LOGIN共通テストの自己採点結果が出たあの日、私、古谷未来(ふるや みらい)は彼氏の三浦修平(みうら しゅうへい)と、卒業記念旅行の帰りの新幹線に揺られていた。 もちろん、血の繋がらない姉の浅見千佳(あさみ ちか)も一緒だった。 千佳は昔から窓側の席を譲らない。修平は当然のようにその隣に腰を下ろす。 気づけばこの旅の間、一人取り残されているのはいつも私だった。 「僕とちぃちゃん、志望学部のことちょっと話したいんだけど。みぃちゃんはまだ自己採点、微妙な感じでしょ?隣でドラマでも観てて」 車窓の景色が流れていくあいだ、ふたりの笑い声だけが響いて、私の入る隙間はどこにもなかった。 これが、修平が3年前から約束していた卒業記念旅行の「現実」だった。 午前10時、予告されていた通り、各予備校から解答速報が出そろった。 千佳が声を弾ませて修平に抱きつく。 「やったぁー、この判定なら、西京大のどの学部でも狙えるよ!」 修平も笑って答える。 「グループチャット見てよ。親たちがもうお祝いメッセージのラッシュだから」 私はふたりの後ろの席で、それを黙って聞いていた。ふいに、スマホから両親の弾んだ声が聞こえてきた。 「ちぃちゃんも修平も、こんなに取れるなんて!ほんと自慢の子たちよ」 続けて、修平の両親の声も混じった。 うつむいたままスマホを開くと、グループチャットにはやはり招待されていなかった。私を気にかける声は、どこにもなかった。 もういい。あのふたりはもう、これからの人生を選び終えたんだから。 私も、私だけの未来へ、迷わずに進めばいい。
View More修平は、学部棟の入り口に立っていた。ずいぶんと憔悴しきった、哀れな姿だった。私を見つけた瞬間、その落ちくぼんだ目に異様な光が差した。「みぃちゃん!何度もお前を探しに来たんだぞ。やっと会えた!」その声には、昔と変わらない、甘えるような、どこか拗ねた響きが残っていた。彼が手を伸ばそうとしたので、私は何歩も後ずさった。「修平、いったい何のつもり?もう十分すぎるほど分かったでしょ」私は長い間、確かに彼への想いを抱いていた。これまで一度だって、彼にきつい言葉をぶつけたことなどなかった。そんな私の冷ややかな拒絶に、彼はまるで自分が傷つけられた被害者であるかのように、その場で固まった。「い……今、なんて言ったの?僕がこの数ヶ月間、どれだけお前を想って苦しんでいたか、分かってる?西京大でずっとお前が戻ってくるのを待っていたのに、なんで連絡もなしに、こんな遠くの香江大なんて選んだんだよ!」私は手首の時計に冷ややかに目をやった。もうすぐ午後の講義が始まる時間だった。これ以上彼の感傷に付き合う気力もなく、ただ事実だけを率直に告げた。「あなたと千佳の顔を、二度と見たくなかったからよ。目に入るだけで不愉快だったの。これでお望みの答えになった?」言い終えると、彼の脇をすり抜けて校舎へ向かおうとした。その瞬間、彼が突然背後から手を伸ばし、私を抱きしめてきた。「頼むからやめてくれ!僕とちぃちゃんの間には本当に何もないんだ!勝手に誤解して僕を捨てないでくれ、頼むから!」その不快な腕を振りほどけず、私は思い切り鋭い悲鳴を上げた。すぐに異変に気づいた周囲の学生たちが、四方八方から集まってきた。みんなで修平を引き離し、口々にこの無礼な男を非難し始めた。誰かがすかさずスマホを構え、彼の取り乱した姿を撮影し始める。「女子学生に対する迷惑行為だ。ネットに動画を上げてやろうか!」「いい大人が、嫌がる女の子相手に何やってるんだ。今すぐ離れないと痛い目を見るぞ!」「もうキャンパスの警備員を呼んだからな。そこで大人しくしてろ!」修平は激しく取り乱しながら、カメラのレンズを手で隠しつつ弁解した。やがて駆けつけた警備員が、彼の両腕をしっかりと取り押さえる。「違うんです、誤解なんです!僕は彼女の彼氏なんです!恋人同士の痴話喧嘩で、迷惑行為
手にしていた記念品が、からり、と音を立てて冷たい床に落ちた。血の気が引くのを感じながら何度も後ずさり、背後の段差につまずいて、その場に深く尻もちをついた。両親が慌てて駆け寄り、助け起こそうと手を伸ばしてきた瞬間、封印しかけていた息苦しい記憶が、心臓を直接握りつぶすような鋭い痛みとともに、一気に脳裏へあふれ出た。「触らないでっ!」両親の手が、不自然に宙で止まった。その目に、かつて見せたことのない苦く沈んだ色が浮かぶ。「みぃちゃん……どうしたの、お母さんよ」止めどなく涙が頬を伝い落ちる。喉を詰まらせ、しゃくり上げながら、私は心の底に溜まり続けた言葉を絞り出した。これまでずっと見過ごされ、空気のように当たり前に扱われてきた、絶望の瞬間のひとつひとつを。「違うよ……私の心の中では、あなたたちはもうとっくに、親なんかじゃない!私には、他人の好みばかり覚えている母親なんていらない!私がどれだけ頑張っても一度も認めてくれなくて、いつも私を他人以下に扱う母親なんて、もういらないの!」私は、隣で気まずそうに黙り込み、涙を浮かべる父へ憎しみの視線を向けた。「私には、いつも私を平気で置き去りにする父親なんていらない。あなたたちにはもう、自慢の千佳がいるじゃない。なのになんで、私がやっと手に入れた静かな新しい生活まで、かき乱しに来るの!」母が取り乱したように前に出て、私の肩を抱きしめようとした。「違うの、そうじゃないの、みぃちゃん!」「ちぃちゃんは両親を早くに失った可哀想な子なのよ。あの子が健気に頑張っているのを見て、私たち、胸が痛くて仕方なくて。だからせめて、あの子には少しでも多く温もりを与えてあげたくて」母は持参した紙袋から、一着のワンピースを取り出し、震える手で私に押しつけようとする。私は差し出されたワンピースを拒み、ただ冷ややかに一歩下がった。「いらない。千佳の卒業記念写真の撮影には意気揚々と付き添って、実の娘である私の撮影を完全に忘れていたあの日から、そんなもの、もう二度と必要なくなっていたの」父が顔色を変えて前に出ると、私の腕を強くつかんだ。「みぃちゃん!どうしてそんなに心が狭いんだ!たかが卒業記念写真の撮影に付き添ってやれなかったからって、そこまで親を恨み続けるのか?これまでこれだけ金を出して勉強させ
飛行機を降りて、スマホの電源を入れた瞬間だった。まるでスマホが壊れたかのように、百件近い通知が一気に画面を埋め尽くした。数え切れないほどの着信履歴が並んでいた。母からのメッセージ。【みぃちゃん、あなたって子はどうしてそんなに我が儘なの?】【香江大に行くって、どうして私たちに黙ってたの?】【いったいどこに行ったの?いつになったらお母さんを安心させてくれるの?】修平からも大量のメッセージが届いていた。【みぃちゃん、西京大でもA判定だったんだって?どうして黙ってたんだよ!】【もう意地を張るのはやめて、おばさんをこれ以上心配させないで、早く帰ってきて】【香江大に行くなんて本気なのか?一度帰ってきて、ちゃんと話し合おう】冷ややかに画面を一瞥すると、迷うことなく全員をブロックし、メッセージもすべて削除した。空港の自動扉を抜けると、香江の熱を帯びた湿った風が正面から吹きつけてきた。胸の奥に、生まれ変わったような解放感と、確かな勇気が湧き上がってくる。私は、私だけの未来へ向かって一歩を踏み出した。空港を出てすぐ、ナビアプリで大学から指定された集合場所までの道を調べていたところ、ふいに中年の女性に肩を叩かれた。振り返ると、物腰が柔らかく、どこか知的な雰囲気をまとった女性が立っていた。彼女はスマホを掲げ、じっと私の顔と見比べてから、ぱっと手を叩いて笑った。「間違いない、あなたね」土地勘もなく、しかもひとりきり。自然と警戒心が湧き上がった。「どなたですか?私に何かご用ですか?」疑いの目で数歩後ずさり、スーツケースを強く握って逃げようと身構える。彼女は慌てて身分証を取り出そうとしながら、私を引き止めようとスーツケースの持ち手に手を伸ばした。そのただならぬ勢いがかえって私を怯えさせ、私は荷物すらその場に放り出して駆け出してしまった。貴重品の入った手荷物だけを抱え、呆然としたまま香江大のキャンパスにたどり着いた。道中もずっと、荷物を失くしたらどれほどの痛手になるだろうかと頭を抱えていた。多少の持ち合わせがあるとはいえ、今後の学費と生活費だけでも決して小さな出費ではない。早く奨学金や学内の仕事を見つけなければ。そんな焦りを抱えながら歩いていると、学部の教員や先輩たちが新入生を案内するために立っ
修平は一瞬息を呑み、慌てて前に出るとスマホを受け取った。画面に表示された判定結果と、香江大への合格を示す内容を何度も見つめる。それから自分のスマホを取り出し、見比べる。母を見上げたまま、唇は震えるのに、一言も反論の言葉が出てこなかった。なぜなら、私が本当に好成績を収め、香江大に合格していたのは事実で、彼自身が確かに「浪人する」と口にしたのも事実だったから。「おばさん……」母は手を振って彼の言葉を遮ると、そのまま踵を返して歩き出した。道すがら、何度も私に電話をかけ続けた。修平も会場の隅にしゃがみ込み、私に大量のメッセージを送ってきた。私は飛行機の中で、そのどれにも気づかなかった。家に着くと、母は待ちきれない様子でドアを開けた。家の中で私の名前を大声で呼んだが、どれだけ声を張り上げても、答える者は誰もいなかった。すぐ後を追って帰ってきた父と顔を見合わせ、ふたりは何かに気づいたように階段を駆け上がった。部屋は一見、いつもと変わらないように見えた。ただ、ゴミ箱の中には写真の束と、切り刻まれたチェキが捨てられていた。母はゴミ箱のそばにしゃがみ込み、1枚1枚拾い上げた。物心ついてから撮ってきた家族写真。幼稚園の頃から修平と撮ってきたツーショットも、すべて私の手で切り刻まれていた。思い出も、情も、この破片と同じように、私はすべてゴミ箱に捨てていった。父がクローゼットを開けると、私が大切にしていたプレゼントの数々が消えていた。通帳や印鑑、身分証も、一緒になくなっていた。母は床に崩れ落ち、狂ったように父を叩いた。「あなたのせいよ!あなたが千佳を無理やり引き取ろうって言ったせいで、みぃちゃんを失ったのよ」ドアが開き、千佳と修平が戸口に立っていた。母は気まずそうに顔を背けた。修平は千佳を背にかばうように立つ。「おばさん、みぃちゃんって昔から、自分のことを何でも話すような子じゃなかったでしょう。今回だって、成績のことを僕たちに何も言わなかったんです。知らなかったのは仕方ないじゃないですか。それを全部、僕たちのせいにされても困ります。それにみぃちゃん、前から急にどこかへ出かけること、よくあったでしょう?僕は、みんなが少し心配しすぎてるだけだと思います。今回も、どこかへ遊びに行ってるだけですよ」