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第0894話

Author: 十六子
2000万円は確かに魅力的だ。だが、命を落としたら金なんて何の意味もない。

そう思った瞬間、男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。

瞬は痛みに耐えながら片膝を地につき、ほとんど残っていない骨壷の中身を見つめ、絶望の色を深く湛えた。

そのとき、ふと全身から力が抜けていく感覚に襲われ、肩に何かが当たった痛みを感じて見下ろすと——

いつの間にか、彼は肩を撃たれていたのだ。そこから流れる血が絶え間なく滴っている。

なんとか立ち上がろうとしたものの、まぶたがどんどん重くなり、ついに彼の身体は雨に打たれる地面へと倒れ込んだ。

彼は血に染まった手を持ち上げ、それでも力いっぱい骨壷を抱きしめた。

「遥……」

かすかな声で呼びながら、意識が遠のくその刹那、雨の幕の向こうに、傘を差してこちらへ歩み寄る女の姿が、ぼんやりと見えた。

近づいてくるその影を見つめ、彼の薄い唇がかすかに動く。

「遥……」

一夜の激しい雨が降り続いた。

一夜明けて、大雨のあとの朝。瞬はぼんやりと目を開けた。身体中が激しく痛んだが、怪我のすべてがきちんと手当てされていることに気づく。

周囲の景色はまったく見覚えがない。

慌てて周囲を見回した瞬は、すぐ傍らに骨壷があるのを確認し、安堵の息を漏らしながらそれを胸に抱きしめた。

「遥……」

名を呼ぶ声には深い痛みが滲んでいた。

「義兄さん、目が覚めたんですね?」

声の主は、昨日のあの悦子だった。彼女は妙に柔らかい笑顔を浮かべ、瞬の前に現れた。

「昨夜、たくさんの人が義兄さんを襲おうとしているのを見て、私、一人で助けに行く勇気はなかったけど……ずっと後を追いかけてました」

瞬は自分の怪我に視線を落とした。

「俺を助けたのは……お前か?」

悦子は目を泳がせつつも、すぐにうなずいた。

「うん、私です!学生時代、医学を少しかじってたから、処置くらいはできるんです!」

瞬は体を起こし、立ち上がろうとした。悦子が支えようとしたが、瞬はさりげなくそれをかわし、ポケットから一枚のカードを取り出して地面に投げた。

「100万円だ。昨夜の礼だ。……もう俺につきまとうな」

——100万円?

悦子は目を丸くした。

この金額を、たった一晩で?

じゃあこの男のそばにいれば……もっと?

しかも、この外見。冷たくも深く、女の心を鷲掴み
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