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第0858話

Auteur: 十六子
「瞬、私はもうあなたを愛していない」

その一言が、瞬の心臓を真っ直ぐ貫いた。

まるで背中から氷の刃が刺さったような冷気が、じわじわと全身を包み込み、彼の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。

遥はそのまま彼の手を冷たく振り払った。その瞳にはもう未練というものが一切残っていなかった。

「瞬、あなたには本当に失望したわ。今まで十数年の庇護と恩は、必ず返す。その上で、これからは私たちの間に借りも貸しもない」

彼女は背を向けて歩き出しかけたが、ふと足を止めて振り返る。

「私の婚約者にこれ以上手を出さないこと。そうでなければ、あの闇に葬られた動画を真っ先に警察に届けるわ」

その言葉に、瞬の目が鋭く光り、表情が一変した。彼は冷たい眼差しで、遥が背を向ける姿をじっと見つめていた。

「遥、お前……他の男のために俺を脅すつもりか?」

遥は歩みを止めたまま、冷然と返した。

「今の私にとって、あなたは他人よ」

瞬は遠ざかっていくその後ろ姿を茫然と見つめていた。気づけば、胸の奥に黒々とした嫉妬と怒りが渦巻いていた。

──遥、お前は隼人のために俺を裏切ったのか。

所詮、お前の愛なんてその程度だったのか。

病室では、瑠璃が近づく足音に気づいて立ち上がり、帰ろうとしたところだった。

隼人がその手を取り、真剣な顔で言った。

「千璃ちゃん、できるだけ早くもう一度検査を受けてくれ。後回しにするな」

瑠璃は彼を不安そうに見つめた。そのとき、病室のドアが開き、遥が入ってきた。

彼女の顔を見た瞬間、瑠璃は既視感の正体に気づき、ほほ笑んだ。

「宮本さん、婚約者のことはお願いね。私は戻るわ」

「千璃さん、ご安心を。隼人さんのことは私に任せて」

その「千璃さん」の呼び方に、瑠璃はぴたりと足を止めた。ようやく、長らく抱えていた違和感の正体が明らかになったのだ。

「……遥?あなた、遥なの?」

遥は穏やかにうなずいた。

「うん、私が遥よ」

「本当によかった……無事だったのね」

瑠璃の胸には喜びが溢れていた。遥がどうして隼人と一緒にいるのかは分からなかったが、彼女が生きていたという事実だけで嬉しかった。

瞬が自宅に戻った後も、彼の胸の内は怒りと焦りで燃え上がっていた。

愛する女、かつて自分を愛していた女――今やそのどちらもが、隼人の味方に立っている。

これは彼
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