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第41章:サンタの帽子と黒のレクサス*遥花

last update 最終更新日: 2025-11-18 23:45:03
【2015年12月25日(金) 昼】

時刻はお昼を回っているのに、香澄はまだ帰ってこない。

蓮と菖蒲はベビーベッドで仲良く手足をバタつかせている。赤ちゃんってこうやって、自然に体の動かし方を覚えていくんだな。感心して二人を交互に見ながら、時折スマホもチラチラ見てしまう。

「香澄、早く帰ってきて……」

思わず呟くと、蓮が「うー!」と手をバタバタ。菖蒲も「きゃー!」と叫びながら真似するように体を動かす。まるで“香澄ママ、早く!”と言っているみたいで、思わず笑ってしまう。

ふと、インターホンが鳴った。香澄は鍵を持ってるから鳴らさない。一瞬ドキッとするが、モニターに映った顔を見てホッとした。

「奥野さん……今、開けますね」

奥野さんを部屋に招くと、両手に買い物袋を提げ、息をハァハァさせながら言う。

「いやぁ、僕も有給取っちゃいましたよ! パーティなんて久しぶりで、気合い入れすぎちゃって!」

キッチンに袋をドサドサ置くと、中からローストビーフ用の肉塊、シャンパン、ケーキ、さらにはサンタの帽子まで出てきた。

「奥野さん、これ、すごい量! 大人3人で食べきれるかな……」

「えへへ、尊敬する遠藤先輩のご家族ですから! きっちり腕を震わせていただきます! 残ったらまぁ、休日用の作り置きにでも!」

奥野さんはエプロン姿でキッチンに立つ。さすがは香澄の部下、驚くほど手際がいい。

「ローストビーフは低温調理でじっくり! ケーキは後でデコります!」

蓮と菖蒲もベッドの中で寝そべりながら、興味津々でキッチンを眺めている。菖蒲が「うー!」と手を伸ばしてグーパーしていると、奥野さんが「あら、手伝いたいのかな? 未来のシェフ!」とニコニコしている。

時計は12時半。そろそろ授乳の時間だ。私は一瞬、いつものように「タンデム授乳やるから手伝って」と言いたくなったが、奥野さんは男性ゲストだ。さすがに授乳のサポートなんてお願いできない。

それに「今からおっぱいあげますから、こっち見ないでください」と言うのも何だか失礼な気がした。ありがたいことに、向こうは料理を始めている。その間にパパッと済ませようと、まずは蓮を持ち上げてリビングまで運ぶ。

一生懸命、母乳を吸う蓮。蓮も菖蒲も体重はほぼ同じだけれど、蓮の方がやはり力強く吸う気がしている。ついまじまじと見てしまうが、目元は何となく私にソックリな気がする。男の子は
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