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第0869話

Author: 十六子
瑠璃は誇り高く眉を上げ、冷然とした眼差しで言い放った。

「そうよ。私と彼の子よ」

瞬の顔色は、瞬く間に暗く沈んだ。真実を確かめたくて言葉を探そうとしたが、次の瞬間、瑠璃のはっきりとした声音が彼の耳を貫いた。

「瞬……私のお腹の子どもは、あなたとはまったく関係ないわ。それに、あなたがあの夜のことを本気で信じてるなら、それもただの幻想よ。あれは私があなたのために特別に調香したアロマ。あなたが見たのは、すべて夢――あなたの頭の中にしか存在しない、勝手な妄想に過ぎないの」

瞬は、瑠璃の調香術をよく知っていた。だからこそ、その言葉はあまりに皮肉で、痛烈だった。

ずっと彼は、瑠璃が自分の子どもを身ごもっていると思っていた。彼女を手に入れたと信じて疑わなかった。だが――あの夜の出来事が、ただの夢だったなんて。

そう思うと、バカバカしくて笑えてくる。思い返せば、あの夜、自分は確かに夢を見ていた。その中で、情熱的に絡み合っていた相手は……遥だったのだ。

「目黒瞬……これからはもう、あなたの脅しには屈しない。もし、あなたがもう一度でも隼人を傷つけようとするなら――私はこの動画を警察に渡す。あなたが今まで築いてきたすべての基盤、根こそぎ潰してやる。地獄に堕とすのよ」

瑠璃の目には一切の迷いもなかった。その鋭く光る瞳には、強烈な覚悟と怒りの炎が宿っていた。

瞬はその瞳に見返され、一瞬言葉を失った。そして、怒りを隠しきれずにその場を背を向けて立ち去った。

その様子を見ていた楓が、すっと瑠璃の横に現れた。

「お姉さん、すごいな。瞬が女にここまで言い負かされるなんて、初めて見た」

だが瑠璃は、今は冗談を交わせる気分ではなかった。

「……あなたの手下、ちゃんと動いたの?」

「もちろん。全部計画通りだよ。娘は無事に君の元に戻ってくる」

楓はワイングラスを軽く揺らしながら、いたずらっぽく微笑んだ。

「ただね……条件をちょっと変えたいなって思って」

彼はすっと身を寄せ、低い声で囁いた。

「お金はいらない。その代わり――さっき君が言ってたあの動画をくれない?」

その動画は、瞬が違法取引を行っていた証拠であり、警察に渡せば彼を一気に追い詰められる、極めて重要な切り札だった。

瑠璃は、即答せずに彼を見据えた。

「私、口約束を破る人間が一番嫌いなの。楓様、まさかそんな人
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