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アオさんといると元気がでるな(後編)

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last update Last Updated: 2025-05-05 11:40:01

アオを肩に乗せて堤の上に出る。

川沿いの道はとてものどかだ。

小川の両岸を、菜の花が黄色と緑に埋め尽くしている。

「補色だなぁ」

目に鮮やかだ。

土手の桜並木からは、花びらが舞っていて、いかにも春って感じがする。

お日様の加減もほどよくて、なにより好ましいのは、スギの花粉がないこと。

胸いっぱいに息を吸い込んだって、気持ち良さしかない。

ここは魔界だって言う話だけど、これだけでも天国みたいに快適だ。

そう考えると、よっぽど元の世界の春のほうが、花粉症で地獄だったなと、そうぼやきかけて、またマイナスブザーがならないかと思い、やめた。

わたしは、多少の言い訳をこめて、アオに言った。

「でもなー。やっぱ、サラダくらいあったほうが良いよねぇ」

アオが肩の上で振り向く。

「サラダ?」

「うん。サンドイッチだけじゃ寂しいでしょ? あったらよかったなー、って」

昨夜、魔王の間を出るとき、「いろいろ準備しておく」ためにと魔王が、当座ほしい食品を聞いてきたが、さすがにどうも食欲がなくて、あのときは、牛乳とパン、そしてハムよ答えるしかなかった。

するとアオが、肩の上で、挙手するように背伸びした。

「よし。ちょっとまってて、ぼくそういうの得意なとこあるから!」

アオは、鼻をひろげて匂いをかく。

「へー、鼻の穴なんて、あったんだ」

「うん、こうすると雰囲気でるでしょ? 嗅いでますってかんじで」

そう言う理由か。ということは、なくても嗅げるんだろうなぁ。

でも、わたしも足を止め、菜の花の香りを吸い込む。

なんだか食卓のハチミツを思いだす香りだなぁ。

小川の堤は、蛇行しながら先に続いている。

その先を眺めるように、アオが目を開けた。

「ん、おいしい匂いを見つけたよ! ちょっといってくる、このまままっすぐ進んでてー」

ぴょこんと、彼は肩から飛び降りて、土手の草むらにとびこむ。そのまま草花を揺らして小川に向けて転がっていく彼を、思わず追いかけてしまった。

「って、待ってアオ、またはぐれたらどうすんのー?!」

だけどアオは返事もなく、小川の中へ飛び込んでいってから、顔を出した水面を滑らかに背泳ぎしだした。

そして、

「だいじょうぶー、るんは家に向かってて。すぐ追いつくから」

カメのように彼
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     聞けば、アオは半年前、森で魔獣に襲われて母親のスライムとはぐれてしまったらしい。 わたしは小さな彼を見た。「じゃあ、ママとはぐれて……それから、ずっとアオさん、一人ぼっちなの?」 彼は、うつむいたまま、小さな体でブランコを漕いでいる。「──うん」「親戚とかは?」 いるといえば、たくさんいるらしい。 でも、この世界のスライムの間では、親とはぐれた時点でそれは独り立ちを意味する。「そうなんだ……。なんか、生まれた時点で一人前っていうのも大変っていうか、さみしいものなんだね……」 同じく子供の頃、父親とはぐれた者として、わたしの胸が痛んだ。 けれど、わたしには一緒に火事を生き延びた祖母がいた。 それすらもいないアオの気持ちが、分かるとは、とても言えないけど…… けれど一人になった時、こうして公園に足がむいてしまう気持ちは、なんか分かる気がした。 ハルトとはじめて会ったのも、こんな公園だったから。 わたしは、アオに言った。「ごはん、ちゃんと食べてる?」 すると青いスライムの子供は、うん、と言った。「水と草とか、葉っぱ」「──あ、ごめん」おばちゃん、なんか泣けてきた……。 アオは慌てているのか、青い体の表面をぶるぶる振るった。「あ。泣かないで。ぼくたちって、それで充分な身体だから」「……そうなの?」「うん。おやつは花の蜜とかね」 アオは、にっかりと笑って見せる。「でもそれ以上をしようとすると、それなりにカロリーはいるかなぁ」「……そ、それ以上って、どういうこと?」 脱皮とか?「そうか、さっき言って

  • 異世界マッチング❗️社畜OLは魔界で婚活します❗️   五歳とデートって…!(前編)

     砂場とブランコだけの公園。 花壇には水仙やチューリップが咲いている。 なんだかんだでスライムの隣のブランコに、わたしも腰掛けているが、「ええっ、やっぱり、きみ子供だったの!?」 あらためて本人から五歳だと聞くと、さすがに……うろたえるしかない。 周囲の目が気になって、辺りを思わず見まわしてしまった。 すると、そんなわたしに青いスライムは、申し訳なさそうにブランコを止めながら表情を曇らせた。「ごめんね、ぼく、さびしくって、つい……」 アオと言う名前は事実らしいが、このスライム、ウィスカーには偽りの姿を見せていたらしい。「偽りの……すがた?」わたしが言うと、アオと名乗る五歳のスライムは誇らしげな笑顔を見せた。「うん。ぼく、変身ができるんだ」 真相は、スライム年齢でいう五歳。 つまり人間でいうところでも同じ、五歳だというが、たしかに精神的にも肉体的に大人は大人。 ウィスカーの言っていたことは、一周まわって事実だったわけか。 「……んー。でも、この婚活マッチングは、ナシってことか」 母性っていうか、保護欲は刺激されるけど、幸か不幸か恋愛感情は湧きそうにない。 わたしはホッとした。 でも同時に、相手にも申し訳ないような気持ちになった。 「……でもアオさんにも、こうやって、お時間もらっちゃって。」 そんなことないよとアオは、ぷるぷると顔しかない全身を振った。「ううん。こうやって久しぶりに誰かとお話しできたし、ぼくは大満足かな」 なんていうか、可愛い。 しかも言動がどこか、やはり五歳にしては大人びている。

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