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第0704話

Author: 十六子
だが瞬が横になって間もなく、瑠璃のスマホに君秋からの電話がかかってきた。

「ママ、いつ帰ってくるの?僕と陽ちゃん、絵本の続きを待ってるんだよ」

瑠璃は自分の手をそっと引き抜いた。

「瞬、帰らなきゃ」

「千璃……」

「明日は早めに来るから、ちゃんと休んで。変なこと考えちゃだめだよ」

瑠璃はそう言って背を向けた。瞬の手のひらが空になり、そのまま心も空になっていくのを感じた。

彼女の姿が完全に視界から消えた瞬間、瞬は上体を起こし、瞳には一気に暗い影が広がった。

彼は酔ったふりをし、弱さを装ってまで、ほんの少しでも瑠璃の同情や関心を引きたかった。なのに、彼女は何の迷いもなく去っていった。

自分に対して――彼女には、ほんの少しの未練すらなかった。

部屋の温度は、彼の身から放たれる冷気で一気に下がった。

その時、廊下から足音が近づいてきた。瞬は反射的に目を上げたが、そこにいたのは期待した人ではなかった。

遥がカップを持って彼の前に現れた。

「出て行け」瞬は不機嫌そうに冷たく言い放った。

だが遥は微笑んだまま近づいてきた。

「お酒、たくさん飲んでたでしょ?これ、私が煮た酔い覚ましのお茶……」

「出て行けと言ったはずだ」瞬の目が鋭く冷たく光る。

「三度言わせるな」

遥は瞬を見つめながら、怯えたように一歩下がった。だがその目には痛みと切なさが滲んでいた。

「彼女、あなたのこと好きじゃないよ。愛されてない人のために、自分を壊さないで」

「ふっ……」瞬は鼻で笑った。

「その言葉、そのままお前自身に言ってやれよ。俺にくだらない期待なんかするな」

「でも……私はあなたが好きなの。初めて見たときから、ずっと」

これは彼女にとって初めての告白ではなかった。

瞬はもう、何度聞いたか分からないほどで、正直、うんざりしていた。

「私に面倒を看させて」

遥は彼の前にしゃがみ込み、そっと手を伸ばして彼の手に触れようとした。

その手に、冷たい肌の温度が伝わった瞬間――彼女の胸は高鳴り、喜びに満たされた。

しかし、次の瞬間――

瞬がまるで怒りを爆発させたかのように彼女を引き寄せた。深く底知れない黒い瞳が彼女を見据え、冷たくも妖しく笑った。まるで悪魔そのもののような光を宿したその笑み。

「そんなに自分を安くしたいのか?いいだろう、望み通りにしてやる」

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