LOGIN安人はその中から桜が一人で写っている写真を一枚取り出した。それは桜が小学校のお遊戯会で撮った写真のようだった。子供らしい舞台メイクをして、前歯が抜けた顔で笑っていて、とても可愛らしい。安人はその写真をスマホで撮ってから、元の場所に戻した。そして、ベッドでぐっすり眠っている彼女に視線を移した。桜はいつの間にか寝返りを打っていた。暑かったのか、布団を蹴飛ばしてしまっていた。安人はそばに寄って、屈んで布団を引っ張り、かけ直してあげた。「待たせて悪かったな。酔い覚ましの薬がなかなか見つからなくて」康弘は酔い覚ましの薬を手に部屋に入ってきて、ベッドの桜に目をやり、それから安人の方を見て言った。「起こせそうかい?」「やってみます」安人はベッドのそばに座り、桜の頬を優しく叩いた。「桜、桜」「ん……邪魔しないで」桜は鬱陶しそうに安人の手を振り払った。「もうちょっとで、数え終わるところなのに」安人は一瞬黙ったあと言った。「康弘さんが酔い覚ましの薬を持ってきてくれたんだ。起きて飲んでから寝たら?」「イヤッ」桜は寝返りを打つと、そばにあったぬいぐるみを撫でながら言った。「碓氷さんの腹筋を数えてるの……あれ?この手触り」それを聞いて、安人は一瞬言葉を失った。そして、そばで聞いていた康弘の顔も曇った。「桜、寝ぼけたこと言うんじゃない!女の子が、そんなはしたないことを」しかし、桜は手を振って、ぶつぶつ言った。「もう、うるさいなあ。まだ触り足りないのに」それには安人もこめかみを押さえた。「康弘さん、俺が面倒見ますから」安人は桜がこれ以上とんでもないことを言いだすのを恐れて言った。「もうお休みになってください」だが、康弘はまだ心配なようで、安人を見ながら、探るように尋ねた。「そ、それじゃあ、客間がどこかは分かるだろう?」「はい。桜に案内してもらいましたから」それを聞いて、康弘は少し安心したようだった。彼は昔気質なところがあって、結婚するまでは、いくら彼氏でも一緒に寝るのはやはり少し行き過ぎだと思ったのだ。とはいえ、安人の前で、それをはっきり言うのは気が引けた。だが、今安人の言葉を聞いて、康弘はようやく納得したかのようにうなずいた。「わかった。それじゃあ、俺は部屋に戻るから。何かあったら呼んでくれ」「
花火が咲く夜空の下、彼の腕の中は広くて暖かかった。桜のあごを支えていた手は、いつのまにか彼女の後頭部に回されていた。長くて綺麗な指が、彼女の豊かで柔らかい髪の間に差し込まれる。キスは優しいものから情熱的なものに変わり、彼女特有の甘い香りを少しずつ奪っていくのだった。彼女は慣れていなくて、まったく彼の相手にならなかった。激しい胸のときめきの中で、呼吸は少しずつ彼に奪われていき、抵抗することもできず、足は立っていられないほど力が抜けてしまった。でも、腰に回された彼の腕は、ずっとしっかりと彼女を支えてくれていた。長くて熱い口づけは、しばらく続いた。キスが止むと、彼女はだらしなく彼の腕の中にもたれかかり、少し開いた唇で、はあはあと息を切らしていた。この息苦しさは、息ができなくなるのとは全然違う。全身の血が沸き上がって、頭のてっぺんから足の先まで痺れ、くらくらするものだった。安人は、彼女の呼吸が落ち着くのを少し待ってから、そっと顔を覗き込み、指の腹で赤くなった頬を優しく撫でた。彼の薄い唇がかすかに弧を描く。口を開くと、その声は低く、少しセクシーにかすれていた。「教えてくれ。どう感じた?」彼女はぱちぱちと瞬きをした。彼が何を言っているのか、すぐに理解できなかったようだ。すると安人は、キスで濡れて艶っぽくなった彼女の唇を指の腹でそっと撫でた。「俺がお前にこんなことをして、嫌な気持ちになったか?」彼女は一瞬動きを止め、そっと下唇を噛んだ。少ししてから、うつむいて、正直に首を横に振った。安人は、くすっと笑った。「嫌じゃないのか。じゃあ、気持ちよかったか?」そう聞かれ、桜は、思わずかっと顔が熱くなるのを感じた。なんでそんなこと聞けるのよ!彼女はそう思った。そして、顔を赤らめたまま、桜は慌てて後ろに下がろうとした。しかし、手応えを感じた彼が、このまま彼女を逃すわけがなかった。それから彼女は再び彼の腕の中に閉じ込められた。彼の意図を察して、桜はまつ毛を激しく震わせて何かを言おうとした。「碓氷さん……ん……」だが、安人は再び唇を重ねてきて、キスをさらに深めていった。彼女は彼の胸の服をぎゅっと掴み、頭がくらくらした。今夜飲んだ甘いお酒が一気に頭に上ってきたみたいだ。息継ぎがうまくできないのと、お酒のせいで、最後には目の前が真っ
そして、静まり返った真夜中、彼は何度も書斎のパソコンの前に座っていた。その度にマウスを動かしながらツイッターやSNSを遡り、桜のデビュー以来十年間の活動を追った。桜は20歳の時、とある歌番組に出演した。透き通るような歌声で、一時は高い評価を得た。しかし、それも長くは続かず、彼女はたった3回の収録で他のタレントと交代させられてしまったのだ。安人が気にかけて調べてみると、彼女の代わりに番組に出たのは、所属事務所の別の女性タレントだった。その理由なんて、安人は調べるまでもなく察しがついた。事務所が桜を干したり、思い通りに操ろうとしたりし始めたのは、多分あの時からだっただろう。それ以来、桜のスキャンダルが次々と報じられるようになった。それに伴って、彼女の芸能活動は急降下し、だんだん仕事も減っていき、ついには完全に干されてしまった。人を好きになるということは、その人のことを知りたいと思うことから始まる。安人は、桜のことを調べれば調べるほど、彼女のことを知れば知るほど、その境遇に胸を痛めるようになった。本格的に行動を起こそうと決心したのは、優希からある話を聞いたからだ。悠翔が、桜に近づくために有名監督からの映画のオファーを断ったらしい。そして、桜が今レッスンを受けている劇団に、どうしても入りたいと言っているそうだ。安人は口では「悠翔が成功するはずがない」と言っていた。でも、心の中ではその知らせを無視できずにいた。現に、その知らせを聞いてから、彼がここに来るまでの丸三日間、心はずっと落ち着かなかった。優希は彼のいつもと違う様子に気づいて、わざわざ会社まで会いに来た。その時、優希はこう言っていた。「お兄ちゃん。女の私だからわかるんだ。桜は絶対あなたのことが好きだよ。でもあなたが言うように、彼女はまだ子供っぽいし、それに育った環境もあって自分に自信がないの。だからきっと、この気持ちをずっと隠しておくつもりなんだと思うわ。彼女は女の子でまだ若いから、自分から告白に踏み出せないのも当然でしょ。もしあなたも彼女が好きなら、男らしくぐずぐずしないで自分から行動しなきゃ。彼女が未熟かなんて気にしないで、好きならハッキリ教えてあげなきゃ。そういう『育んでいく恋愛』も、素敵じゃない!」その場で、安人は優希の言葉に何も答えなかった。しかし、優希
酔ってはいたけど、記憶がなくなるほどではなかった。ついさっき、安人を引きとめて色々話してしまったことを康弘は思い出した。後悔と同時に、自分の話が桜に悪い影響を与えないかと心配になったのだ。安人は彼の心配を察して、なだめるように言った。「そんなに気にしないでください。むしろ桜さんのことを話してくれて、感謝しています。おかげで、彼女をより深く知ることができましたから。安心してください、俺がいる限り、全力で桜さんを守ると約束します」康弘は康人の顔を見て、力強く頷いた。「うん、君のその言葉を聞けて、安心したよ」目頭が熱くなるのを感じた康弘は、また取り乱してはいけないと慌てて言った。「もうすぐ12時だ。そろそろ初詣に行く準備しないと」「はい、桜さんも起こさないとですね」「なら、いいや」康弘は慌てて手を振った。「毎年行ってるから、そんなに焦らなくても大丈夫だ」そう言われると、安人も無理に桜を起こすのは忍びないと思って言った。「じゃあ、桜さんが目覚めるのを少し待ちましょう」それを聞いて、康弘も彼の気遣いに感心したかのように、笑って頷いた。それから、二人は一旦桜が起きてくるのを待つことにした。そこで康弘は安人に言った。「桜は毎年、初詣に行くのを楽しみにしてるんだ。今年は君が一緒にいてくれるから、きっともっと喜ぶだろうな」安人は口角を上げた。「これからは毎年大晦日に、彼女を連れて帰ってきますよ。一緒に年を越しましょう」康弘は手を振った。「いや、それはいい。気持ちはすごく嬉しいけど、女の子は嫁いだら、嫁ぎ先の家を優先しなくちゃ。この辺りの嫁はみんな、大晦日には旦那さんの家で過ごすもんなんだ。実家に帰ってきたりしたら、周りに色々言われちまう」本来なら、安人はそんな保守的な考えには賛成できなかった。でも、地域ごとの考え方の違いは、自分一人でどうにかできるものではないことも分かっていた。それに、桜とはまだ結婚の話が出ているわけでもない。だから、この話題をこれ以上続けるのは適切ではないと思った。しばらくして、康弘は時間を確認した。「そろそろ時間だ。私はお焚き上げの札の準備とかがあるから、君は桜を起こして、先に行きなさい」安人は頷くと、桜に向かって歩いた。一方、桜はまだソファに丸まっていた。そして、いつの間にか、その小さな顔
まあ、いいか。酔っ払いを相手にしても、話が通じるわけないか。「今はもう11時過ぎだけど、さっき三浦さんが言ってた初詣なんだけど、どうする?」「初詣行くよ」桜は首をかしげた。「除夜の鐘を聞くんだから、12時を回ったらゴーンって鳴って、すごいのよ!」安人もこれまで除夜の鐘なんて間近で聞いたことがないから、行ってみたいと思った。桜は酔ってはいたが、安人と初詣に行って除夜の鐘を聞く約束は、まだ忘れていなかった。「碓氷さん、今何時?」安人は無意識に手首に目をやったが、腕時計をさっき外したばかりだったことに気づいた。彼は一瞬動きを止め、振り返ってテーブルの上から腕時計を取って時間を確認した。「もうすぐ11時半だ」一方、桜は、彼が手慣れた様子で高級腕時計を手首にはめるのを見ていた。彼女は真剣な眼差しで見ていたが、思ったことがつい口から漏れてしまった。「顔もかっこいいし、手も綺麗だし、スタイルも文句なしだし……碓氷さんって、何か欠点とかあるんですか?」そう言われ、安人は眉間にしわを寄せた。スタイル?彼は呆れて鼻で笑った。だが、彼女はいたって真面目な顔をしていたから、彼は思わず気になって尋ねた。「どうして俺のスタイルがいいなんて分かるんだ?」「え?」桜は顔を上げると、彼の深く、漆黒の瞳と視線が合った。すると、彼女が瞬きを繰り返すと、脳裏にいくつかの光景がよぎった。「見たことあるもん」彼女は潤んだ瞳を細め、確信に満ちた口調で興奮気味に言った。「腹筋が割れてました」安人は言葉を失った。「うん、割れてた……」桜はすぐに首を振り、懸命にその光景を思い出そうとした。「あれ?何個割れてたっけな?」そう言われ、安人の表情が曇る。彼女があまりに真剣に思い出そうとしているのを見て、なんだか面白くなかった。「俺は女の子に腹筋を見せた記憶は、まったくないんだが。桜、よく思い出してみろ。一体どこの男の腹筋を見たんだ?」「あなたが見せたんだもん」桜は安人を見つめ、きっぱりと言い切った。「夢の中で!それに、触ったんだから」それを聞いて、安人はなんて言っていいか分からなくなった。彼はとんでもないことを知ってしまったようだ。「でも残念だなぁ、何個だったか、はっきり思い出せない……」安人はこめかみを押さえた。「桜、お前
一方、健三は安人を見て、少し驚いた。「こちらは……」彼女は安人を見て、言葉を濁した。「この人は、わたしの」「彼女の恋人です。はじめまして」安人は改めて堂々と自己紹介し、健三に手を差し出した。こうして、安人は持ち前の気迫を以て、簡単にその場を収めたのだった。健三は一瞬ぽかんとしたが、すぐに我に返って安人と握手した。まるで町内会長と話すときのような丁寧な態度で言った。「これはどうもご丁寧に。三浦です。桜たちとは長いご近所付き合いなんです」「ああ、あなたが三浦さんでしたか。彼女からお話は伺っています。いつもお世話になっております」「いえいえ、とんでもない」健三は手を引っ込めると、彼女を見てにこにこと笑った。「桜さんは見る目があるねえ。彼氏さん、すごくかっこいいじゃないか。二人が並んでいると、まるで絵に描いたみたいにお似合いだよ!そりゃあ、康弘さんも嬉しくて飲みすぎちゃうわけだ。将来のお婿さんが挨拶に来たんだから、興奮するのも無理ないよな」彼女は黙ってしまった。頭の中はもうぐちゃぐちゃで、何も考えられずにいた。自分たちはただ恋人の振りをするだけのはずだったのに。どうしてこんなに予想と違う方向に進んでるんだろう?それから、健三は手を振って言った。「彼氏さんがいるなら、私も安心だ。初詣は康弘が起きたら一緒に行けばいいさ」彼女は頷いた。「はい。三浦さんも、よいお年をお迎えしてくださいね」「ははは、じゃあ、そろそろお暇するよ。良いお年を」そそくさと帰る彼を見て、桜はまたしても言葉を失った。そして、健三が帰ったあと、彼女と安人も家の中に戻った。彼女は甘酒の入った保温ジャーをローテーブルに置くと、振り返った。すると、安人がまたキッチンに入っていくのが見えた。彼女は安人の背中を見つめながら、不思議そうに首を傾げた。さすがに鈍感な彼女でも、この時にはもうピンときていた。今夜の安人の一連の行動は、ただ恋人の振りをするというだけでは説明がつかない気がする……もしかして……彼は私のことが好きなんだろうか?その考えが浮かんだ途端、彼女は自分でびっくりしてしまった。そんなおこがましいこと、考えちゃだめだ。安人が自分を好きだなんて、ありえない。彼女はぶんぶんと頭を振って、自分の頭をぽんと叩いた。そして、「思
綾はこの一週間、輝星エンターテイメントの新人に活躍の場を与えるため奔走していた。一方で、要はあの日から姿を消していた。綾は、若美の妊娠で、しばらくはN国に滞在するのだろうと思っていた。......2月中旬、北城では雪が止んだ。それでも、相変わらず寒さは厳しかった。この日、仕事を終えた綾は、若美からメッセージを受け取った。【綾さん、帰国しました。一度、会いたいです】綾は少し驚いた。妊娠している若美が、わざわざ帰国するとは一体何の用だろう?綾はメッセージを送った。【契約解除についての話なら、直接、木村さんに連絡して】若美は返信した。【H市での母の葬儀と妊
要は綾の頼みを聞き入れた。ただし、綾の体調がもう少し良くなってからという条件付きだ。そして、外出する時は必ず誰かが綾に付き添うこと。綾は明美に付き添って欲しくなかった。そこで若美が自ら名乗り出た。綾は仕方なく承諾した。3日後、綾は若美に付き添われて外出した。目的地はS市中心部にある最大のショッピングモールだ。その日、要には急用があり、同行できなかったため、拓馬にボディーガードを連れて、二人を守るようにと指示をした。ショッピングモールに到着すると、二人はエレベーターで3階の衣料品売り場へ向かった。若美はベビー服を見たかったのだ。綾は彼女に連れられて一緒
若美は頷いてから、もう一度尋ねた。「じゃあ、また海外に行かれたりします?」要は綾の方を見て、「いいえ、その予定はありません。これからは北城にずっといますので」と言った。綾はケーキの最後の一口を食べ終え、空になった皿を持って立ち上がった。「じゃ、ゆっくりしてて、私は先に失礼します」綾が帰るのを聞いて、若美は慌てて追いかけようとした。「綾さん、ちょっと待ってください......きゃっ!」綾は若美が自分を呼ぶ声を聞いて立ち止まった。しかし、勢い余ってぶつかってしまい若美はそのまま悲鳴を上げて椅子に座っていた要の方へ倒れていった。綾はとっさにテーブルにつかまり、何とか体勢を崩さずに
輝は言葉を詰まらせ、音々を値踏みするような目で見て言った。「どうしてそれを知っているんだ?」「二宮さんから個人的に連絡がありました」輝は驚いた。「綾から連絡があったのか?」「ええ」音々は頷いた。「北条さんの様子がおかしくて、彼女は最近、彼に付きまとわれて簡単に見逃してもらえなさそうだと察したから、私を雇って、子供たちを守ってほしいと頼んで来たんです」「どういうことだ?」輝は焦って尋ねた。「綾は自分が危険にさらされることを知っていたのか?」音々は頷いた。「あのお菓子の事件以来、二宮さんはずっと北条さんを警戒していました。北条さんは誠也のせいで、子供たちに恨みを持つかもしれない