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煙が晴れたとき、愛も消えた
煙が晴れたとき、愛も消えた
Penulis: ローズソルト

第1章

Penulis: ローズソルト
残業で企画書の修正に追われていると、同じ会社で働く親友の林香澄(はやし かすみ)と、恋人の久世研吾(くぜ けんご)が楽しげに話しながら、前後して私のデスク脇を通り過ぎようとした。

私は手を止め、顔を上げて二人を呼び止める。

「研吾、香澄。二人でどこへ行くの?」

香澄は、ほんのわずかに眉をひそめた。

「一日中働いたんだし、二人で煙草を吸って息抜きしてくるの。あんたは煙の匂いが苦手なんだから、自分の仕事を片づけてて」

研吾も同調するように頷いた。

「非常階段で一服してくるだけだよ。煙草を吸わないいい子ちゃんに、悪い癖をつけさせたくないしな。

そうだ。手が空いたら、ついでに香澄の分もやっておいて。こいつ、呆れるくらい要領が悪いから」

私が何か言うより先に、二人はいつものように肩を並べてオフィスを出ると、非常階段へ消えていった。

胸の奥が、かすかに震える。

私が香澄をこの会社に紹介してから、今年で三年目になる。

そして、彼女が私の恋人と二人きりで煙草を吸いに行くのは、これで799回目だった。

爪が掌に食い込んだ。

社員が数百人もいる会社だ。男女合わせて、煙草を吸う人間も数十人はいる。

それなのに、「煙草を吸って息抜きする」と言って出ていくのは、いつもあの二人だけだった。

初めのうちは、普通の休憩時間なのだと思い、特に気にしていなかった。

けれど、同僚たちが私たちを見る目は、次第に奇妙なものへと変わっていった。

そしてついに、面と向かって口にする人が現れた。

「晴香、香澄がいつも研吾と二人きりで煙草を吸いに行ってるの、気づいてないの?一度出ていったら30分は戻ってこないじゃない。いったいどこの銘柄なら、そんなに長く吸えるの?

それに、香澄はあなたの親友なんでしょう?少しくらい誤解されないように気をつけてもいいんじゃない?」

同僚は二人きりと言うことを、ことさら強調していた。

私は話題をそらし、それ以上の詮索をやんわりと拒んだ。

まさか、その喫煙が三年も続くとは思っていなかった。

最初は気にならなかったとしても、これほど長く続けば、小さな棘のように胸に刺さる。

じっとしていれば痛くない。

けれど少しでも触れれば、奥深くまで食い込んでくる。

画面いっぱいに並ぶ数字が、突然ぼやけて見えた。

私は勢いよく席を立つと、そのままオフィスの外へ向かった。

そして一目見た瞬間、足が動かなくなった。

狭い非常階段には、すらりとした二つの影があった。

一人は立ち、もう一人は壁際にしゃがみ込んでいる。

二人の周囲には白い煙が漂い、その顔までもが煙の中に溶け合って、まるで一枚の絵のような美しささえ感じられた。

香澄は片手に煙草を挟み、長く巻いた髪を無造作に片側へ流していた。白く細い腕を気だるそうに垂らす姿には、同性の私ですら目を奪われるほどの艶がある。

そんな姿を、この三年間、研吾はほとんど毎日のように眺めてきたのだ。

私に気づいた香澄は、慌てて煙草を壁に押しつけて火を消した。

そのままハイヒールのつま先で、壁際にしゃがんでいた研吾を軽く蹴る。

研吾は手を伸ばし、彼女の足をつかんだ。

「なんだよ。靴が汚れたら、お前が洗ってくれるのか?」

香澄は呆れたように目を転がし、視線で私のほうを示した。

「晴香が来たの。少しは気をつけて」

研吾は反射的に手を離し、こちらを振り返った。

「どうして来たんだ?」

口を開こうとした瞬間、大量の煙を吸い込んでしまった。

鼻を突く匂いにむせ、激しく咳き込む。

香澄はすぐに立ち上がり、私の背中をさすろうとした。

私は肩を跳ね上げてその手を振り払い、壁に手をついたまま咳き込み続ける。

咳をするうちに、涙までこぼれてきた。

二人の様子を見に非常階段へ来たのは、これが初めてだった。

それなのに、いきなりこんな光景を目にしてしまった。

なら、私が来なかったときは?

私の知らないところで、二人はほかに何をしていたのだろう。

研吾は以前と同じように、煙草の匂いをまとったまま近づけば私が嫌がると思ったのか、離れた場所に立っていた。

壁際から動かず、眉を寄せて私を見る。

「ここは俺たちが煙草を吸って息抜きする場所だって言っただろ。わざわざ来て、そんなみっともない状態になって、いったい何がしたいんだ?

晴香、戻れよ。

匂いが消えたら、俺が家まで送るから」

懸命に目を開けようとしたが、涙で視界がにじんでいる。

「二人は何をしてたの?ずっと知りたかった。いったいどんな煙草なら、30分も吸い続けられるの?

あなたは煙草を吸うためにここへ来てるの?それとも、香澄に会うため?」

香澄の顔から、さっと血の気が引いた。

信じられないというように、私を見下ろす。

「今、なんて言ったの?

晴香、私たち、もう十年の付き合いでしょう?それなのに私を疑うの?」

説明しようとした。

けれど、先ほどの二人の親密な仕草を思い出した途端、言葉が喉の奥で止まった。

香澄は失望した目で私を見ると、半分ほど残っていた煙草を投げ捨てた。

そしてハイヒールを鳴らしながら、オフィスへ戻っていく。

研吾は反射的に彼女を呼び止めた。

「香澄!」

煙草の匂いを気にすることもなく、研吾は私との距離を一気に詰め、手首をつかんだ。

「真壁晴香(まかべはるか)、残業のしすぎで頭がおかしくなったのか?こんなところで何をわけの分からないことを言ってるんだ?

俺が本当に香澄と何かしたいと思ってるなら、お前に気づかせると思うか?

あいつはただでさえ落ち込んでるんだぞ。それなのに、さらに傷つけるようなことを言いやがって。

お前たちは十年来の親友だろ。一生のうちに、十年も付き合える友達が何人できると思ってるんだ?」

研吾は私の手を振り払うと、大股でオフィスへ戻っていった。

私は鉄製のドア枠につかまって、ようやく立っていられた。

狭い非常階段に、まだ消えきらない煙が漂っている。

それを見つめながら、自嘲するように口元を歪めた。

住む世界が違うのなら、無理に一緒にいる必要などない。

そんな煙にまみれた茶番に、私はもう付き合わない。

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