LOGIN優里が帰宅した時は、もう夜の9時を回っていた。彼女が帰ってきたのを見て、正雄は尋ねた。「会社の方は何か問題でもあったか?」「今のところないわ」だが、もし投資家たちに大森テックが藤田総研に影響を及ぼしていると知られれば、そう簡単では済まない。正雄も分かっていた。大森テックの問題を早急に解決しなければ、藤田総研まで直接巻き込まれてしまう可能性が高いと。正雄もずっと積極的にケッショウテックと交渉していたが、ケッショウテック側はどうしても条件を緩めようとはしなかった。だが、ケッショウテックが要求している賠償金は、大森家が全財産を投げ打ったとしても到底用意できる額ではなかった……智昭がいてくれれば、正雄たちには再起するチャンスがある。たとえ藤田総研を手放すことになっても、それで構わないと思っていた。だが、智昭のほうからは、いつまで経っても何の返答もなかった……これだけ何日も経ったというのに、正雄たちは依然として、今の智昭が一体何を考えているのか、はっきり掴めずにいた。佳子は淡々とした口調で言った。「もう少し待ちましょう。智昭が優里ちゃんに自分から別れを切り出していない以上、まだチャンスはあるわ。それに、本当に優里ちゃんと別れるつもりなら、とっくに別れを切り出しているはずよ。今まで何も言わずにいるということは、むしろまだ可能性があるってことだわ。それに、聞いたところでは、藤田先生の政敵はずっと藤田先生の弱みを握ろうとしているらしいの。智昭のほうに動きがないのも、たぶんそれと関係があるんでしょう」そう言って、佳子は優里の手を軽く叩いた。「だから焦らないで」「分かっているわ」優里も実はそう思っていた。だからこそ、彼女は今も冷静さを保っていられたのだ。佳子の言うことにも一理あり、結菜と美智子はほっと胸を撫で下ろした。……翌日、茜をフェンシングの練習場まで送り届けた後、その日の午後、智昭は再び自ら迎えに来た。しかし、智昭と茜は自宅に帰らず、実家に戻った。2人だけではなかった。政宗夫妻や麗美、悠真も皆、実家に戻ってきていた。これは生田博士のパーティー以来、彼らが智昭と顔を合わせるのは初めてだった。藤田おばあさんは冷淡な表情で言った。「あら、帰ってきたのね」智昭は頷き、丁寧に挨拶した。茜がいる手
優里と智昭の間に起きたこと、そして会社で起きたことについては、今の状況では当然、隠せることはできるだけ隠しておくのが得策だった。優里は増山に人を集めて会議を開いてもらい、その後、ほかの諸々の事務処理にも取りかかった。彼女が一通り仕事を終えた頃には、もう昼になっていた。優里は車の鍵を手にして外へ出ると、ほどなくして藤田グループの向かい側の道路に車を停めた。今は昼休みの時間帯で、藤田グループの本社ビルの入口では大勢の社員が出入りしている。10日前なら、優里は本社ビルを自由に出入りできた。だが今、もし彼女が再び姿を現せば、その情報がたちまちネット上に広まってしまうだろう。優里は車内に座ったまま、本社ビルを見つめていた。しばらくして、彼女はようやく車を走らせてその場を離れた。もともと、優里個人の口座が凍結されたことなど大したことではなかった。だが今は藤田総研まで巻き込まれている。もし藤田総研の株式まで凍結されたという情報が広まれば……それを思うと、夜になっても一向に返事のないスマホを見つめていた優里は、スマホを手に取り、電話をかけた。茜は2階で本を読んでいた。彼女は電話がかかってきたのに気づき、ページをめくる手を止めてから立ち上がり、スマホを手に取った。しかし、着信画面を見た瞬間、スマホを置き、そのまま電話には出なかった。このとき、田代が2階へ上がってきた。「ご飯ですよ、下に降りてらっしゃい」茜は立ち上がり、「わかった」と返した。茜が電話に出なかったので、優里はもう一度かけた。それでも茜は出なかった。優里はゆっくりとスマホを置き、それ以上はかけなかった。いつからか、茜は玲奈のことがとても好きになっていた。生田博士主催のパーティーの日、茜が現れてからというもの、彼女の目には玲奈しか映っていなかった。その時、優里は悟った。今の茜は、自分よりも玲奈のことを好きになっているのだと。あの夜、パーティー会場を後にした茜の表情や態度を見て、優里は、茜がかなりのことを察したのだと分かった。それ以来、2人は連絡を取っていなかった。だが、その時の優里は焦ってはいなかった。何しろ、智昭なら茜をうまくなだめられると信じていたからだ。だがさっき、茜は自分の電話に出なかった……一方で。智昭が仕事を終えて家に帰った頃には、もう夜の9時を少し回っていた。2階に上
翌朝になっても、優里のもとには依然として誰からも何の連絡もなかった。智昭からも返信がなかった。優里がどうやら出かけようとしているのを見て、朝食を取っていた大森おばあさんはふと手を止め、尋ねた。「どこへ行くんだい?」皆が一斉に優里に視線を向けた。「会社に行ってくる」「うん、それがいいわ」藤田総研の現在の社長である優里が、会社のことを気にかけるのは、決して悪いことではない。ただ、大森家や遠山家の人たちとしては、藤田総研のことよりも、優里には智昭のもとへ行ってほしいというのが本音だった。何しろ、藤田総研が今どれほど価値のある会社だとしても、智昭と比べれば大したものではないのだから。しかし、優里が今すぐ智昭のもとへ行こうとしないのには、彼女なりの理由があるのだろうと、大森家や遠山家の人たちにも分かっていた。だから、あまり強く迫るわけにもいかなかった。この時、朝食を取っていた優里に、家の使用人が声をかけた。「何日も前から届いているお荷物が十数個ありますが、まだ開封されていません。そろそろ開けないと、返品期限を過ぎてしまうかもしれません……」「分かった」優里は淡々と言った。「後で開けるわ」使用人はそれ以上何も言わなかった。朝食を終えた後、優里は無表情で届いた荷物を開け始めた。優里はかなりたくさんのものを買っていたが、今となっては、買い物をしていた時の気持ちも、何を買ったのかさえも、ほとんど忘れてしまっていた。ところが、2、3個の荷物を開封したところで、ふと書類の入った封筒が優里の目に入った。それを見た瞬間、彼女の手が止まり、胸が一気に沈んだ。優里はしばらくためらった後、意を決して中身を確認すると、その場で呆然と立ち尽くした。「優里ちゃん?どうしたの?」優里の様子がおかしいことに気づき、佳子が目を向けた。優里は何も言わず、手に持っていた書類を佳子に渡した。結菜が真っ先に覗き込み、中身を見るやいなや、顔色を変えた。「さ、裁判所の決定書?」正雄はその言葉を聞いて、すぐに事情を察した。彼が近づいて確認すると、やはり裁判所から送られてきた、藤田総研の株式凍結に関する決定書だった。以前、優里の口座が凍結された際、正雄も藤田総研まで影響を受けるのではないかと考えたことがあった。何しろ、彼自身も実際に大
智昭、辰也、清司はまだ仕事が残っていたため、島で2日間遊んだ後、市内へ戻ることにした。翌日、智昭は藤田グループに戻り、取引先と協業について話し合った。智昭が2日間忙しくしているうちに、彼が出張先から首都に戻ったという知らせが、正雄の耳にも入った。このところ、大森家と遠山家は穏やかではない日々を送っていた。智昭がすでに首都に戻ってきていると知ると、正雄は真っ先に優里に伝えた。「聞いた話だが、智昭が戻ってきたそうだ」優里が反応するより先に、結菜が嬉しそうに声を上げた。「智昭義兄さん、やっと帰ってきたの?それじゃあ、私たちは――」正雄は浮かない表情のまま、優里を見て言った。「智昭はもう2日前には戻ってきていたそうだ」以前、優里が何度も智昭に連絡を取っていたものの、智昭からは一度も返事がなかった。彼らは、智昭には処理しなければならない仕事がたくさんあるからだと思っていた。ところが今、智昭は首都に戻ってきて、しかもすでに2日も経っている。それなのに、帰ってきてからも優里には一度も連絡していない……優里と佳子は、正雄の言外の意味をすぐに察した。優里は一瞬言葉に詰まり、手を握りしめたまま何も言わなかった。結菜は、他の人たちの表情が険しくなったのを見て、ようやく正雄の言葉の意味を悟った。智昭はすでに首都に戻ってきたのに、優里には連絡しなかった――結菜の顔から笑みが消え、たちまち動揺と困惑の色に変わった。「智昭義兄さん、あのことが起きてから今まで、一度もお姉ちゃんに返事をしてくれてないんだ……今、首都に戻ってきても、まだお姉ちゃんに連絡していないってことは――」他の人たちは何も言わなかった。今の彼らには、数日前までの確信も強気な態度も、もう残っていなかった。なにせ、たとえ藤田グループのため、そして政宗の出世のため、智昭が大森テックの問題に表立って手を貸すことが難しかったとしても、智昭なら優里に連絡して、彼女を安心させることくらいはできたはずだ。なのに、智昭は何もしていない。今に至るまで、彼は一言の返信すらも優里に送っていない。優里は何も言わずに、立ち上がって2階へ上がった。正雄は「優里ちゃん――」と言い、彼女を呼び止めようとした。佳子は手を伸ばして正雄を引き止め、首を横に振って、もう何も言わないよ
「わかった、ママ。じゃあ……またね」玲奈は、こんなに早く茜が電話を切ろうとするとは思わなかったが、それ以上聞かずに言った。「うん、おやすみなさい」「おやすみ、ママ」電話を切ると、茜はすぐに階下へ降り、執事に直接尋ねた。「さっきママに電話したの?」「はい。茜ちゃんがご飯を召し上がらないので心配になり、奥様にお電話させていただきました」茜はそれを聞くと、うつむいたまま何も言わず、踵を返して2階へ上がっていった。翌朝、茜は目を覚ますと、わざと1階へは降りず、朝食を取らなかった。智昭は朝食を済ませてから2階へ上がり、茜の部屋のドアをノックした。「パパこれからちょっと出かけてくる。午後には帰ってくるから」茜はまだ腹を立てていて、そう言われても顔を背けて智昭を無視した。だが、茜は何かを思い出したように、ふと智昭のほうを振り返ると、何か言いたげに口を開きかけて、結局何も言わなかった。智昭はそれに気づき、茜の頭をひと撫ですると、尋ねた。「何か言いたいことがあるのか?」茜は口を開きかけたものの、結局言い出せず、「何でもない」と答えた。智昭はそれ以上聞かずに言った。「何かあったら、パパに電話するんだぞ」そう言うと、智昭は振り返らずそのまま去って行った。智昭が出かけてしばらくしてから、茜はようやくゆっくりと階下へ降りて朝食を取った。田代は茜の様子を見て、起きたばかりの時よりも元気がないように感じ、心配そうに尋ねた。「どうしたんですか?」茜は首を横に振るだけで何も言わず、うつむいたまま黙々と朝食を食べた。田代は、智昭が出かける前に茜に何か言ったのかもしれないと思った。その日、昼食を終えた茜は2階へ上がって昼寝をした。ところが、目を覚ますと、自分が見知らぬ場所にいることに気づいた。茜は一瞬呆気に取られ、まだ状況を把握できていないうちに、智昭がドアを開けて入ってきた。茜は智昭を睨みつけながら聞いた。「どうして私、ここにいるの?」「一緒に遊ぼうと思って連れてきたんだ」茜はすぐにベッドから立ち上がり、智昭と向き合った。「私は嫌だって……」「茜ちゃん、起きたんだね!」茜はまだ言葉を言い終えていなかったが、嬉しそうに駆け寄ってくる有美の姿を見て、言いかけた言葉を思わず飲み込んだ。「うん……」有美は2人の間の少しぎこちない雰囲気には気づかず、嬉しそうに駆け
茜はますます腹を立て、すぐにもがき始めた。「放して!抱っこなんて嫌!」智昭は茜を見て言った。「わかった。でも、下に降りてご飯を食べるんだよ」茜は唇をきゅっと引き結び、ぷいっと顔を背けて智昭を見ようとしなかった。そうは言ったものの、智昭は茜を離さず、そのまま抱き上げたまま階下へ降りていった。1階では、すでに執事が使用人に料理を温め直させており、どれも茜の好物ばかりだった。ご飯も既に盛り付けられており、智昭は茜を下ろすと、お箸を手渡した。茜は少し戸惑ってから受け取り、それから無言でゆっくりとおかずを取って食べ始めた。智昭は茜の隣に腰を下ろした。執事はその様子を見て、智昭に言った。「少し召し上がってはいかがでしょうか?」智昭は首を振り、「もう食べたから大丈夫」と答えた。執事もそれ以上は勧めず、2人きりで過ごせるよう、その場を離れた。茜は黙ったまま食事をしていた。智昭はそんな彼女を見て尋ねた。「もうすぐ新学期が始まるな。その前に、どこか遊びに行きたい場所はあるか?パパが付き添ってあげるよ」茜は智昭の方を一切見向きもせず、「特にない」と冷たく返した。智昭はそれを聞いても、特に返事をしなかった。茜も、それ以上智昭を気にすることはなかった。その後、智昭は茜をしばらく見ていた。最初、茜は見て見ぬふりをしていたが、智昭がずっと見つめてくるので、ついに我慢できずに言った。「何見てるの?」智昭はふっと笑うと、茜の頭をくしゃっと撫でた。「茜ちゃんが俺の娘なんだって思うと、なんだか嬉しくてな」茜はそれを聞いて、ポカンとした。智昭はそれから何も言わず、そばに置いてあった取り箸で茜の皿に料理を取り分けた。食事を終えると、茜は振り返りもせずにそのまま2階へ上がっていった。智昭は彼女の後ろについていきながら言った。「早めにお風呂に入って休めよ」茜は返事をしなかったが、部屋に戻ると、今度はドアを閉めなかった。智昭はその様子を見て、しばらく茜の部屋の前に立っていたが、やがて踵を返して書斎へ向かった。一方で。会場で、玲奈は合間を縫って礼二から届いたいくつかのメッセージに返信すると、執事からの電話を受けた。茜がすでに下に降りて食事をしたと聞き、玲奈はほっとした。玲奈は執事との話を終え、スマホをしまおうとしたその時、再びスマホが鳴った。彼女は礼二からの返信だと思