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21.長い夏の終わり

last update Last Updated: 2025-08-19 17:02:58

会場の熱気。試合に勝った高揚感。お祝いムードからのみんなでの打ち上げ――。

ふわふわした気分のままカラオケのパーティールームに移動して、顧問の谷内先生も入れてみんなではしゃいでいると、何人かのスマホが同時にピロンと鳴った。

その音に、俺もスマホを触ってSNSをチェックする。

「……あっ……小神野先輩のニュースが出てる」

俺のつぶやきに、みんながいっせいに自分のスマホに目を落とした。

『話題のオンラインゲーム、ゼロ・グラウンド。現役高校生がeスポーツチームとプロ契約』。

そんな見出しのニュースの記事を追っていくと、小神野先輩が史上最年少でプロチームと契約したと書いてある。俺はてっきり、元パートナー・大山智玄がいるカシラゲームズに入るんだと思っていたのだけれど……。

「小神野! お前っ、チームアリゲーターに入んのっ!!?」

「sigmaのいるとこじゃん!!」

「世界大会の試合、すごかったよなー」

「すげー! サインもらってきて」

「あっ、俺も欲しい」

仲間や先輩方がテンションも高く騒いでいる。

(チームアリゲーターのsigma……好きな選手って聞いたときに、最初に名前が挙がっていた人だ)

記事を読んでいくと、スカウトではなくトライアウト――プロチームが定期的に行う試験に合格したと書いてあった。先輩のインタビュー動画もあり、コメント欄はすでに女性だろうファンからのメッセージであふれている。

いいニュースだとは思うけれど、内心は複雑だ。先輩が遠くへ行ってしまうような気がして焦るし、嫉妬もする。

恥ずかしいんだろう、仲間に囲まれながら頬を掻いている先輩と目が合った。

『あとで話す』。

スマホのアプリにそんなメッセージが送られてくる。俺はみぞおちのあたりがそわそわするのを感じながら、しばらくのあいだ、その短いメッセージを眺めていた。

◇◆◇◆◇◆◇

夏の夜空に、ようやく月が輝き始めた頃。俺たちは解散して、それぞれの帰路についた。

先輩の部屋に向かいながらも、俺たちは静かだった。

濃密で、楽しかった大会までの期間は終わってしまった。俺も、明日になったら先輩の部屋を出る……。先輩は部活に顔を出さなくなり、こんな風に一緒にいられる時間も少なくなるはずだった。

「さっき、『あとで話す』って言っただろ」

「えっ? ああ……はい」

駅から家までの道のりを歩きながら、先輩がつぶやくように言った。

「俺が入るチームのこと……。最初は大山先輩のいるカシラゲームズからスカウトがあって、そこに行こうと思ってたんだよ。でも、本当にそれでいいのかって思って……。プロチームにはずっと憧れてたけど、どうせ夢を叶えるならいちばんいい環境に身を置きたいなって思ったし、そのためには待ってるだけじゃだめかなって、そう思ったんだ」

「それで……トライアウトを受けたんですか」

「そう。本当に好きで尊敬する人と一緒にやりたいって、そう思ったから」

心がトゲにでも刺されたようにちくりと痛む。口から飛び出しそうになる卑屈な言葉を、何とかこらえた。

「……すぐ、追いつきますから」

「待ってる」

俺を見つめる先輩の瞳は、真剣だった。

「神谷なら、そんなに時間かかんないだろ。……今日の最後のプレー、解説の人も褒めてたし」

「……先輩があんな提案をするなんて、俺は思ってなかったです」

「ファントムを助けに行ったこと? あれは……単純に俺の方が持ってる医療キットの数が多かったからな」

その言葉に、今日のゲームの状況を思い出す。たしかに、俺の持ってる物資の数はギリギリで、先輩の方には多少の余裕があったかもしれない。

「……でも、もしこれがお前と出会う前だったら……きっとあんなことはしなかったと思う。俺も神谷と出会って、変わったんだ。視野が広くなったし、ゼログラがもっと面白くなった」

先輩がこんなにも自分の心の内をさらけ出すのは、珍しくて――。

でも、それと同時に「終わりが近いんだな」と思ったら、何だか悲しくなってきてしまった。

「……神谷?」

「何でも、ないですっ!」

込みあげてくる涙を必死でこらえる。先輩がこっちをのぞき込もうとするので、必死でそっぽを向いた。

「こっち向いてよ。……伊織」

(……っ、名前)

涙があふれそうになって、Tシャツの袖であわててぬぐう。

「……っ、部室で会えないのも、別々に生活するのも、ささいなことですよっ! ……でも、俺は今までみたいに先輩と一緒にゲームをできなくなることが、いちばん寂しいっ……」

先輩が俺の頬に手を当てて、「仕方ないなぁ」って顔をする。

子どもっぽいと呆れられたかもしれない。それでも、心に穴が開いたみたいな寂しさは変わらなかった。

「……着いた。とりあえず、中入れば?」

「俺……荷物まとめて帰ります。これ以上、カッコ悪いところ見せたくないし」

「隠しごとは、しないんじゃなかったっけ?」

先輩に左胸のあたりをとん、と小突かれた。

『心を開いて、本音で話す』。それが、俺たちがいい連携をするために心がけてやってきたことだった。

「それに……お前がいなかったら、俺は誰とこの気持ちを分かち合えばいいんだよ。夏の大会は無事に優勝。プロのチームにも所属できて……俺は今、意外と気分がいいんだけど」

「俺は……優勝できたのはすごく嬉しかったですけど、今日はぜんぜん余裕ないですよ」

「いいよ、それでも」

「……優しく……できませんよ。きっと」

「いいよ。……俺は、今お前がどういう気持ちなのかを知りたいんだから」

部屋に入るなり――俺は先輩の唇に深く口づけた。靴を脱ぎ、そのままベッドになだれ込む。

優勝祝いというには、ずいぶん切ない気持ちのまま身体を重ねた。きっと、自分の気持ちをぶつけるような、わがままで激しい行為だったと思う。

それでも、先輩はときどき満足そうに俺の唇を奪っては、「よそ見すんなよ」と意味深に言って笑っていた。

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