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第22話

Author: 栄子
綾が家に戻ったのは午後4時過ぎだった。

住み込みの家政婦である高橋は昼には到着していた。

高橋は雪市出身で、澄子とほぼ同い年。性格はさっぱりしていて手際が良く、特に料理の腕前は抜群で、澄子はとても満足していた。

夕食は高橋が作り、澄子は手持ち無沙汰だったこともあり、手伝いをしながら料理を習い始めた。

澄子は料理の腕前はまあまあだったが、簡単な数品しか作れなかった。何しろ、かつては名家の令嬢であり、二宮家への嫁入りも家柄が釣り合っており、生活面では当然、専門の使用人が世話をしていたのだ。

綾も、彼女が5年間の獄中生活の苦しみを味わい、出てきてもなお、何でも自分でやらなければならないことに心を痛めていた。

彼女は今や能力があり、母親に最高の生活を与えたいと全力を尽くそうと思っていた。

このマンションは工房に近いものの、周辺施設は一般的だった。

綾は一時的に書斎を住み込みの家政婦に住んでもらうことにして、年明けに工房近くのマンション群で、川沿いの景色が見える別荘をもう一軒買うつもりだった。

そのマンション群は緑化が進んでおり、敷地も広く、別荘には前庭と裏庭があり、花や草を植えることができ、澄子が老後を過ごすのにとても適していた。

夕食後、綾は澄子に、明日から出張で、おそらく10日ほど留守にすると伝えた。

澄子は疑うことなく、綾に安心して仕事に行くように言い、家には高橋が付き添ってくれるので心配いらないと付け加えた。

綾はそれでようやく安心した。

その夜、綾は母親と一緒に寝た。

母と娘はベッドに横になり、心の内を語り合った。

主に澄子が話し、綾が耳を傾けていた。

話す内容はやはり、あの頃のことだった。

5年間の刑務所生活は、彼女にとってあまりにも苦しかった。娘が彼女の心の拠り所となっていたのだ。

澄子は幼い頃から江藤家の教育方針の下で育ち、江藤家は彼女を最もふさわしい政略結婚の相手として育て上げた。

成人した澄子には特に自分の意見というものがなく、二宮家に嫁いだ後、夫の不倫に直面しても、実家が許さないため、離婚を切り出す勇気がなかった。

彼女はただ耐え忍ぶことしか選べなかった。

しかし、澄子の忍耐が夫の憐れみを得ることはなく、夫は優しい愛情を外の愛人に注ぎ、残忍な拳は澄子に向けられた。

裏切られても、彼女は耐え忍ぶことを選び、家族
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Comments (3)
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岡田由美子
酷い話ね。でも断れないのかな?おかしな話だものね
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我妻寿恵
いつになったら離婚出来るの? これに限らず、やたら引き延ばすお話多いよね
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YOKO
この人振り回されすぎよー。素直に夫で苦労した挙句に実刑受けた母親の言葉を聞いて即関わり停止した方が彼女の未来が開けるかと。
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