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第297話

Author: 栄子
街灯の下、男は一歩ずつ彼女に迫ってきた。

綾は、その場に立ち、動じることなく男を見つめていた。

4年という時間を隔たり、二人の間の狭間はまるで経年劣化を経たようだった。

冷淡な表情をしている彼女を見て、誠也は複雑な思いに駆られた。

彼女は生きていた。

予想通りだったので、特に驚くこともなかった。

ここ2年、文化財関係のニュースには特に注意を払っていたから、絵美が綾だと薄々気づいていた。

だが、あえて捜しには行かなかった。

綾が生きていて、まだ離婚していなければ、いつか彼女の方から連絡してくるはずだと確信していたからだ。

再会する時の様々な場面を想像していたが、こんな場所で会うことになるとは思ってもみなかった。

自分たちの子供を埋葬した、この墓地で。

誠也は立ち止まり、綾を見て眉を少しひそめた。「息子に会いたかったら、俺に直接言えばいいだろう」

その場違いな言葉に、綾は思わず眉をひそめた。

2人が言い争いを始めるのではないかと心配した丈は、慌てて間に入った。「碓氷さん、この件については私から説明を......」

誠也は丈を一瞥した。「つまり、あなたはずっと綾の居場所を知っていながら、俺に黙っていたということか?」

丈は言葉に詰まった。

「丈、これは俺たち夫婦の問題だ」誠也は手を伸ばして丈を押し退けた。「余計な手出しはするな」

よろめいた丈は、体勢を立て直すとため息をついた。「嘘をついたことは悪かったと思っている。だけど、落ち着いてくれ。せっかく再会できたんだから、ちゃんと話し合おう。もう自分勝手にことを荒立てるな!」

しかし、誠也は耳を貸さなかった。

彼は冷たく言った。「俺ではなく丈に連絡するとは。そんなに俺を恨んでいるのか?」

「ええ、恨んでいるわ。ここに埋葬されているのがあなただったらよかったのに」綾は冷淡な表情で言った。「それに、私たちはもう4年も別居している。それでも穏便に離婚してくれないのなら、起訴をするつもりよ」

誠也はしばらく彼女を見つめていた。「お前が離婚にこだわるのは、俺と遥のことが原因なのか?」

綾は眉をひそめた。彼女が口を開く前に、誠也は続けた。「俺と遥は、お前が考えているような関係じゃない。俺たちの恋愛関係は全て見せかけなんだ。彼女の秘密を守るために......」

「あなたと彼女がどんな関係なのかは
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