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1.六畳一間の朝と、玉封じの鬼③

last update Veröffentlichungsdatum: 30.04.2026 05:45:46

「玉ちゃん、弁当拾って? お尻痛い……」

 眉根を寄せて弁当を指差してから、思い出したように腕時計に視線を落とす。

「……っと、そろそろ出かけなきゃ。早く行かなきゃ今日もまた遅刻しちゃう」

 出掛けに色々あったので、いつもよりも出発が遅くなったみたいだ。

 胸の辺りをポンポンと叩きながら上目遣いに玉郎を見遣る。

「俺さー、そんなか窮屈で嫌いなんだよ。なあ、どうしても入んねぇとダメ?」

 帝太郎にわれるまま、弁当を拾い上げながら、玉郎が心底嫌そうにそう吐き捨てる。

「もちろん!」

 そんな彼に容赦なく頷いてみせると、帝太郎は首に下げたお守り大の赤い巾着袋から、丸いものを取り出した。

 それは丁度ビー玉ぐらいの大きさをした一つの玉で――。

 色は一言では表現し難い。

 光の加減によって青にも赤にも……いや、その他のありとあらゆる様々な色に変化を重ねる、一時として同じ様相を呈さない不思議な球体。

 少々語弊がありそうだが、「虹色の玉」と称するのが最も妥当な線ではなかろうか。

「玉封じの鬼って普通主人あるじが呼び出さない限りはこの中に居るモンなんだよね〜? 玉ちゃん、さっきの口振りからするとマトモなお役目に戻りたそうだったしぃ〜」

 殊更「マトモ」というくだりを強調してニヤリと微笑わらう。

 先刻玉郎が告げた言葉を逆手にとって、してやったりと言わんばかりの表情だ。

「それにさ、玉ちゃんがそのまんまだとバス料金、二人分取られちゃうんだもん」

「……ほざけ」

 不満たらたらな玉郎ではあるが、今日はとあるイベントの事もあるし、大人しくしておいた方が無難かな?と考える。

「初めて来る子達はどんな感じかなぁ〜」

 溜め息をつく玉郎とは対照的に、まるで恋人の事にでも思いを馳せるかのように夢見心地な面貌めんぼうつぶやく帝太郎。

 二人の視線は自然と壁の写真へ向いていた。

「玉ちゃん、今日もカメラマンよろしくね♪」

 帝太郎、実はこの近くの建物をテナントとして借り受け、託児所を開設していたりする。

 仕事柄、カメラは必須アイテムだ。

 経営者たる帝太郎にとっては、言わば毎日が子供パラダイス。

 趣味と実益を兼ねた職業とはよく言ったもので。

「……ロリコン……」

 いつになく感情のこもった帝太郎のにやけ振りに、思わず口の滑ってしまった玉郎である。

 聞こえるか聞こえないかの声音で一言報復すると、その姿は瞬く間に霧のように霞んでしまった。そうして、逃げるように帝太郎の持つ玉へと吸い込まれていく。

 残された帝太郎は口を「へ」の字にして、手にした先刻の玉と、今まで玉郎が居た辺りとを交互に見比べた。

 見詰める床の上にはご丁寧に、先ほど玉郎に取り上げてもらったはずの弁当が鎮座している。

 消える寸前、玉郎がわざと弁当から手を放したであろう事を、帝太郎は知っている。分かるからこそ腹が立つ。

 不満げに立ち尽くす帝太郎に、

『ほら急げ。可愛い子ちゃん達が待ってんだろ?』

 玉の中からくぐもった声が急かす。

 その声に、帝太郎はちらりと腕時計を見遣ると、

「げっ!」

 足元の弁当を引っつかんでアパートを飛び出す。

 さっきまであんなに痛がっていたはずのお尻さえ庇おうとしない。察するに、先程までの態度、半分は玉郎への甘えがあったのだろう。

 靴を履くのももどかしく感じられてしまうくらい押っ取り刀で飛び出したものだから、コートを玄関先に置き去りにしてしまった。しかもそれに気付いたのはアパートの階段を駆け下りた後。あまつさえ、部屋の入り口には鍵までかけてしまっていた。

 階段を見上げて一瞬立ち止まったけれど戻っている時間はないのでそのまま道に出る。

 その途端、身を切るような冷たい風に吹きつけられて、またもや動きが止まってしまう。

 風を遮ってくれる壁がなくなった事が何だかとっても恨めしい帝太郎である。

(どうしよ〜)

 一度は諦めたコートの事が頭を掠めてしまうのも無理はない。迷いながら見上げた空にはどんよりと重苦しい鈍色にびいろの雲。今にも雪になりそうな、こんな空模様の日に、コートを忘れてしまったのを後悔する時間的ゆとりは、やっぱりない。

 もう一度確認のため腕時計に視線を落とすと、それに弾かれたように一気に駆け出す。

 針は七時四〇分を指していた。

 託児所まではバスで大体十五分。

 最寄りのバス停までは徒歩一分。

 そこを四十二分に発車するバスに乗れなかったら、完全に遅刻してしまう――。

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