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第44話

Author: 清水雪代
廊下で智美を見かけた千尋の瞳が、ふっと光った。

「偶然だね。まさかあなたもここで食事してるなんて」

智美は無言で通り過ぎようとしたが、千尋がわざと彼女の腕を引き留めた。

「そんな冷たくしないでよ。せっかくだから、一緒にどう?」

そう言うなり、強引に智美を自分の個室へと引き入れた。

部屋の中には、祐介や千尋の友人たちが集まっていた。

智美の姿を見ると、彼らは意味ありげな笑みを浮かべた。

祐介も立ち上がり、沈んでいた気分が少し晴れたように声をかけた。「せっかく来たんだ。座って一緒に楽しもう」

智美はそのまま、千尋に促されるようにある男の隣に座らされた。

彼女はすぐに気づいた――この男は安藤家の長男・安藤海翔(あんどう かいと)だ。

麻祐子のSNSで何度か見た顔だ。

目つきといい態度といい、遊び人なのは一目瞭然だった。

智美は席を立とうとしたが、海翔がそれを阻んだ。

「今、真実か挑戦かをやってるんだ。一緒にやろうよ」

智美の拒否など、誰も気にしなかった。

回されたボトルの口が、ぴたりと彼女を指した。

海翔はニヤリと笑いながら尋ねた。「さあ、真実?それとも挑戦?」

智美は不本意ながらも答えた。「……真実」

「この中に、心がドキッとする相手はいる?」

質問が飛ぶと、祐介が息を飲んで智美を見つめた。

だが彼女は、もう彼に何の感情もなかった。迷いもせずに答えた。「いない」

その場の空気が一瞬止まり、すぐに「おお!」という冷やかしの声が上がった。

祐介は胸を締めつけられるような感覚に襲われ、手元のグラスを持ち上げ、一気に飲み干した。

ゲームは続いた。

運が悪いのか、再びボトルの口が智美を指した。

海翔はご機嫌で笑った。「じゃあさ、君のファーストキスは誰?」

場が一気に盛り上がった。

千尋は祐介の方をちらりと見た。

彼の視線は、智美を一瞬も離さなかった。

彼はこれまで、智美の過去の恋愛に関心を持ったことなどなかった。

だが今、この場で彼女の口から自分の名前が出てくるのを、密かに期待していた。

智美は少しだけ記憶を辿った。

祐介は、彼女にとって初めての男だった。

結婚したばかりの頃、数回体の関係はあったが……彼は一度も、彼女にキスしたことがなかった。

智美は無表情で言い放った。「挑戦にするわ」

それはつまり、この質問
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