の人間なら、聞けばすぐにわかる――彼女が、真に実務を経験し、臨床を理解し、経験を積んだ人間であると。見せかけのものでも、机上の空論でもない。麗蘭は話し終えると、軽く会釈し、落ち着いてステージを降りた。その間、一度も琴美の方を見ることはなかった。結果は言うまでもなかった。審査員は現場で採点し、司会者がその場で結果を発表した。「プロジェクトの最終提携先を発表します――優勝は川上麗蘭氏。第二
わざわざ思い出す必要はなく、専門的な判断は、呼吸をするように自然に湧いてきた。会議が中盤に差し掛かり、休憩時間に入った時、会場の入り口に見慣れた人影が現れた。琴美。彼女は、薄いピンクのワンピースを身にまとい、優しい微笑みを浮かべながら、中年男性の腕をとって会場に入ると、たちまち多くの視線を集めた。彼女も審査会に参加するために来たようで、数人のスタッフを従え、すでに勝ちを確信したような表情を浮かべていた。麗蘭の指が、わずかに震えた。瞬時に、冷たくなった子猫を思い出した。「私がこの家の女主人なの」という琴美の言葉が頭をよぎった。彼女が別荘を立ち去る前に見せた表情を思い出した。込み上げる憎しみを、麗蘭は必死に押し殺した。ここはビジネスの場だ。彼女は医師であり、他人の恋愛のもつれに翻弄される人間ではない。絶対に、ここで取り乱したりはしない。琴美は会場を見渡すと、麗蘭を見つけ、彼女をじっと見つめた。二人の視線が合った。琴美は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにわざとらしく微笑んだ。彼女は中年男性の手を離し、ドレスの裾を提げながら、麗蘭に歩み寄った。周囲の者たち異変に気づき、麗蘭に視線を向けた。琴美は微笑んで麗蘭の前に立ち、わざと周りに聞こえるように言った。「麗蘭さん、偶然ね。あなたも審査会に参加しているの?」「具合が悪くて、家にいるのかと思ってた。記憶喪失なのに、こんな専門的な場に出られるなんて、本当に感心するわ」彼女の言葉は、麗蘭の心に鋭く突き刺さった。表向きは彼女を気遣うふりをしながら、暗に「記憶喪失」「素人」「非専門的」であることをほのめかしている。たちまち、周囲が騒めいた。麗蘭は顔を上げ、冷ややかな目で琴美を見た。彼女は動じず、その目には驚きも、怒りも、わずかな感情の揺らぎさえもなかった。まるで、何も見ていないようだった。冷たく、軽蔑したように彼女を見つめた。まさに、究極の無視だった。琴美の顔から、笑みが消えた。彼女は麗蘭が自分を無視し、ここまで面子を潰されるとは思っていなかった。周囲の騒めきは、次第に大きくなった。「あれは誰だ?波多野家の令嬢が挨拶に来ているのに、相手にしないなんて」「見覚えのある顔だ……あの事故で記憶を失った医師の川上さんじゃない
彼女は自分と別れ、以前よりずっと幸せそうに暮らしている。瞬時に麗蘭の表情は険しくなり、周りの空気さえも冷え切ったように感じられた。彼女は何も言わず、冷ややかな目で時正を一瞥した。時正は喉を動かし、彼女に近づいて言った。「麗蘭さん」麗蘭は返事をしなかった。「あなたが怒っているのは分かっています」時正は懇願するように言った。「でも、帰って来てくれませんか?」「帰る?」麗蘭は皮肉を込めて言った。「あなたのあの別荘に?琴美さんがいつ戻って来るかもわからない、彼女が私の大切なものをいつでも傷つけられるような場所に?あなたがいつも言ってる、『君のため』という檻の中に帰れって?」麗蘭は後ろのドアを指さして言った。「時正さん、私の家はここにあるの」「私には家も、クリニックも、仕事も、私自身の人生もある。どうしてあなたと一緒に帰らなきゃいけないの?」「あなたの人生の邪魔をしたいわけじゃない」時正は焦ったように言った。「ただ面倒を見たいのです。あなたは今記憶を失っていて、身体もまだ完全には回復していないから――」「記憶を失ったからって、身体が不自由なわけじゃない」麗蘭は冷たく彼の言葉を遮った。「自分のことは自分で何とかできるわ。あなたに縛られる必要はない」麗蘭は時正の横を通り過ぎた。「もう一度言う。私はあの家には戻らない。私たちの間には、もう何の関係もないのよ」時正は振り返り、手を伸ばして麗蘭を引き止めようとしたが、瞬時に手を止めた。彼は彼女を傷つけ、嫌われるのが怖かった。ただその場に立ち尽くし、彼女の後ろ姿をじっと見つめた。エレベーターのドアがゆっくりと閉まり、彼の視界をすべて遮った。時正はゆっくりと目を閉じた。今、麗蘭は決意し、本気で彼を自分の世界から切り離そうとしているのだ。麗蘭は先ほどの出来事には動じず、気分を切り換えた。彼女はタクシーでプロジェクト審査会の会場へ向かった。会場は、市の中心部にある、医療支援センターの会議室で行われる。会場内は業界関係者で埋め尽くされ、皆フォーマルな服装で専門的な話しをしていた。受付、入場、着席、全ての流れを麗蘭は自然かつスムーズにこなした。記憶は完全ではないが、長年業界で培われた本能が、身体に刻み込まれていた。麗蘭は隅の席に静かに座り、プ
この瞬間、麗蘭はもう二度と引き返さないと心に誓った。どんな豪邸も、手厚い世話や保護も、ここにある家や自身の持つ技術、自信には及ばない。麗蘭は携帯を取り出し、アパートの大家に電話をかけた。「こんにちは。この二、三日でアパートを出ようと思います」大家は少し驚いたが、快く承知した。電話を切ると、麗蘭は深く息を吸い、上の階の部屋へ続くドアを開けた。一歩一歩、自分の家へと歩いていった。廊下は清潔で、照明は柔らかく、静かで、細部の一つ一つが彼女の好みに合っていた。麗蘭はドアの前に立ち、鍵を錠に差し込み、そっと回した。「カチッ」施錠音がして、ドアが開いた。部屋の中は静かで、整然としており、まるで別世界のようだった。時正の別荘のような豪華な家具はなかったが、温かい生活感が漂っていた。リビングには薄いグレーのカーペットが敷かれ、窓からは緑豊かな景色が見える。バルコニーには彼女の好きな観葉植物が置かれ、書斎は診療室と繋がっており、本棚には心理学や医学、伝記や文学作品が並んでいた。すべてのものが、彼女の好みに合っていた。部屋に漂う空気が、彼女を安心させた。玄関に立つと、麗蘭の目頭が熱くなった。彼女にも、帰る家があった。ただ、彼女は一時的に自分の家から連れ去られていただけだった。麗蘭はゆっくりと部屋に入り、指先で壁やソファ、机、窓枠をなぞった。懐かしい感触に、長い間眠っていた記憶がそっと目覚めるようだった。麗蘭は不思議と、グラスやティッシュがどこにあるのかがわかった。これが、本当の自分。ここが、麗蘭がいるべき場所。アパートに未練はなく、彼女は引っ越し業者に連絡し、午後にはわずかな荷物をすべて運び出した。荷物は少なく、片づけはすぐに終わった。夕暮れ時、麗蘭はベッドに横たわると、初めて夢を見ず、安らかな眠りについた。警戒も、不安も、不満もなかった。ここは彼女だけの場所であり、彼女の砦であり、彼女の拠り所だった。翌朝、麗蘭は日差しに照らされて目を覚ました。彼女は起き上がって身支度を整え、シンプルなスカートスーツに身を包んだ――今日は市が開催する医療心理プロジェクト審査会があり、彼女はそれに参加する。クリニックにあったスケジュール帳を見ると、この審査会には事件の前から応募して
礼央の言葉が真衣の耳に一語一句入っていき、どの言葉も皮肉に満ちていた。礼央は、萌寧の一つの出席枠のためだけに、なんと10億円も出せるのだ。これまで、真衣は自分の母親の会社を支援するよう礼央に遠回しに頼んできたが、礼央は聞く耳を持たず、決して真衣を助けようとしなかった。萌寧に対しては、本当に惜しみなくお金を使うのだ。しかし、真衣に対しては、プレゼント一つ買ったこともなく、投資なんてなおさら論外だ。礼央は、真衣は必ず頭を縦にふると確信していたので、あくまでも礼央は条件を提示したのであって、真衣に相談しているわけではなかった。一方で、真衣の現在の状況からすると、この投資を喉から手
真衣は声のする方を見た。萌寧がどことなく現れ、この花瓶に目を留めた。礼央は萌寧をちらりと見て、笑いながら尋ねた。「いつからこんなものが好きになったんだ?」「刺激的なものばかりじゃ飽きるから、たまには心を癒すものも必要だわ」高史が歩み寄り、その陶芸花瓶を見て少し驚いた表情を見せた。確かに美しい。無地ではあるが、細部まで完璧に仕上げられている。「いいセンスをしている」高史は褒め言葉を口にした。「これを飾れば、部屋の雰囲気も一気に良くなるね」真衣は冷たい声で言った。「申し訳ないが、この花瓶は私が先に欲しいと言ったわ」これは多恵子の遺品で、真衣はどうしても手元に置いてお
彼らが部屋から出てきた時、外にいた人々は少し驚いていた。真衣たちが解決したのは、まるで簡単な小さな問題のように見えたが、実際にはそれらの問題は長い間外にいた人々を悩ませていたものだった。この実力の差には少し恥ずかしくなる。案内役の犬塚(いぬづか)マネージャーは真衣たちを再三と褒め称えた。「さすがは常陸社長、業界のトップ人材ですね」さすが第五一一研究所のメンバー、当たり前のように実力を持っている。安浩は淡々と笑った。「寺原社長のおかげです」「寺原社長?」犬塚マネージャーは訝しげな視線を真衣に向けた。自分は最初、これは常陸社長が連れてきた秘書かアシスタントだと思っていた
安浩は真衣の穏やかな顔を見て、もしかするともう怒りで頭がおかしくなっているのではないかと思った。「本当に怒っていないの?」安浩は真衣を見つめた。他の人ならとっくに発狂しているところだが、真衣はなんでこんなにも冷静なのか。真衣は首を振った。「怒る必要なんてないわ。贔屓される者は、常に図々しく大胆でいられるからね」争う必要などもはやない。前世では礼央に愛されるために血みどろになったが、今はもう礼央に執着せず、自分自身に集中したいだけだ。萌寧の学歴は確かに優秀で、実力もある。しかし、この国の人口は非常に多く、たとえ一万分の一の天才であっても、国は14万人も選び出せる。萌寧が加