硝子庭園綺譚──光と毒の迷宮──

硝子庭園綺譚──光と毒の迷宮──

last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-04
Oleh:  佐薙真琴Tamat
Bahasa: Japanese
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明治四十一年、秋。植物学者・神坂修五郎は、稀代の園芸家・鏡見久我が建設した「硝子庭園」の内覧会に招かれた。七つの区画に分かれたその庭園には、世界中から集められた有毒植物が配置され、精巧に計算された硝子の屈折が、万華鏡のような美を生み出していた。 翌朝、園芸師・柊木の遺体が中央区画で発見される。完全な密室。死因はストリキニーネ中毒。しかし現場には不可解な点が多すぎた──なぜ彼は扉を内側から施錠したのか? なぜ足跡が不自然なのか? 調査を進める神坂は、植物配置に隠された驚くべき暗号に気づく。錬金術の象徴「ヘルメスの薔薇十字」。そして光の屈折が創り出す「幻の植物」。暗号が示すのは不老不死の霊薬か、それとも──?

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序章

 明治四十一年の秋、私は一通の奇妙な招待状を受け取った。

 差出人は稀代の園芸家として知られる鏡見久我という人物である。彼の所有する「硝子庭園」の内覧会に招かれたのだ。招待状には次のような文言が添えられていた。

「貴殿の博物学的素養を見込み、この度完成した硝子庭園の鑑定をお願いしたく存じます。庭園には世界中から蒐集した有毒植物を配しており、学術的価値も高いものと自負しております」

 私、神坂修五郎は当時、東京帝国大学で植物学を講じる傍ら、警視庁の嘱託として毒物鑑定に携わっていた。そうした経歴から招待を受けたのだろう。

 指定された日時に訪れた鏡見邸は、東京郊外の小高い丘の上にあった。洋館の背後に聳える巨大な硝子の構造物は、まるで水晶宮のように陽光を反射していた。秋の午後の光が、その透明な壁面で幾重にも屈折し、虹色の光彩を放っている。近づくにつれ、その壮麗さと同時に、どこか不吉な印象を受けた。美しすぎるものには、常に危険が潜んでいる。

 執事に案内され硝子庭園の入口に立つと、そこには既に数名の客が集まっていた。鏡見久我本人――五十代半ばと思しき痩身の紳士――が一人一人に声をかけている。

 彼の容貌は印象的だった。切れ長の目は深い知性を湛えているが、同時にどこか常軌を逸した情熱の炎が燃えているように見える。銀色の髪は丁寧に撫でつけられ、黒いフロックコートに身を包んだ姿は、学者というより魔術師を思わせた。

「ようこそ、神坂先生。お待ちしておりました」

 久我の声には奇妙な響きがあった。まるで硝子に反響するような、冷たく透明な音質である。その声を聞いた瞬間、私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

「本日お集まりいただいたのは、それぞれの分野で卓越した方々です。医師の橘先生、化学者の芦名博士、そして植物画家の椿夫人」

 私は他の客に会釈した。

 橘は四十代の温厚そうな医師で、丸い眼鏡の奥の目は穏やかだった。彼は東京の下町で開業しており、庶民の信頼が厚いと聞いている。

 芦名は六十過ぎの白髪の学者で、背を丸めた姿からは長年の研究生活が窺える。帝国大学の化学科で教鞭を執っており、特に有機化合物の分析において第一人者として知られていた。

 椿夫人は三十代の美しい女性だった。深い緑色のドレスに身を包み、繊細な顔立ちには芸術家特有の鋭敏な感性が宿っている。彼女の描く植物画は写実的でありながら、どこか幻想的な美しさを持つことで評判だった。

「それから、こちらが庭園の管理を任せている園芸師の柊木です」

 久我が紹介したのは、四十代の無骨な男だった。日焼けした顔に鋭い目を持ち、土の匂いがした。粗末な作業着姿ではあったが、その立ち姿には独特の威厳があった。植物と共に生きてきた者だけが持つ、自然への深い理解が滲み出ている。

「柊木は二十年来、私の植物蒐集に付き合ってくれている。この庭園の植物の配置も、すべて彼と相談して決めたのです」

 柊木は無言で一礼した。その目には、久我への深い忠誠と、同時に何か複雑な感情が混じっているように見えた。

「それでは、皆様をお待たせしました。硝子庭園へご案内いたしましょう」

 久我が大きな鍵束を取り出した。七つの鍵が連なっている。それぞれに異なる刻印が施されており、惑星の記号のようにも見えた。

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序章
 明治四十一年の秋、私は一通の奇妙な招待状を受け取った。 差出人は稀代の園芸家として知られる鏡見久我という人物である。彼の所有する「硝子庭園」の内覧会に招かれたのだ。招待状には次のような文言が添えられていた。「貴殿の博物学的素養を見込み、この度完成した硝子庭園の鑑定をお願いしたく存じます。庭園には世界中から蒐集した有毒植物を配しており、学術的価値も高いものと自負しております」 私、神坂修五郎は当時、東京帝国大学で植物学を講じる傍ら、警視庁の嘱託として毒物鑑定に携わっていた。そうした経歴から招待を受けたのだろう。 指定された日時に訪れた鏡見邸は、東京郊外の小高い丘の上にあった。洋館の背後に聳える巨大な硝子の構造物は、まるで水晶宮のように陽光を反射していた。秋の午後の光が、その透明な壁面で幾重にも屈折し、虹色の光彩を放っている。近づくにつれ、その壮麗さと同時に、どこか不吉な印象を受けた。美しすぎるものには、常に危険が潜んでいる。 執事に案内され硝子庭園の入口に立つと、そこには既に数名の客が集まっていた。鏡見久我本人――五十代半ばと思しき痩身の紳士――が一人一人に声をかけている。 彼の容貌は印象的だった。切れ長の目は深い知性を湛えているが、同時にどこか常軌を逸した情熱の炎が燃えているように見える。銀色の髪は丁寧に撫でつけられ、黒いフロックコートに身を包んだ姿は、学者というより魔術師を思わせた。「ようこそ、神坂先生。お待ちしておりました」 久我の声には奇妙な響きがあった。まるで硝子に反響するような、冷たく透明な音質である。その声を聞いた瞬間、私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。「本日お集まりいただいたのは、それぞれの分野で卓越した方々です。医師の橘先生、化学者の芦名博士、そして植物画家の椿夫人」 私は他の客に会釈した。 橘は四十代の温厚そうな医師で、丸い眼鏡の奥の目は穏やかだった。彼は東京の下町で開業しており、庶民の信頼が厚いと聞いている。 芦名は六十過ぎの白髪の学者で、背を丸めた姿からは長年の研究生活が窺える。帝国大学の化学科で教鞭を執っており、特に有機化合物の分析において第一人者として知られていた。 椿夫人は三十代の美しい女性だった。深い緑色のドレスに身を包み、繊細な顔立ちには芸術家特有の鋭敏な感性が宿っている。彼女の描く植物画は写実的であ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-11-29
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第一章 硝子の迷宮
 硝子庭園の扉が開かれた瞬間、私は息を呑んだ。 内部は想像以上に広大だった。天井までの高さは優に十メートルはあり、全面が透明な硝子で覆われている。しかし単なる温室ではない。庭園は七つの区画に分かれており、それぞれが硝子の壁で仕切られていた。 各区画は六角形をしており、中央の区画を囲むように六つの区画が配置されている。まるで蜂の巣のような構造だ。あるいは、雪の結晶にも似ている。幾何学的な完璧さが、この空間全体を支配していた。「硝子の厚さは三寸、特殊な磨き方をしており、光の屈折率を精密に計算してあります」 久我が説明した。その声には誇らしげな響きがあった。「各区画には異なる気候帯の有毒植物を配置しました。中央が温帯、周囲に熱帯、亜熱帯、砂漠、高山、湿地、そして寒帯です」 確かに、硝子の壁越しに様々な植物が見える。紫色の花をつけたトリカブト、赤い実をつけたベラドンナ、奇妙な形のマンドレイク。どれも美しく、そして致命的だ。 午後の陽光が硝子を通して庭園内に注ぎ込み、植物の葉や花びらを照らしている。しかし、その光は単純に直進しているのではない。硝子の表面で屈折し、複雑な光の模様を作り出している。まるで万華鏡の内部にいるような錯覚を覚えた。「なぜすべて有毒植物なのですか?」 椿夫人が尋ねた。その声には、芸術家らしい好奇心と、同時にかすかな恐れが混じっていた。「美と毒は表裏一体だからです」 久我の目が妖しく光った。「最も美しい花が最も危険な毒を持つ。それは自然の真理です。私はその真理を、この硝子庭園で表現したかった。美しいものには必ず危険が伴う。そして危険なものこそ、人を魅了する。この矛盾こそが、生命の本質なのです」 私たちは中央区画から順に見学を始めた。各区画への入口は一つずつしかなく、すべて厳重に施錠されている。鍵は久我と柊木だけが持っているという。 中央の温帯区画に入ると、湿った土と植物の匂いが鼻をついた。ここには私もよく知る植物が並んでいた。スズラン、ジギタリス、イチイの木。どれも日本の気候に馴染む植物だが、すべて致死的な毒を持っている。 柊木が丁寧に説明してくれる。「この配置には意味があります。ご覧ください、植物は必ず三株ずつ配置されています。そして三角形を描くように植えられている」 言われてみれば、確かにそうだ。スズランも、ジギタリ
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第二章 最初の死
 内覧会は午後まで続いた。私たちは七つの区画すべてを再び巡り、それぞれの専門的見地から意見を交換した。 橘医師は医学的な観点から、各植物の毒性と症状について詳しく説明した。芦名博士は化学的な分析を加え、毒物の構造式や作用機序について論じた。椿夫人は芸術家らしい感性で、植物の形態美と色彩について語った。そして私は、植物学的な分類と生態について解説した。 久我は熱心に耳を傾け、時折鋭い質問を投げかけた。彼の知識は驚くほど深く、専門家である私たちを驚かせた。特に錬金術や古代の薬草学については、並外れた見識を持っているようだった。 最後に、私たちは久我の書斎に集められた。そこで茶が振る舞われ、談笑のひとときを過ごした。書斎は洋風の造りで、壁一面に書籍が並んでいた。タイトルを見ると、植物学や化学の専門書に混じって、錬金術や神秘主義に関する古書が多数あった。ラテン語やギリシャ語の古典、中世の写本の複製本なども見える。「本日はありがとうございました」 久我が言った。「皆様の専門的な意見を伺えて、大変有意義でした。特に神坂先生、毒性についてのご指摘は参考になりました」「いえ、こちらこそ貴重な体験をさせていただきました」 私は答えた。「ただ一つ気になることが」「何でしょう?」「あれほど多くの有毒植物を一箇所に集めて、安全面は大丈夫なのでしょうか? 万が一、複数の毒物が混合した場合、予想外の化学反応が起きる可能性もあります」「ご心配なく。各区画は完全に独立しており、空気の循環も個別に管理しています。それに」 久我は懐から鍵束を取り出して見せた。「入室できるのは私と柊木だけ。この鍵は常に身につけており、決して他人の手に渡ることはありません」 柊木も同じものを持っています、と久我は続けた。「万が一、私に何かあった時のために。しかし柊木は二十年来の信頼できる部下です。彼なら、この庭園を私以上に愛し、理解している」 柊木は窓際に立ち、硝子庭園を眺めていた。その横顔には、複雑な表情が浮かんでいた。 夕刻、私たちは鏡見邸を辞した。馬車で東京へ戻る途中、私は硝子庭園のことを考え続けていた。あの奇妙な配置、計算された光の屈折、そして久我の言った「暗号」。何か重要なことを見落としているような気がした。 植物が三株ずつ、正三角形に配置されている。その意味は何か? 単
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-11-29
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第三章 硝子の秘密
 翌日、私は再び鏡見邸を訪れた。今度は一人で、詳細な調査を行うためだ。 久我は快く協力してくれた。「神坂先生、どうか真相を明らかにしてください。柊木の死が、単なる事故であってほしい。しかし、もしそうでないなら、私は知る必要があります」 私はまず、硝子庭園全体の構造を詳しく調べることにした。 中央の温帯区画から始める。六角形の区画は、一辺が約五メートル。硝子の壁の厚さは確かに三寸(約九センチ)ある。この厚さは尋常ではない。通常の温室ガラスの数倍だ。 硝子の表面を注意深く観察する。滑らかに見えるが、よく見ると微妙な凹凸がある。これが光の屈折を生み出しているのだ。 天井も硝子だが、換気用の小さな通気口がある。直径五センチ程度で、金属製の網が張られている。ここから人が侵入することは物理的に不可能だ。 床は土だが、掘り返してみると、その下にはコンクリートの基礎がある。少なくとも三十センチの厚さだ。地下から侵入することも不可能だ。 扉は頑丈な鉄製で、内側から掛け金がかかる構造になっている。鍵穴は内外にあるが、複雑な機構になっており、内側から施錠した場合、外から開けることはできない。「完璧な密室ですね」 私は呟いた。 次に、熱帯区画に移動した。ここにはストリキニーネの木がある。 三株の木は、確かに正三角形の頂点に配置されている。それぞれ高さは二メートルほどで、楕円形の葉を茂らせている。樹皮は灰褐色で、特に目立った特徴はない。しかし、この樹皮から抽出される物質は、人類が知る最も強力な毒の一つだ。 私は慎重に木に近づいた。樹皮に傷はない。枝も折られていない。しかし、根元の土が微かに乱れているように見える。 久我を呼んだ。「この木の根元、最近誰か触りましたか?」 久我は首を横に振った。「いえ、植物には必要最小限の世話しかしません。水やりと、時折の剪定だけです」「柊木は?」「彼も同じです。この庭園の植物は、一度配置したら極力動かさないのが原則です」 しかし、私の目には
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-11-30
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第四章 幻の植物
 私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。「柊木は、それを実行しようとした……」「まさか」 久我は蒼白になった。「そんなはずは。暗号は完全には解読されていないはずです。私でさえ、まだ『七つの毒』が何を指すのか分からないのに」「しかし柊木は、自分なりの解釈をした」 私は推理を続けた。「彼はストリキニーネを『七つの毒』の一つと考えた。そして、幻の植物が見える地点——中央区画の中心——で、その毒を摂取すれば、何かが起きると信じた」「しかし、それは……」「死にます」 私は断言した。「ストリキニーネは致死性の毒です。解毒剤もありません。摂取すれば、確実に死にます」 久我は椅子に崩れ落ちた。「私の責任です。私が暗号に執着したから、柊木は……」 しかし、私にはまだ疑問があった。 柊木は本当に、自分の意志で毒を摂取したのか? それとも、誰かに強要されたのか? あるいは—— 私は新しい可能性を考えた。「久我さん、ストリキニーネの木の土壌について、何か特別な処理をしていますか?」「え?」 久我は顔を上げた。「土壌? いえ、特には……」「本当に?」 私は厳しい目で彼を見た。「私が調べたところ、その土壌には通常ではありえない量の窒素化合物が含まれていました。そして、特殊な菌類も」 久我は観念したように頷いた。「……はい。土壌を調整しました」「なぜ?」「ストリキニーネの毒性を高めるためです」 久我は小さな声で言った。「サン=ジェルマンの文書には、『超高濃度の毒』が必要だと書かれていました。通常の植物では足りな
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-01
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第五章 暗号の真実
 その夜、私は自宅で硝子庭園の図面を広げ、詳細な分析を行った。 植物の配置、光の屈折率、幾何学的図形。すべての要素を総合的に検討する。 ヘルメスの薔薇十字。七つの惑星記号。そして中心の六芒星。 これらは確かに錬金術の象徴だ。しかし、それだけだろうか? 私は別の可能性を考え始めた。 もし、この暗号が二重の意味を持っているとしたら? 表面的には霊薬の製法を示しているように見える。しかし、その下に別の意味が隠されているとしたら? 私は植物の配置を数値化してみた。各植物の三角形の頂点の座標を、庭園全体を基準とした数値で表す。 そして、それらの数値を特定の順序で並べると—— 数字の羅列が現れた。 最初は意味が分からなかった。しかし、よく見ると——「これは……座標だ」 北緯と東経を示す座標だった。 私は地図を広げた。その座標が示す地点は—— 鏡見邸の敷地内だ。正確には、硝子庭園の真下。 私は翌朝、すぐに鏡見邸へ向かった。 久我に会うと、単刀直入に尋ねた。「久我さん、あなたには双子の兄弟がいましたね?」 久我は顔色を失った。「……どうして、それを」「調べました」 私は言った。「三十年前、あなたの兄、鏡見久明氏が失踪した。公式には失踪ですが、真実は違う」 久我は立ち尽くした。やがて、力なく頷いた。「三十年前、兄は死にました」「あなたが殺した」「いいえ!」 久我は強く首を横に振った。「私は殺していません。兄は自分で……」 彼は椅子に座り、顔を覆った。「私の兄、久明は、同じく錬金術の研究者でした。いや、私以上に熱狂的だった。彼は実際に賢者の石を作ろうとして
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-02
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第六章 記憶の宮殿
 事件から一ヶ月後、私は再び鏡見邸を訪れた。久我に頼まれて、最後の調査をするためだ。 久我は以前より痩せ、老け込んでいた。しかし目には、どこか安堵したような光があった。「神坂先生、本当に申し訳ありませんでした」 久我は深々と頭を下げた。「私の愚かな執念が、柊木を死に追いやってしまった」「あなたを責めるつもりはありません」 私は答えた。「柊木は自らの意志で、あの選択をした」「しかし、もし私が最初から真実を明かしていれば」「真実は複雑です」 私は言った。「あなたの暗号は、確かに座標を示していた。しかし同時に、錬金術的な儀式の手順も示していた。どちらも正しく、どちらも間違っている」 私は硝子庭園の図面を久我に返した。「この庭園は、記憶の宮殿でした。あなたの兄の記憶、柊木の情熱の記憶、そして錬金術という幻想の記憶。すべてが硝子の中に封じ込められている」 久我は硝子庭園を遠くから眺めた。陽光を反射して輝く、美しい墓標を。「神坂先生、最後に一つだけ教えてください」「何でしょう」「霊薬は、本当に存在しないのでしょうか?」 私は長い沈黙の後、答えた。「それは誰にも分かりません。錬金術師たちは何百年も探求し続けた。しかし見つからなかった——いや、見つけられなかった。なぜなら、彼らは間違った場所を探していたからかもしれません」「間違った場所?」「霊薬は物質ではなく、認識かもしれない。死を超越する方法は、肉体の不死ではなく、記憶の継承かもしれない。あなたの兄は死にました。しかし、この庭園という形で、その精神は残り続ける」 久我は微笑んだ。悲しく、しかし安堵したような微笑みだった。「そうかもしれませんね」 私たちは並んで、硝子庭園を見つめた。 しかし、私にはまだ一つ、久我に話していないことがあった。 それは、柊木の死の真相についてだ。 
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-03
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終章 硝子の向こう側
 それから一年が経った。 私は東京帝国大学で、相変わらず植物学を講じている。時折、警視庁から毒物鑑定の依頼を受けることもある。 しかし、あの硝子庭園のことは、決して忘れることができない。 久我は執行猶予の身で、今も鏡見邸に住んでいる。しかし、硝子庭園には二度と足を踏み入れていないという。 庭園は完全に封鎖され、植物は誰の手入れも受けずに成長を続けている。いずれ、硝子の壁を突き破って外に出てくるかもしれない。 しかし久我は、それを恐れていないようだった。「植物は生きています」 彼は私に手紙で書いてきた。「たとえ人間が管理しなくても、彼らは自分の道を見つける。そして、この庭園が崩壊する時、それは私の罪が許される時かもしれません」 私は時折、鏡見邸の近くを通ることがある。丘の上から、硝子庭園が陽光を反射して輝いているのが見える。 その輝きは美しく、しかし同時に悲しい。 ある日、私は橘医師と偶然再会した。「神坂先生、あの事件以来ですね」 橘は言った。「私はあの日、硝子庭園で何かに気づくべきだったのかもしれません。医師として、柊木の異変に」「あなたの責任ではありません」 私は答えた。「誰も、柊木の本当の思いに気づくことはできなかった」「しかし……」 橘は遠くを見つめた。「美しいものには、必ず代償がある。あの庭園は、それを教えてくれました」 私は頷いた。 美と毒は表裏一体。それは自然の真理だ。そして、知識もまた同じだ。 知を求めることは人間の本質だが、それが過ぎれば狂気となる。 賢者の石。不老不死。人間は何千年もの間、それを追い求めてきた。 しかし、真の不死とは何か? 私は今、一つの答えを持っている。 それは、記憶の継承だ。 鏡見久明の精神は、硝子庭園という形で残った。柊木の情熱も、その庭園の中に封じ込め
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-12-04
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