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第586話

Author: 栄子
「綾?綾......」

綾が目を覚ますと、すぐ傍にいた男が慌てて立ち上がった。

「綾、目が覚めたか。具合はどうだ?」

綾は輝をじっと見つめた。まだ意識がはっきりしていない。

また誠也の夢を見た......

輝は反応のない綾の様子に、額に手を当てた。「熱はないな。脳震盪とかじゃないだろうな?」

我に返った綾は、心配そうに覗き込む輝に言った。「大丈夫」

「良かった!」輝は胸を撫でおろした。「脳に異常がなくて安心したよ」

「私が事故にあったって、どうしてわかったの?」

「親切な人が救急車を呼んでくれてね。佐藤先生から電話があって、君が事故にあったことを知ったんだ」

綾は尋ねた。「その親切な人、見かけなかった?」

「いや、見てないよ。どうかしたのか?」

綾は平静を装って言った。「命を助けてもらったんだもの。直接お礼を言いたいと思って」

「ああ、何人か親切な人がいたらしいよ。警察に通報した人や救急車を呼んだ人がいたみたいだけど、連絡先は残してないみたいだ」

それを聞いて、綾はそれ以上何も言わなかった。

もしかしたら、本当にただの夢だったのかもしれない。

しかし、事故の前に受けた電話を思い出して、綾は勢いよく上半身を起こした。

「動くな!」輝は慌てて綾をベッドに押し戻し、眉をひそめて注意した。「点滴が繋がってるんだぞ!」

「私の車はどこ?」焦った様子で綾は尋ねた。「車の中に、とても大切なものが入っているの!」

「車は修理工場に送った。車の中の荷物は全部取り出して、私の車に積んであるから、心配するな」

「お菓子は見なかった?」

「お菓子?」輝は首を横に振った。「見てないな」

ない?

綾は眉をひそめた。

もしかして、あのお菓子に何か問題があったのだろうか?

「綾、どうしたんだ?お菓子なんて、そんなに大切なものじゃないだろ?」

綾はあの電話を思い出した。相手は、自分が何をするつもりか知っていたようだ。

そして、その人物と要はどんな関係があるのだろうか?

さらに、要は本当に自分の子供に危害を加えるつもりなのだろうか?

綾の心には、たくさんの疑問が渦巻いていた。

しかし、まだ何もわからない。今は輝には話さないでおこう。

輝を巻き込みたくない。

......

午後、輝が仕事に出かけると、雲が綾の付き添いに来た。

丈がやって
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