ログイン理路整然とした返答を求めるシエナの問いに、ダミアンは一瞬だけ視線を窓の外へと投げた。その質問にはあからさまな疑念が込められており、ダミアンは突如として詰まったような感覚に襲われた。ダミアンは再びシエナに向き直ると、言い訳を試みた。「現にこうして君と一緒にいるんだ。自ら買いに行けるというのに、わざわざジョアナや使用人を介する必要がどこにある?」シエナは咄嗟に言葉を失った。喉に言葉が引っかかる。普段なら小さな事柄に関わることすら嫌がる傲慢なCEOの口から出たにしては、あまりに苦しく、不自然な言い分だった。しかし、一切の破綻を見せない彼の無表情さを前に、シエナはコーヒーについての議論をそれ以上深追いしないことを選んだ。車内に再び沈黙が降り立った。シエナは膝の上で固く組み合わされた自分の指先を見つめていた。意識は自然と、今朝からずっと彼女を苛んでいた最大の関心事へと引き戻される。「ブラックウェル様……」シエナは静かに呼びかけ、静寂を破った。「ダミアンと呼んでくれないか?」ダミアンはシエナを真剣に見つめながら、素早く言葉を挟んだ。「そんなに余計な格好をつけないでくれ、シエナ」ダミアンは、シエナの他人行儀な話し方に苛立ちを覚え始めていた。シエナは唇をキュッと結んだ。ダミアンに注意されたものの、シエナは取り乱すことなく、彼の言葉を深く受け止めなかった。「……では、今朝養護施設へ贈られたお品物についてですが。本当の理由をお聞かせいただけますか? 本当に、何の裏意図もお持ちではないとおっしゃるのですか?」シエナは真意を確かめようとした。ダミアンはゆっくりと体を向け、自分に対して疑いを崩さず、頑なに余計な距離を置こうとするシエナを見つめながら、重い息を吐き出した。信用されていないことへの不快感が胸を掠めたが、エドワードの言葉を思い出して声を抑え、落ち着いた、説得力のあるトーンを保った。「君の養護施設の定期的なドナー(支援者)になることに決めたんだ、シエナ」ダミアンは静かだが、力強く告げた。シエナは小さく息を呑み、信じられないというように目を見開いた。「今後、あの場所の賃料について頭を悩ませる必要もない」ダミアンはためらいなく続けた。「あの土地と建物は、支援者側から君たちの財団へ無期限で無償貸与されるものと考えなさい」シエナは助手席で固まった。頭の中で千
ダミアンの胸がかすかに脈打った。自分の善意を真っ向から疑うシエナの言葉に、苦々しい感情が胸を突いたのだ。しかし、エゴを抑えろというエドワードの助言を思い出し、ダミアンはその不快感をぐっと呑み込んだ。鼻から長いため息を吐き出し、表情を冷静に整える。「終業後に話すと約束したはずだ、シエナ」ダミアンは低く落ち着いた声で言った。「まずは車に入ってくれないか。ロータリーで人目に付くのは好ましくない」シエナは大きな疑念を抱いたままダミアンを見つめた。目の前の男の瞳には、かつて知っていたダミアンの面影――怒号も、威嚇も、理不尽な強制もない――が一切見当たらなかった。その変化があまりに異様で、シエナはかえって警戒を強めた。元妻の顔に浮かぶあからさまな迷いを見て、ダミアンは安心させるように再び口を開いた。「まず乗りなさい。車内で全て説明する」ダミアンは静かに言い、こう付け加えた。「君に確かめたい重要なことがあるんだ」シエナは体の横で固く拳を握りしめた。頭に浮かぶのは、養護施設の運命と、この男の機嫌ひとつにかかっている子どもたちの安らぎだった。子どもたちの居場所を守るため、シエナはついに折れた。静かに頷くと、車内へ足を踏み入れ、後部座席に腰を下ろした。ダミアンも続いて乗り込み、彼女の隣に座った。ドライバーは外からドアを静かに閉めると、運転席へと乗り込んだ。「出してくれ」ダミアンが短く命じた。高級車はゆっくりと、夕暮れの混み合う市街地へと走り出した。車内には重苦しく気まずい静寂が漂っていた。シエナは硬い姿勢のまま真っ直ぐ前を見つめ、今朝届いた支援物資についての説明を待っていた。しかし、ダミアンの口から飛び出した最初の言葉は、シエナの予想を遥かに超えるものだった。「シエナ……以前、私によく淹れてくれていたコーヒー豆は、普段どこで買っていたんだ?」ダミアンは外の景色から視線を外さず、淡々と尋ねた。「屋敷のストックが切れてしまってな」ドクン、と胸が跳ねた。シエナは弾かれたように振り向き、呆然とした表情でダミアンを見つめた。自分の耳を疑うような思いだった。「え……何とおっしゃいましたか?」シエナは絶句した。「コーヒー豆……?」ダミアンはゆっくりと顔を向け、シエナの整った顔に広がる驚きを捉えた。男はためらうことなく静かに頷いた。「そうだ。コーヒー豆だ。あの種
昼下がり。ショッピングモールの通路は買い物客で行き交い、活気に満ちていた。しかし、その喧騒もシエナの胸に渦巻く動揺を紛らわせることはできなかった。シエナは勤め先であるビューティーショップのディスプレイカウンターの前に立っていた。手元では美容液のサンプルボトルを慌ただしく並べ替えていたが、意識は遥か遠くの養護施設にとらわれたままだった。ダミアンから届いた大量のダンボール箱――食料品、新しい衣類、子どもたちの用品――が、幾度となく頭の中を駆け巡る。(あの方は一体、何を企んでいるの……?)シエナは静かに息を吐き出しながら、最後のサンプルボトルの位置を整えた。その時、手元に影が落ち、視界が遮られた。彼女は接客の笑顔を浮かべながら顔を上げた。「いらっしゃいませ、何かお探しで――」お客様に向けた慣れたはずの丁寧な言葉が、途中で凍りついた。サンプル箱を握る指先がピタリと止まる。目の前に立っていたのは、ダークグレーのシャツに仕立ての良い高級ジャケットを羽織った、胸板の厚い男だった。ダミアン――。シエナは胸を衝く動揺を払いのけようと、何度か瞬きをした。つい先刻まで頭を占めていた人物が、今や目と鼻の先、一メートルもない距離に実体として立っているのだ。シエナは深呼吸をし、プロとして落ち着きを保とうと己を固めた。背筋を伸ばし、できる限り平然とした表情でダミアンを見つめる。「こんにちは、ブラックウェル様」シエナは警戒心を滲ませつつも、フォーマルな態度で試みるように挨拶をした。「当店に何かご用でしょうか?」ダミアンはすぐには答えなかった。彼はいつもとは全く異なる眼差しでシエナを見つめていた。かつてのような燃えさかる傲慢さも、人を威圧する硬質な表情も、いつもの自我の強さもそこにはなかった。無表情ではあるものの、彼を包んでいたあの冷たいオーラは明らかに和らいでいた。「買い物をしに来たわけではない」ダミアンは低い、落ち着いた声で静かに告げた。「君に用があって来たんだ、シエナ」シエナの胸が小さく跳ねた。その言葉を聞いた瞬間、彼女の頭に浮かんだのは今朝養護施設に届いたあの物資のことだった。シエナは店内の壁時計に目をやり、再びダミアンへ視線を戻した。「あいにく今は勤務時間中でございます、ブラックウェル様。もし重要なご用件でしたら……夕方、シフトが終わりました後でお伺
翌朝。朝の光が、シエナの簡素な部屋のカーテンの隙間から差し込んだばかりだった。シエナはゆっくりと目を開け、瞬きをしながらベッドの縁に腰掛けた。昨日執務室やショッピングモールで直面した精神的な疲労が、まだ体に重く残っていた。眠気が完全に吹き飛ぶ前に、ナイトテーブルの上に置かれたスマホの甲高い着信音が響き、シエナを驚かせた。シエナは手を伸ばして画面を確認すると、「ナオミ」の名前が表示されていた。急いで通話ボタンをスライドさせ、スマホを耳に押し当てた。「もしもし、ナオミ? 朝から一体どうし――」シエナが最後まで言葉を言い終える前に、電話の向こうからナオミの焦った声が割り込んできた。シエナは絶句した。ナオミが告げる一言一言を聞きながら、その瞳が大きく見開かれていく。「ナオミ……冗談でしょう?」「冗談なんかじゃないわ、シエナ! 今、ここが大変なことになっているの!」電話の向こうでナオミがパニックになった声を響かせた。「とにかく一刻も早くここに来て!」「分かったわ、すぐに行く!」シエナは荒い息をつきながら通話を切った。目に残っていた眠気は一瞬で吹き飛んでいた。時間を無駄にすることなくベッドから立ち上がると、適当なカジュアルウェアをひったくるように手に取り、大急ぎで着替えた。メイクをする時間すら惜しみ、髪を無造作に結ぶと、バッグをひっつかんで家を飛び出し、タクシーを拾うために大通りへと走った。養護施設へ向かう道中、シエナの頭の中は凄まじいパニックで満たされていた。一体全体、何が起きているというのだろう?タクシーが施設の門前に止まるやいなや、シエナは飛び降りて屋敷の中へと大股で駆け込んだ。しかし、メインドアの閾を跨いだ瞬間、彼女の足がピタリと止まった。リビングの空間の半分を埋め尽くすように積み上げられた、大小様々なダンボール箱の山を目にし、その瞳が大きく見開かれた。数人の施設スタッフや子どもたちが、驚嘆の表情を浮かべながらそれらの荷物を取り囲んで立っていた。ナオミがシエナの姿に気づき、足早に寄ってきた。「シエナ」ナオミが隣に立つ。シエナは信じられない思いでパチパチと瞬きをした。ナオミを振り返り、問い詰めた。「あなた……本当にこれらのものがすべてダミアンから届いたと確信があるの?」ナオミは力強く頷いた。「ええ、間違いないわ。荷物を届けてく
夜。ナイトクラブにて。会員制ラウンジに、心地よい重低音の音楽が微かに響いていた。夜が深まっていく中、ダミアンはウイスキーを満たしたクリスタルグラスを手に、コーナーソファでただじっと佇んでいた。一時間前にこの場所へ着いて以来、グラスの中の黄金色の液体を見つめるばかりで、ろくに口を開いていなかった。向かいに座るエドワードは、親友の沈黙を守る姿を観察しながら、薄く笑みを浮かべた。静かに酒を一口含み、その静寂を破った。「こんな夜更けにここへ来込んで、ただ黙って思いに耽るだけか?」エドワードは軽く皮肉を交えながらグラスをテーブルに置いた。「当ててやろうか……またシエナのことを考えているんだろう?」ダミアンは重い息を吐き出したが、エドワードの推測を否定しなかった。彼の沈黙を見たエドワードの口元に、かすかな笑みが深まった。再び酒を喉へ流し込むと、まだ黙りこくっているダミアンをじっと見つめた。「ダミアン、よく聞け」エドワードの表情が真剣なものへと変わる。「お前がその肥大化したプライドと頑固さを抱え続けている限り、シエナがお前の元へ戻ってくることなんて永遠にないぞ」ダミアンは疲れ切った眼差しでエドワードを一瞥した。「俺はもう折れたさ。賃貸同意書にサインし、あの養護施設がそのまま邸宅を使えるようにしてやった」ダミアンは一度言葉を切り、顎のラインを硬直させた。「だが彼女は……相変わらず俺を疑っている。あの決定の裏で、俺が悪巧みを企んでいると思い込んでいるんだ」エドワードはダミアンの愚痴を聞いて呆れたように低く笑った。あまりの鈍感さに真底呆れていたのだ。「彼女の疑い深さを責める前に、まず俺の質問に答えろ」エドワードは身を乗り出し、ダミアンの目をまっすぐ見つめた。「お前は、一人の女性としてシエナを本当に愛しているのか? それとも、これまでお前の身の回りを世話してくれた彼女の献身や気遣いが、ただ恋しいだけなのか?」ダミアンは言葉を失った。エドワードの質問は、完全に閉じ切っていたはずの彼の胸の奥深くに突き刺さった。そこには、いつの間にか一人の女性の名前が深く刻まれていたのだ。ダミアンはグラスの底を虚ろに見つめたまま、完全に沈黙した。愛? 胸の内で激しく渦巻くこの感情の定義など、彼自身にも分からなかった。ただ一つ、ハッキリと理解しており、もはや否定できない事実――彼は自
ブラックウェル・グループ本社。ハイヒールの足音が、役員フロアの静かな廊下に甲高く響き渡った。ビートリチェはシエナと対峙した後、その足で会社へと向かっていた。たった今直面した事態を、ダミアンに訴えずにはいられなかったのだ。ノックもせず、ビートリチェは執務室の思いドアを荒々しく押し開き、怒りを極限まで滾らせた表情で室内に足を踏み入れた。ダミアンは執務室に足音が響いた瞬間に顔を上げた。予告もなしにやってきた母親の姿を見ても、その彫りの深い顔立ちに動揺の色はなかった。「こんな時間にどうしたんですか、母さん?」ダミアンは極めて冷静に問いかけながら、再びデスクの上の書類へ視線を落とした。ビートリチェはハンドバッグを革張りのソファへ叩きつけるように置くと、詰問するような鋭い眼差しで息子を睨みつけた。「今ショッピングモールから戻ったところよ、ダミアン! そこで私が誰に会ったと思う!? シエナよ!」ビートリチェの声は、爆発しそうな怒りを押し殺しているため重く震えていた。ダミアンの万年筆を動かす手が止まった。瞳が一瞬だけ細められたが、感情を読み取らせまいとすぐさま無表情を保った。「シエナはあそこで、ただの店舗スタッフとして働いていたのよ!」ビートリチェは激しい嫌悪と拒絶を露わにして声を張り上げた。「それだけじゃないわ、公の場で堂々と別の男と親しげに歩いて見せびらかしていたのよ! 我が家の名誉のために注意してやったというのに、あの女、恐ろしいほど不躾に言い返してきたのよ!」ダミアンは母親の感情的な訴えを遮ることなく聞き入っていた。シエナが別の男と歩いていたという部分に差し掛かった時、彼はしばし沈黙した。(その男は……ジュリアンに違いない)ダミアンは変わらぬ冷静さでエグゼクティブチェアの背もたれに体を預け、母親に視線を向けながら小さく息を吐き出した。「放っておけばいいでしょう、母さん」ダミアンはまるで意に介していないかのように、どこまでも軽いトーンで返した。「それが彼女の選んだ仕事であり、生き方です。母さんが過剰に首を突っ込む必要はありません」ビートリチェは息子のあまりに無関心な態度を聞き、信じられないといった様子で目を丸く見開いた。彼女はダミアンのデスクに向かって二歩踏み出し、詰問するように息子を見つめた。「放っておけとおっしゃるの!?」ビートリチェは鋭く