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第606話

Author: 栄子
綾はこの一週間、輝星エンターテイメントの新人に活躍の場を与えるため奔走していた。

一方で、要はあの日から姿を消していた。

綾は、若美の妊娠で、しばらくはN国に滞在するのだろうと思っていた。

......

2月中旬、北城では雪が止んだ。

それでも、相変わらず寒さは厳しかった。

この日、仕事を終えた綾は、若美からメッセージを受け取った。

【綾さん、帰国しました。一度、会いたいです】

綾は少し驚いた。

妊娠している若美が、わざわざ帰国するとは一体何の用だろう?

綾はメッセージを送った。【契約解除についての話なら、直接、木村さんに連絡して】

若美は返信した。【H市での母の葬儀と妊婦健診のため帰国しました。明日にはN国へ戻ります。もう当分戻って来られないので、帰る前に、もう一度、あなたに会いたかったんです】

若美の母親の葬儀?

綾は若美の家庭環境を大体把握していた。

若美はH市にある貧しい山村で生まれ育った。家には4人の女の子と1人の男の子がいた。

その村はひどく保守的な風習があった。

自由に伸び伸びと育てられない子供だって、たくさんいるのだ。

若美がそこから抜け出せたのは、母親のおかげだった。

彼女がここまで来るための交通費や生活費だって、実は母親がこっそり出してやったものなんだ。

それは若美の母親が生涯かけて貯めたへそくりだったらしい。

若美の母親は、若美になんとかしてそこから抜け出して、自分らしく生きてほしいと願っていた。

しかし、若美は自分の愛していない男のために、苦労して手に入れた成功を棒に振ろうとしている。

結局女は恋愛体質になってしまうのが一番怖いのだ。

悩んだ末、綾はやっぱり若美に会いに行くことにした。

月曜日の朝、健太は綾を若美が滞在しているホテルまで送った。

車から降りる前、綾は健太を見て言った。「誰かに似てるって言われたことない?」

健太は一瞬動きを止め、「社長は私が誰に似ているとお思いですか?」と尋ねた。

「私の死んだ元夫に」

健太は言葉に詰まった。

「健太、あの日、マスクを外したとき、よく見ていなかったの。もう一度、マスクを外して見せてくれる?」

健太は軽く咳払いをした。「社長、私は顔を怪我していて、人前に出るのが怖いんです。どうかご容赦ください」

綾は軽く唇を上げた。「慌てないで。私は友
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