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第6話

Author: 聞くな
瑠莉は腕を夜宵に近づけ、まるで挑発するかのように手を差し出した。

「相原さん、社長は最近どこへ行くにも、私を連れて行きますよ。だから、医者に行く時間さえないんです。

相原さんの医術は信頼しています。ただ、もし何かあったら……」

彼女は話す合間に、さりげなく自分のお腹に撫でた。

大きな手が夜宵の肩を抱き、瑛洸は優しく笑いかけた。「そうか、じゃあ夜宵、診てやってくれよ。彼女は俺の部下だから、本当に倒れたら俺も困る」

言葉をかけながらも、彼の視線は自然と瑠莉のお腹に向かい、淡い期待を滲ませていた。

だが、夜宵は底冷えのような感覚に襲われ、その冷たさが瞬時に全身を貫いた。

コンサートで公然と侮辱された上に、今度は愛人の診察まで任されるのかと思うと、夜宵の胸の奥が冷たく張り裂けそうになった。

涙が目にあふれそうになり、彼女の体は微かに震えていた。「本当に……私が、彼女を診るの?」

瑛洸は夜宵を見ず、瑠莉のお腹だけを見つめて頷いた。

ついに一筋の涙が頬を伝い落ちるが、彼女は顔をそむけて拭き、誰にも気づかれなかった。

彼女は手を伸ばして瑠莉の脈を取り、静かに押さえると、全身に雷に打たれたかのような衝撃が走った。

これは典型的な妊娠の脈だ。脈の動きは滑らかで、拍動も非常にスムーズだ。触れるたびにくるくると転がるような感覚がある。彼女は……妊娠している。

夜宵の体はふらつき、力尽きるように後ろに倒れた。

車椅子は彼女の衝撃で制御を失い、瑠莉の方向へと向かって進む。

瑛洸は元々夜宵の肩を抱いていた手を素早く引き、瑠莉の方へ走った。

支えを失った夜宵は体を揺らしながら倒れ、額を武男の車椅子の車輪にぶつけた。

頭に鈍い痛みが走った。夜宵は目眩を覚え、額から温かい赤い血が流れ落ちた。

それでも、最後の理性を振り絞り、仰向けに頭を上げて瑛洸を見る。

彼は力強い腕で瑠莉を抱き、もう一方の足で武男の車椅子を止めていた。

床に横たわるのは、彼女一人だけだった。

意識を失う前、夜宵はかすかに呟いた。「彼女……妊娠してる」

周囲から囁き声が聞こえた。

「明らかに……妊娠の兆候だな」

「こんな若くして妊娠するなんて、まだ結婚もしてないのに」

「さっき言ってたじゃない、周防家のあの子とイチャイチャしてたって。子どもはもしかして周防家のかもな」

……

夜宵は、頭上に漂う消毒液の匂いでむせ返るように目を覚ました。必死に目を開けると、ドアの外から大きな衝撃音が聞こえてきた。

すると、瑛洸の抑えきれない声が寝室のドア越しに聞こえた。

「言っただろ、夜宵に手を出すなって」

瑠莉は嗚咽混じりの声で答えた。「でも、お腹の子はパパに会いたがってるの。瑛洸、子どもに会いたくないの?」

嗚咽が消えると、女は次に艶めかしく誘う声に変わった。「サプライズも持ってきたの。このボタンを外せば見えるんだけど、見たい?」

その後は衣擦れの音と抑えた男女の喘ぎ声だけが部屋の外に響いた。

「なんでそんな格好で出てくるんだ。悪い女だな」

瑠莉は笑いながら顔を上げ、唇を重ねた。「どう?嫌なの?あなただって、色っぽいのが好きなんでしょ。相原さんみたいな……そんなの好かないでしょ?」

その答えは、さらに激しい肉体の衝撃だけで示された。

夜宵は耐えられず、顔を丸ごと布団に埋めた。

突然、ドアが開き、冷たい風が吹き込んだ。

「外は寒いわ。瑛洸、中でやろうよ」
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