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第11章:守るべき命*遥花

last update Last Updated: 2025-09-08 20:13:11

9月だというのに暑い日が続いていた。暦の上では秋。しかし自然界にはそんなもの関係ない。人間が単に自然界に合わせて“季節”や“カレンダー”というものを作り上げただけであって、自然はただ徐々に暑くなったり、寒くなったりを繰り返しているだけだ。

子供がお腹に宿って、生まれるまでの「十月十日」というのも、実際はアバウトな期間に過ぎない。そんなことはわかっているが、やはりそれに満たないまま出産してしまう危険性が生じている今、不安でしょうがなかった。

子宮頸管無力症という症状があり、妊娠5ヶ月あたりから子宮頸管を糸で縛る手術をしていた私。その糸が緩んでいないか定期的に調べる必要があり、今日はその診断のために産婦人科に来ていた。

「糸も緩んでませんし、経過は順調ですが、安静を保ってください」と医師が淡々と告げる。「しっかり縛ってはいますが、双子ですし、まだ早産のリスクが高いです。早産になるとNICUでの管理が必要になるでしょう。そこで無事成長できたとしても、呼吸や発達に問題が出る可能性があります」

説明が必要なのはわかるが、ストレスを避けろと言いながら毎回こんな話で不安を煽るなんて、嫌な医者だ。辟易しながらも「はい、わかりました」と呟く。

「ああそれと、ご自宅までは徒歩で移動されてますか?」と医師が付け加える。うなずくと、「近場の移動なら問題ありませんが、無理は禁物です」と釘を刺された。

アパートまでは徒歩10分。産婦人科に近いのも部屋を選んだ理由ではあったが、その恩恵がかえってアダに感じられるほど、東京の街は夏の名残の熱気を帯び、少し歩くのも汗だくだ。“ステアリンググループの若夫人”として、気軽にタクシーを使っていた日々が遠い過去のように思える。

歩きスマホの男性や、自転車で突き進む主婦も脅威だ。双子を守ると決めたのに、そうした日常に潜むストレスで押しつぶされそうになる。何だか余計に神経質で、臆病になっているような気さえする。それもホルモンバランスが崩れているためだろうか。

例の脅迫メモの謎も明らかになっていない。“双子の秘密を知っている”だなんて、誰が送ったのだろうか? どこから情報が漏れたのか、そもそも、なんで私の住んでいるマンションがわかったのか。考えるだけで息が詰まる。

そしてアパートに着くと、またポストに封筒が入っていた。同じようにA4で、ロゴのない封筒だ。部屋に持
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    【2015年8月】離婚から半年。お腹はかなり大きくなり、鏡を見るたび命の重みを痛感する。ハイリスク妊娠であることの不安は消えないが、医師の「ストレスを避けて」という言葉を守り、狭いアパートの部屋で静かな生活を心がけていた。生計は、ブログやフリマアプリの収入でなんとかして立っている。悠真の銀行カード――正式に離婚をしてからは、もう私の名義にも変更されてはいるものの、いまだ手つかずだ。あの屈辱の夜を思い出すと、ギリギリまで使う気になれなかった。彼の「浅ましい」という嘲笑や、百合子を抱きながら庇う姿……それらが、カードに手を出すたびに何度もチラつくのだ。それに離婚から数週間後、ルミナスコーポレーションの養父からLIINEでかかってきた通話の件もある。お前の離婚で信頼を失い、取引が減って株価が落ちた。ステアリンググループとの取引も減らさざるを得なくなった。新たな提携先を見つける必要があるが、どこの会社も取り合ってくれない。出てくるのはお前の離婚の話ばかりだ。お前のせいでこんなことになってる。責任を取れ――1時間近く、口やかましくいろいろ言われたが、まとめるとそんな内容だった。娘の離婚で、本人に向かって責任を取れなんて言う親がいるとは。いくら血がつながっていなくてもありえない。そもそも、株価の暴落は本当に私が関係しているのだろうか? 確かに離婚の件が週刊誌のネタになっているのは見かけたが、話題はたいして続かなかった。別に芸能人ほどの知名度があるわけでもないのだから。「一千万用意しろ」と、養父が具体的な金額を口にして怒鳴る。悠真から受け取った銀行の貯金額を思い出すと、用意できない額ではない。しかし、これは私と双子のために必要なお金だ。「もう駒にしないで!」私は、今まで養父に向かって叫んだこともないような強い口調で拒んだ。養父も呆気に取られたのか、何も言い返してこなくなった。そんなに怒鳴るとお腹の子にも障る気がしたが、通話を切ったあとはむしろすがすがしく、気持ちよく眠りに就けた。以降も何度か、養父か、時には養母から通話がかかってくることはあったが、完全に二人ともアカウントをブロックしてやった。もう彼らと話すことは何もない。ルミナスの株価は、ジリジリと下落し続けた。それが自然なことなのか、不自然なことなのか。経済というものはとにかく複雑なものだ。少なくとも、もう

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