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第665話

Author: 栄子
一時間後、手術室のランプが消えた。

ドアが開いた。

誠也が真っ先に駆け寄り、「綾の容態はどうなんだ?」と叫んだ。

星羅はしゃがみ込んだまま、足がしびれて立ち上がれなかった......

「とりあえず峠は越えた」丈はマスクを外し、しゃがみ込んでいる星羅に手を差し伸べた。泣き腫らした彼女の目を見て、ため息をついた。「入院が必要だ」

星羅は丈の手を握りしめ、「治るんでしょ?丈、あなたはこの分野の専門家だよね。きっと治せるのよね?」と尋ねた。

「全力を尽くす」丈は星羅が聞きたい答えを分かっていた。しかし、医師として、彼は真実を話さなければならなかった。

星羅と丈は長年連れ添った夫婦だ。丈の言葉の真意を理解しないはずがないのだ。

全力を尽くす、とは言ったが、治せる確証はないのだ。

星羅は再び涙を流し、「綾ったら、どうしていつもこんなに不運なの......」と呟いた。

「星羅、辛いのは分かるけど、もう泣いちゃダメだ。目がすごく腫れてる。それに、こんなに感情的になって、またホルモンバランスが崩れたら、お母さんにあれこれ言われるぞ......」

「綾がこんな状態なのに、そんなこと言ってる場合!」星羅は怒って彼を叩いた。「丈、あなたには少しの共感する心がないの?綾は今命の危機にさらされているのよ!」

丈は星羅を慰めようとしたのだが、彼女の地雷を踏んでしまった。

「星羅、悪かった。辛いのは分かっている。でも、もう起きてしまったことだ。泣いても仕方ない。今は綾さんに合う骨髄を探すのが先決だ」

それを聞いて、星羅は泣き止んだ。

「綾は珍しい血液型なの......」星羅はさらに絶望した。「普通の人の骨髄でも適合するのを見つけるのは難しいのに、ましてや珍しい血液型なんて......」

丈の表情は真剣だった。「珍しい血液型は適合率が低いのは確かだが、国際的にも適合例がある。それも数年前のことだ。今は世界中で情報バンクが同期しているから、希望はあるはずだ」

星羅は唇を噛み締め、すすり泣きながら言った。「そうだわ、入江さん......入江さんも白血病だった。彼女は飛び込み自殺までしたのに奇跡的に助かった。もしかしたら綾も......きっと大丈夫よ」

「ああ、だから落ち着いてくれ。今すぐ情報バンクで確認する。それに碓氷さんにも人脈がある。みんなで力を合わせれば、きっと
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