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第475話

Author: 栄子
「うん」安人は嬉しそうに言った。「母さんとお父さんと中島おばさんと優希ちゃんがいて、それと輝おじさんと彩おばさんと、幼稚園にはルナ先生と友達もいるし......」

綾は、楽しそうに名前を挙げる息子の声を聞きながら、心が軽くなっていくのを感じた。

午後、葛城弁護士から訴訟について問い合わせの電話があった。

綾は葛城弁護士に、訴訟は一旦見送ると伝えた。

今の状態も悪くない。誠也とは別々の生活を送り、子供を共同で育てている。

一番大事なのは、子供たちが両親から十分な愛情を注いでもらえていることだ。それに越したことはないのだ。

......

一週間後、学生たちは夏休みを迎えた。

綾が出資したアニメ制作会社による、初のオリジナルアニメ映画が公開された。

興行収入は好調だった。

わずか一週間で、このアニメは大ヒットとなった。

伝統楽器の要素を取り入れたことが、話題を呼んだ。

綾自身もこのアニメの制作に参加しており、伝統楽器を描いたシーンはすべて彼女が手掛けたものだ。

制作担当の署名には【植田絵美】の名前が載っている。

これは、今の彼女の業界内でのペンネームだ。

制作者一覧に【植田絵美】の名前が現れると、たちまち新たな話題を呼んだ。

公開3週目、興行収入は予想を上回る好成績を記録した。

これは会社にとって、非常に強力な基盤となるだろう。

「JCアニメーション」は一躍有名になり、責任者の渡辺卓(わたなべ たく)は、この朗報を綾に伝え、祝賀会を開くことを提案した。

社員は皆、若く、成果を出したことでやる気が高まっていたのだ。

綾も出資者として、彼らの熱意をもみ消すようなことはしたくなかった。

だから、彼女は卓の提案に同意した。

了承をもらった卓は、綾に祝賀会への出席を強く求めた。

綾は、表に出るのが好きではないので、本当は行きたくなかった。

しかし、二人の子供たちのことを考えると、考えが変わった。

綾が会社の出資者として祝賀会に出席すると聞いて、輝は驚いた。

「どうしたんだ?急に」

「絵美のペンネームはまだ伏せておくけど、私自身の社会的地位を徐々に確立させていく必要があると思ったからよ」

しかし、輝は理解できなかった。「なぜ急にそんな地位を確立させたいと思うようになったんだ?」

「子供たちはいつか大きくなる。誠也と共同で育てる
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