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第658話

Auteur: 栄子
「無菌病室に移して経過観察する必要があります。背中に大きな皮下出血が見られますが、山で何かあったのでしょう。今は出血は止まっているようです」

白血病患者はちょっとした怪我でも危険で、皮膚に損傷がなくても、広範囲の皮下出血は深刻な結果に及ぶことがある。

今の綾はとても弱っていた。

ごく普通の病原菌でも、病状を悪化させる可能性がある。

誠也は頭が混乱していた。綾が病気になったことを、まだ受け入れられないでいた。

しかし、こうなってしまった以上、現実を受け止め、綾を治療する方法を早く見つけなければならなかった。

「骨髄移植以外に治す方法はないですか?何か方法があれば......」

「白血病なんですよ」誠也の質問を察した祐樹は、ため息をついた。「しかも、最も危険なタイプの白血病です。私に何かできることがあったとしても、何年もかかります。でも、彼女はそんなに待てないです......」

それを聞いて、誠也は苦しそうに目を閉じた。

......

綾は三日間、意識を失っていた。体温やその他の数値は徐々に正常に戻ったが、目を覚ますことはなかった。

誠也は毎日無菌服を着て綾の病室に行き、何時間も付き添ってあげた。

組織からの連絡がなければ、一日中綾のそばにいてあげたいくらいだった。

三日後、良い知らせが届いた。

結婚式場の作戦は大成功だった。銃弾を受けて崖から転落死した要の遺体は見つかっていないものの、残りのメンバーは全員捕まった。

その後一週間、組織は特殊部隊を派遣し、誠也の情報と逮捕されたリーダーたちの証言に基づき、複数の拠点を壊滅させた。

こうして、10年以上続いた「グレーミッション」はついに大成功を収め、残された勢力も全て一掃された。

これで、誠也はついに任務を終え、自由の身となった。

......

この日、一週間降り続いたS市の雨は上がり、晴れ間がのぞいた。

誠也が病室に入ろうとした時、利夫からの電話がかかってきた。

着信を見て、少し迷った後、彼は電話に出た。

「おめでとうございます」電話口で、利夫の嗄れた声が聞こえた。「十年、ようやく終わりました」

誠也は電話を握りしめ、しばらく黙っていた。

そして、ようやく口を開いた。「松本さんも、これまでお疲れ様」

「私はもう年ですから」利夫は笑った。「あなたこそもう若くはないのに、この
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