「今日から、小神野先輩と同じチームで練習する……?」
俺はたった今、部長から言われたことを復唱していた。
放課後の部活。いつものように練習をしていると、俺は部長と小神野先輩に部室の隅のミーティング用スペースに呼び出された。
「課題だったエイムの技術も上がってきたし、6月には大会の予選が始まるからな」
「大会って、あのeスポーツの甲子園って言われてる……?」
「そう。e-JAPAN全国高校ゲーマーズ選手権。6月から7月にかけて全国の予選が始まって、8月の末にグランドファイナルの試合がある。去年、うちは『ゼロ・グラウンド』部門で優勝を逃して、2位だったからね。最後の試合、内容は知ってる?」
「……動画サイトの切り抜きで、少し見ました。序盤は良かったんですが、中盤で攻撃の手が少し緩んでしまって……相手側の戦略が上手かったのもあって、逆転されてしまったんですよね」
「そうなんだよ。ネットの解説では新葉の攻撃力不足って言われてる。うちは5人いるうちの3人を自陣の防衛に回して、残りの2人で攻撃を仕掛ける守りの固いチームなんだ。作戦としては悪くないと思っているけど、この構成だと、どうしても攻撃ふたりの火力が重要になってくる。そこで、小神野のチームに神谷を入れたい。小神野の機動力の高さに神谷の先読みの上手さと攻撃の多彩さが加われば、2人だけの少数部隊でも全国相手に戦えると思うんだ」
「攻撃チームが上手くかみ合えば、の話だろ? ……実力はともかく、プレースタイルが違いすぎる」
小神野先輩がイスの背もたれに寄りかかりながら、口を挟んだ。どうやら、先輩も部長の提案にそんなに乗り気じゃないらしい。
先輩はたしかに、シューティングの技術とセンスで真正面からごり押しするタイプだ。俺はどちらかというと、マップやキャラクターの特性への知識を活かしながら、相手の動きを読んで先回りの攻撃を仕掛けるタイプ。
okaPの戦い方も、そのカッコよさも……俺はよく知っている。でも、どうやって倒そうか考えたことはあっても、一緒に戦うなんて考えたこともなかった。
「スタイルに違いがあるのは、見ててわかるよ。でもこのふたりが噛み合えば、うちのチームは最強になれると思うんだ」
「最強、ねぇ……」
先輩は癖の強い猫毛の髪を指にくるくると絡めながら、何か考えているみたいだった。
不意に目が合う。先輩が俺を指差した瞬間、俺も先輩に指を向けていた。
「「やっぱり、俺は嫌だ!/嫌ですよ!」」
声が重なる。こういうときばかりは、気が合うみたいだ。
「エイムは少しマシになったかもしれないけど、俺こいつ嫌い。新入りなのに生意気だし」
「なっ! 俺だって嫌ですよ。こんな気難しくてすぐに殴ってくるような先輩」
「はぁ!? それはお前が変なこと言ったからっ」
「先輩だって、俺のこと雑魚呼ばわりしたじゃないですか!」
「あー、もうケンカすんなよ! ふたりとも、うちの部活の心得を音読しろっ」
駄々をこねる子どもみたいに「ええ~っ」と声を上げた先輩に、部長は毅然とした態度のままで言った。先輩は諦めたように、部室の壁にでかでかと貼られた筆書きを読み始める。
「……新葉高校eスポーツ部の心得、その1『しようぜみんなにリスペクト』……」
次の行は俺が読んだ。先輩と一行ずつ交互に読んでいく。
「『機材は大事に、学校のもの』」
「『部室はいつも清潔に』」
「『台パン、暴言 ダメぜったい』……って、いったい何なんですか? これ」
「eスポーツ部の心得4か条だ。昔いた先輩が置いていったんだよ。うちの部活、マナーの悪い奴が多かったからな」
「……だっさ」
部長にぎりぎり聞こえないくらいの音量で呟く先輩。
(それは、ちょっと同感かも……)
これを作った先輩は、ラッパーでも目指していたんだろうか。最後に韻を踏んでいるところも絶妙だった。
部長がひとつ、大げさに咳ばらいをする。
「……とにかく、だ。来週の金曜、京都にある犬桜高校とオンラインでの練習試合がある」
「犬桜!? って、ベスト4に入ったあの高校か」
「そうだ。うちと同じ、守りが固く実力のあるチームに対してどこまでやれるのか……ふたりの実力を試してほしい」
(練習試合、かぁ……)
強いチームと試合ができる……。その事実だけで心が滾った。先輩と組むことには不安しかないけれど、自分の力がどこまで通用するのか試してみたい。
先輩の方に顔を向けると、また視線がぶつかった。
「……俺は、慣れ合わないからな」
「いいですよ、べつに。……そういうの求めてないんで」
先輩は俺のことを雑魚とか何とか言うけれど……。
感じるのは、強烈な競争心だ。
俺のこと、心の中じゃ認めてるのかもしれないけど……絶対、言葉にさせてやる。
(先輩に、俺のことを『ライバル』だって……認めさせてやる)
火花を散らす俺たちのあいだに割って入った部長が、ポケットから何かを取り出した。
「あ、忘れてたけど、ふたりに渡しておくものがあったんだよな」
そう言いながら、俺たちに渡されたのはトランプくらいの大きさの黄色いカードで……。
「顧問の谷内先生からなんだけど、イエローカードだってさ。2枚目もらったら即部活動禁止だから、もうケンカすんなよって」
カードをブレザーのポケットに入れる。
思わず出てしまった舌打ちの音に、先輩の舌打ちが重なった。
その日は律の店に集まった後、みんなでご飯に行って夜まで遊んだ。別れるときに、チャットのグループをひとつ作った。『新葉高校eスポーツ部』。次に全員で集まれる日がいつになるかはわからないけれど……「またみんなでゲームでもやろう!」という話になった。久々に楽しい集まりだったな、と思う。律と家に帰る途中。ずっとくだらない話ばかりしていたけれど、ふと小神野と神谷――あのふたりの話になって。「久々に会ったけどさ、ぜんぜん変わってなかったね! オカピ先輩といおりん。居酒屋でもずっとケンカしててさぁ……」「あれは、過去一でくだらない争いだったな」前の試合、スナイパーを使って弾を外した神谷に「なんで当てられなかったんだ?」と小神野が素朴な疑問をぶつけたのが始まりだった。次第に言い合いがエスカレートしていった結果、ついにふたりはシュウマイにからしをつけるかどうかでケンカしていた。もう、何でもいいんだろ、それ……。「お酒飲んでたってのもあるかもしれないけどさぁ、まじで笑ったよね」「面白かったな。あれで一緒に住んでるっていうんだから、不思議っていうか」「あれ……玲は気づいてなかった? ふたりの指に、お揃いのリングがあったの」「へっ?」自分の理解の及ばない話に、俺は宇宙空間にいる猫みたいになっていたんだと思う。律が俺の顔を指差して、腹を抱える。「薬指だったから、きっとそういう意味なんじゃないかな」「そういう意味って……えっ、お前まじで言ってる?」「うん。前に一度、配信でも事故ってたからさぁ。指輪つけたままにしちゃって、噂流れてたから知ってはいたんだけど」「まじか……俺、あのふたりが、いちばん仲悪いと思ってたわ……」「不思議だよねぇ。言い合いばっかりしてるくせに、いつも一緒にいるっていうか」律の言葉に、俺はあのふたりのことをもう一度よく思い出してみる。いつからだろう、と思ったが……さっぱりわからなかった。たしかに、ふたりで一緒にいることは多か
「めっっっっちゃびっくりしたね!! まさかオカピ先輩といおりんが野良でやってるとは思わなかった」「だな。サブアカウントはソロでやってて、昨日はたまたまふたりだった、とか……偶然が過ぎるよな」「久々にみんなでできて、楽しかったよねぇ~」俺の部屋。律がジュースを片手に興奮気味に話している。「今度、うちのバイト先にもおいでよってふたりに話してたんだ」「バイト先って……例のeスポーツカフェ?」「そうそう! 店長も現役の選手が来るのは歓迎だって。ふたりが来てくれるなら、イベントでもやりたいよねって話してて」律は大学に通いながら、大学近くにあるeスポーツカフェでずっとアルバイトをしている。カフェが併設されたeスポーツ施設とのことで、ゲーム用のPCがたくさんあり、初めての人でも気軽にオンラインゲームを体験できるらしい。俺もいつも話を聞くだけで、行ったことはなかったから……あのふたりが来るなら顔を出してみてもいいかもしれない、とそう思った。「ふたりとも、いつ来れそうなの?」「来週の日曜日!」「そっか……。じゃ、俺も行こうかな」「まじ!!? 玲も来てくれるの嬉しいんだけど」「そんなに喜ぶことかよ」「ずっと誘ってたのに、来てくれなかったじゃん!!! 当日は萩っちも来るし、笹原部長も来るってさ」「部長も来んの!!?」「彼女ができたから、連れて一緒に来るらしい」「あいつ、彼女できたの!!?」自分でもちょっと思ったけれど、律に「驚くところ、そこ?」と大笑いされた。あの規律にうるさ……厳しい笹原と恋愛なんて、いちばん縁遠いものだと思ってたのに。真面目な性格ではあったから、部内のことに胃を痛めているイメージしかない。「当日、楽しみだね!」そう言って笑う律に、俺は小さくうなずいた。◇◆◇◆◇◆◇大学とインターン先の会社と家、三か所をぐるぐる回っていると翌週の日曜はあっという間にやってきて――。秋晴れ
友達が有名人っていうのは、何だかこう、不思議な感じがする。高校にいるときは、ゲームこそ上手いけれど、ただの部活の仲間って感じで。そいつらを、各種メディアやネットニュースで見る日が来るなんて思ってもみなかった。夏の残暑も落ち着いてきた頃。大学で就活の情報をまとめて家に帰ると、弟・律のにぎやかな声に迎えられた。「ねぇ、玲~!! カシラゲームズ、アジアカップ3位だって!!! もう速報見た?」「まだ。……って、お前もう帰ってたんだ?」「うん。今日はバイト早上がり~。配信見損ねちゃったからさぁー、アーカイブまだ残ってるかな?」「さぁ……どうだろうな?」律は、子どもの頃からゲームで遊ぶのが大好きだ。どちらかというと自分でプレーするのが好きで、誰かのプレーを見るのが好きなタイプではなかったけれど……高校時代の仲間がプロの世界に入ってからは、配信で試合を見たり、チームの情報をこまめに追ったりしているようだった。たまに、小神野や神谷の配信を見に行っては、コメントを残したりしているとか。「あ、そういえば萩っちから連絡来てたよ。『週末、たまにみんなでゼログラやんない?』って」「俊、あいつ今何してんの?」「さぁ……大学とバイトじゃない? 個別塾の先生やってるって言ってたけど」「就職どうすんだろ?」「聞いてみたらいいじゃん」大学4年の今、ありきたりな悩みだけれど、俺は就職先に頭を悩ませていて……。インターンでお世話になっている会社はあるけれど、そこに就職するか、別のところに行くか……。色んな人に話を聞いた上で、今後の進路を決めようと思っていた。「みんなでゼログラやるのさぁ、土曜の夜とかでいい?」律はスマホを片手に、棚からポテトチップスを取り出している。「いいけど」「新マップやってみよ! って話になってんだよねー」楽しげに言うこいつは、高校の頃からちっとも変わってない。悩みもなさそうだし、明るくて、常に人生楽しそうって感じ。…
配信のことで伊織に嫉妬されたあの日は――結局、チームの練習が始まるまでめちゃくちゃにされた。練習が終わった後。ふたりで短い配信をした俺たちは、一緒に住んでることをみんなの前で明らかにした。俺はファンの子たちから『だと思った』『デレデレしてるね』なんて、とんでもなくからかわれることになったけど……俺たちはカシラゲームズの同居組と名づけられ、新たに一定のファンを獲得した。そのうち、俺たちのやりとりは色んな意味で注目を集めるようになって――。久々にチーム5人で練習配信をしたときには、何だか懐かしい気持ちになった。「伊織。工業団地攻めるのに挟み撃ちにするから、給水塔の上に場所取って」「……は? サイレンなのに?」「サイレンでもヴァイパーでも給水塔の上が強いのは一緒だから」「ていうか、アップデート入ってからは向かいの建物の方が強くね?」「おー。やるなら、後で表出な」「望むところ」「いや、その議論は今いらんて……」「始まったよ、同居組の『どっちのポジションが強いかバトル』」防衛隊のノヴァ、ゼノふたりが呆れたように呟いている。コメント欄を見ると『またプロレスかw』と視聴者たちが盛り上がっていた。ハルさんがスナイパーで敵をひとり撃破して、「あとは頼んだっ!」と俺たちに向けて発信する。「伊織っ!! さっさとドローン出せって!!!」「出したからもう!!! 車の陰にひとりいるんだよっ!!!」「それ、今殺ったから!!!」「え、倒したの俺じゃない?? 悠馬より俺の方が強いし」「お前、本気で言ってんのそれ」「仕事は早いんだけど、うるさいんだわ……まじで……」ハルさんが呆れたように言って、敵の消えたフラッグのエリアに乗り込んでくる。配信を見ている人たちも『うるさい』『本当にそれw』と便乗していた。同じチームでプレーするようになって、そろそろ1年が経つ。こうしてプロの世界でプレーするようになっても、俺たちが仲間になると賑やかなのは
伊織と同じ部屋に住むことになった。特に、何か大きなきっかけがあったわけじゃない。話を切り出されたのは、ある日突然って感じだった。「前にした約束って、憶えてる?」「そろそろ……一緒に住まない?」ちょうど、カシラゲームズに移籍して半年が経った頃だった。そう言われた俺がどれだけ嬉しかったかなんて……伊織には絶対にわからないだろう。高校のとき。合鍵を断ったあいつが言い放った言葉を、俺はずっと忘れられずにいた。『先輩より多くの賞金稼いで……先輩を俺の家に住まわせるので』。稼ぐ賞金の額で伊織に負けるつもりなんて、さらさらない。だけど、「いつかそうなったら嬉しいな」という気持ちだけは持ち続けていて――。『一緒に俺の家に住んでよ』なんて言われた日には心臓が止まるかと思ったし、その日の夜は嬉しすぎて一睡もできなかった。我ながら単純だとは思う。それでも、俺にとっては心の底から嬉しい出来事だった。好きな奴と四六時中、一緒にいることができる――。そのふわふわとした幸せは、新居に移ってからもずっと続いているようで。ゼログラのワールドチャンピオンシリーズ、ZGWSプロリーグ予選が春に始まり、昨日の夜はその振り返り配信を個人でしていた。雑談も交えて話していたとき、視聴者のひとりが急に変なことを書き込んできた。●引っ越してからyuma、ずっと何か嬉しそうだよねそんなコメントが目に留まったけれど、普通にスルーしようと思っていた。それなのに――。●それな●機嫌がいい気がする●すぐ怒んなくなったよね●幸せそう●何かいいことでもあった?●口元ゆるんでるぞみんなその話題に触れたかったらしく……何故か盛り上がるコメント欄。「べつに……そんなことないけど」否定したにもかかわらず、流れるコメントは止まることがなくて――。●ひとり暮らし?
「うわっ……これ、PCの配線やばすぎね?」「2台分だもんなぁ。繋ぐだけならいいけど……掃除できんのかな、これ」「って、なんかインターホン鳴ってない?」「鳴ってる! ソファー届いたかも」引っ越しは、世界大会の予選が終わった5月の連休にした。その日は朝から慌ただしくて……午前中から悠馬の荷物の運び込み、午後からは俺の荷物と家具が届くようなスケジュールだ。「悠馬、ソファーってここでいい?」「もうちょい手前~」業者の人にお礼を言って、設置までしてもらう。まだ何もないリビングだけど、テーブルとソファーが揃えば何だかそれっぽくなるから不思議だった。「こうやって見ると、テレビも欲しくなるかも」「でっかい画面でゲームやるのも楽しそうだよなー。映画とか観るのもいいし」「悠馬も映画とか観るんだ」「そりゃあ、見るよ。アニメも観るし」「ちょっと意外かも。一緒にいるとき、観てたこととかなかったから」「たしかに、伊織といるときは話したり、ゲームしてたりすることの方が多かったかも……」「じゃあ、新しいの買ったら、一緒に観る?」「いいね。注文しよ」ネットで良さそうなテレビとテレビ台を見つけた悠馬が、さっそくスマホで情報を送ってくる。新居の入居にかかる費用と引っ越しの費用、家具の購入にかかった費用……。銀行の預金残高を思い浮かべつつ、ざっと計算しようとしたけれど――途中から具合が悪くなってきたので、やめることにした。(使った分は、また頑張って稼げばいいわけだし……)そう言い聞かせて、ゲーム部屋の作業に戻る。部屋に入ると、悠馬が待っていて「こっちこっち」と手で招かれた。PCの電源がついていて、配信で使うカメラがオンになっている。「配信用の画面、今のところこんな感じなんだけど……。ドアとドアノブが映ると、家がバレる気がしない?」「うわっ、たしかにそうかも……!」盲点だった。