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第10章:父の影*悠真

last update Last Updated: 2025-09-07 19:32:29

ベッドの上で、俺と百合子は激しく互いを求め合った。百合子はこれまで、何人の男を抱いてきたのだろう。俺は完全に、彼女にリードされるがままだった。

遥花との行為とはまるで違う。ぎこちない遥花も、俺との相性は良かった。ただ、俺と結ばれるまでは未経験だと言った。つまり“たまたま”合ったというだけだ。

百合子はいくつものテクニックを知り尽くしているように思えた。俺のようなタイプの男だって、確実に喜ばす術(すべ)をもっている。

偶然の相性か、必然の相性か。コトに関して、二人の女性を比べるものではないのだろう。ただ、娼婦のようなものとして受け入れていた遥花よりも、運命を感じて共にいる百合子の方がよほど娼婦のように思えてしまうのも、なんともチグハグな話にも思えた。

百合子を抱きながら、確実に俺の肉欲は彼女で上書きされていく。もはや遥花の喘ぎ声さえも思い出せなくなっていた。

「ね、こんなこと、ホテルのスイートなんかじゃ遠慮しちゃってできないでしょう?」

コトが終わった直後の、放心状態の俺に百合子が微笑みかける。まだまだ余裕そうな彼女の様子に、劣等感を覚えてしまう。“私が、あなたを強くする”と言われたのは、そういう意味ではないだろうと思いつつも、まだまだ強くならねばと思ってしまった。

ふとベッドの上で百合子のスマホが光り、通知音が静寂を破る。「何だ?」と尋ねると、裸の彼女は、「仕事の連絡よ。明日返せばいいんだから、気にしないで」と答える。

「まだ入社2年目なのに、順調にキャリアを積んでいるんだな……」

素直に感心しながら言った。

「そうなの。私、案外、ちゃんと仕事デキる女なのよ。すごいのはベッドだけじゃないんだから」

自信満々の百合子。こうして俺との時間を作ってくれていることも、やはり感謝しなければならないんだろう。彼女こそ俺の光だ。

“ねえ、悠真さん、私に似合うかな?”

食事の前に、ショーウィンドーのウェディングドレスを見ながら言った百合子の、眩しい笑顔を思い出す。俺も覚悟を決めねばならない。自分の道は、自分で選ぶのだ。

再び、百合子を抱きしめる。

「キャッ……悠真? なぁに、またシたいの?」

彼女の蠱惑(こわく)的な笑みに、また俺の欲望が疼き出す。今夜は俺だって、積極的にいこう。再び俺は、百合子という大きな海の中に身を委ねた。

数日後、ステアリングタワーの最上階、父のオフィス
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