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第 24 話

Author: 燈ちゃん
けれど、すぐに自嘲気味の笑みが浮かぶ。

きっと、父はもっと早くいなくなっていた。

結婚してもしなくても、結果は変わらなかったのかもしれない。

結局のところ、名家というものは、普通の家庭とは違うのかもしれない。親子であっても、夫婦であっても、そこにあるのはただの情だけではない。

大きな「家」という存在の前では、どれほど深い絆で結ばれた者同士でも、その想いは時にあまりにも脆く揺らいでしまうのだった。

……

凛は池のほとりで、手持ち無沙汰に鯉へ餌をやっていた。しばらくして、背後から声が響く。

「若葉さん?」

水面に映った姿で、後ろに立つ人物の顔を確認する。

凛はゆっくりと立ち上がり、振り返ったものの、何も言わなかった。

伊織は柔らかく微笑む。「前から聞いていました。真也の奥さんはとても綺麗な方だって。実際にお会いすると……本当に驚くほど素敵ですね」

広間から池までは決して近くない。偶然ここで鉢合わせたとは、凛には思えなかった。だからこそ、単刀直入に尋ねる。「木下さんですね。私に何かお話でも?」

まさか、ただ綺麗だと褒めに来ただけではないだろう。

凛のあまりにも率直な言葉に、伊織は少し意表を突かれたようにまばたきをした。

「さっき英一さんから聞きました。若葉さんは着物のデザインをしているんですね。英一さんのために仕立てた着物も拝見しました。とても素敵でしたよ」

凛はわずかに頭を下げ、褒め言葉は素直に受け取った。「ありがとうございます」

伊織は耳元にかかった髪をそっと整え、口元に浮かぶえくぼを見せながら微笑む。「若葉さんがよければ、私のことは伊織と呼んでもいいですよ。真也も普段そう呼んでいるので」

伊織。

真也が彼女のことをそう呼んでいると、凛は知っていた。何度も聞いたことがあるからだ。

電話越しでも。目の前でも。そして、お風呂に入っている時でさえ聞こえてきたことがある。

その3文字は、まるで耳障りな羽音のように、どこにいても追いかけてきた。

「結構です」凛は静かに返した。表情は変わらない。「まだ、そこまで親しい間柄ではないと思いますから。これから先も、そうなることはないでしょうし」

真也の「恋人」と、これ以上関わるつもりはなかった。離婚するのに引き継ぎがあるわけではないし、わざわざ親しくする必要もない。

その言葉に、伊織の笑顔が一瞬だけ固まった。返す言葉を探すように、唇がわずかに動く。

凛はそんな彼女を興味深そうに見つめた。伊織は白いワンピースに身を包み、長い髪を背中へ流している。大きく澄んだ瞳は印象的だ。

自分は厚底の草履を履いているせいか、伊織は少し小柄に見える。

華奢な骨格に、細い身体。男性ならずとも、思わず守りたくなるような雰囲気をまとっている。

今も眉をわずかに寄せ、唇を軽く結びながら、先ほどの率直で鋭い言葉にどう返すべきか考えているようだった。

そんな姿を見ていると、凛は逆にやりにくくなる。

相手がもっと気の強い女性ならよかった。「なぜ真也を奪ったのか」と真正面から問い詰めたほうが、まだやりやすい。

こうして遠慮がちに言葉を選びながら、少しずつ距離を詰めてくるのが、かえって対処に困る。

しばらくの沈黙のあと、伊織がようやく口を開いた。「その……若葉さんと真也さんは……大丈夫なんですか?お二人の間で、何かあったんでしょうか」

探るような問いだった。

凛が離婚を決めたことを、伊織は知っているのか。それとも、ただ何かを感じ取っているだけなのか。どちらにしても、凛が自分から話すつもりはなかった。

「……木下さんは、どう思いますか?」答えの代わりに、凛は静かに問い返した。

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