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第 25 話

Author: 燈ちゃん
伊織は少し戸惑ったように視線を落とす。「私は……特に何か言えるようなことは……」

言葉を濁しながら、ゆっくり続けた。「ただ……お二人を見ていて、夫婦にしては少し距離があるように感じたというか……」

その言葉を聞いた凛は、淡々と尋ねた。「木下さんにとって、夫婦とはどういうものですか?」

伊織は答えられなかった。

そんな彼女の反応を見て、凛はこれ以上話す意味はないと思った。「では、失礼します」

そう言って立ち去ろうとした、その時。

「待ってください」伊織が慌てたように呼び止めた。「……本当は……若葉さんに、謝りたくて来たんです」

凛は足を止める。

謝る?

「真也が加藤教授を海外へ派遣したことです」伊織は静かに続けた。「若葉さんにとって大事なお医者さんだったのに、父の手術のために海外まで呼んで……本当に申し訳ないと思っています」

凛は彼女を見つめた。その瞳には何の感情も浮かんでいない。けれど、身体の横に下ろした両手は、ゆっくりと握り締められていた。

「その件で、若葉さんと真也の間にわだかまりができたかもしれないって分かっています。でも、真也も心配のあまり冷静な判断ができなかったと思います。だから……代わりに謝りたくて」

「真也の代わりに?」凛は思わず笑いそうになった。「木下さんは、どんな立場なんですか?」

その言葉を聞いて、伊織はあくまで困ったような表情を浮かべている。

凛は小さく鼻で笑った。「それは私と真也の問題です。木下さんに心配していただく必要はありません」

「私、そういう意味では……」

真正面からぶつけてくれるなら、相手をしてもいいと凛は思った。

けれど、優しい顔をしながら、言葉の端々にこちらを刺激するような態度には、さすがに嫌悪感が湧いた。

凛は目を細める。視線の先には、少し離れた木の下で電話をしている真也の姿がある。そして、ふっと笑った。「木下さん」

「はい?」

「お父さんの手術、無事に終わったんですよね?」

伊織は一瞬きょとんとした。意図が分からないまま、ゆっくりとうなずく。

「……はい」

「それなら、早く回復されることを願っています」

それだけ告げると、凛は伊織の返事を待たずに歩き出した。

去っていく背中を見つめながら、伊織は胸の内で息を吐く。力いっぱい拳を振り下ろしたのに、柔らかな布団に受け止められたような感覚だった。

結局、最初から最後まで、凛から得られる情報は何一つなかった。

彼女は、周囲から聞いていたような人物ではない。

簡単には揺らがない。

優しくしても、強く出ても、通用しない。

――手強い人だった。

……

真也は電話を終えると、ちょうどこちらへ歩いてくる凛の姿に気づいた。声をかけようとしたが、凛は彼を見ることすらなく、そのまま横を通り過ぎていった。

視線すら向けなかった。

真也は眉をひそめる。そして、少し離れた場所に立つ伊織へ歩み寄った。「凛と何かあったのか?」

伊織は少し迷うように眉を寄せ、それから慎重に尋ねる。「真也……あなたたち、離婚するの?」

真也の表情がわずかに強張った。低い声で問い返す。「凛から聞いたのか?」

伊織は慌てて首を振った。「ううん。ただの私の勘で。若葉さんに真也の話をしたら、すごく嫌そうな顔をしていたから……」

真也はしばらく黙り込んだ。その瞳からは、何を考えているのか読み取れない。

「……そうか」それだけ言うと、彼は背を向けた。

遠ざかっていくその姿を見ながら、伊織は疑問を抱く。

真也は、本当に凛のことをなんとも思っていないのだろうか。

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