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第492話

Auteur: 花朔
「どうしたの?」

紗夜は手を離し、彼の首元に視線を落とした。

すると案の定、倒れてきたシャンパンタワーのガラス片で切れた、後ろ首の傷が目に入った。

「大丈夫」

文翔は軽く押さえながら言う。

「ちょっとした切り傷だ。大したことはない」

「そう」

紗夜は頷き、「じゃあ、自分で処理して。私はもう行くね」

そう言ったそばから、彼はまた彼女の手を掴み、縋るような目で見つめてくる。

「......実は、結構痛いんだ。本当に」

紗夜は何も言えなかった。

その視線に、あの雨の夜が重なる。

彼が彼女の腰を抱き、掠れた低い声で「行かないでくれ」と言ったこと。

そして、「もう君しかいない」と。

紗夜の瞳が一瞬揺れ、彼から視線を逸らす。

文翔の目の色が沈んだ。

今日の自分は、確かに感情の振れ幅が大きすぎた。

出雲が紗夜をダンスに誘い、彼女がそれを受け入れた瞬間――

もう、冷静ではいられなかった。

仮面をつけたまま、彼女のもとへ向かい、別の男に手を差し出そうとしたその瞬間、強引に引き寄せた。

だが、あのワルツは夢のようだった。

音楽が止み、夢が覚めれば、彼女との距離はまた元に戻る。

長いまつ毛が伏せられ、曖昧で暗い感情を隠す。

周囲の空気まで重くなるようだった。

「......救急箱、探してくるよ」

紗夜がそう言った。

自分を庇って負った傷だ、知らん顔もできない。

文翔は一瞬呆けたようにし、沈んでいた目に再び光が戻る。

「ありがとう」

彼は彼女の後ろについて行き、口元にかすかな笑みを浮かべた。

しかし紗夜が本当に救急箱を見つけ、文翔がソファに座って手当てを待っている、その時。

更衣室の扉が外から開いた。

「文翔、何してるんだよ。ずっと探してたんだけど――」

入ってきた明は、室内の二人を見た瞬間、表情が変わった。

男女二人きり。

しかも、離婚した元夫婦。

なんとも言えない、微妙すぎる空気だ。

紗夜が、彼の好奇心丸出しの視線に気づかないはずがない。

救急箱をテーブルに置き、きっぱり言った。

「ちょうど専門の先生が来たみたいなので、私は失礼します」

文翔は何か言いかけたが、紗夜は一度も振り返らず、明の横を通り過ぎ、そのまま部屋を出た。

ドアを閉め、彼の視線を完全に遮る。

室内は、一気に静まり返った。

「.....
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