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夢が現実になる前に

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-07-24 05:33:40

施設を離れた一行は、山道を下った先にある、古びた廃村跡に足を止めていた。

屋根の残った小屋の一つを修繕し、風雨をしのげる程度の野営地として整える。

陽が落ちる頃には、枯れ枝を集めた焚き火に火が灯り、集落跡の静けさが夜を包んでいた。

セツが持ち込んだ携帯端末を膝に置き、淡々と口を開く。

「次の継承地は、候補が二つある」

「……二つ?」

カナが顔を上げる。

「ああ。都市部の旧医療施設と、山間の通信基地跡だ。どっちも封鎖されてるが、記録に照らす限りは継承可能地に指定されている」

カナが足元の砂を軽く蹴りながら問い返す。

「順番って、関係あるの?」

セツは首を横に振る。

「いや、各継承地はそれぞれ独立してるらしい。ただ、行けるタイミングを逃せば、アクセス不能になる可能性はある。施設の崩壊、敵対勢力の介入、地形の封鎖……理由はいくらでもある」

アキラは黙って空を見上げた。

薄雲の向こうに、夕日がにじんでいる。

「都市部に行こう」

アキラの言葉に、セツとミナが視線を向ける。

「理由は?」

「人がいた痕跡が残ってる方が、何かしら拾える。全くの無人より、リスクがあっても可能性がある方がマシだ」

それは彼にとって、自然な判断ではなかった。

だが、そう口にしたとき、カナはほんの少しだけ目を細めてうなずいた。

成長ではなく、変化。

守られていた立場から、自ら決断する側へ。

彼の中で、何かが確かに動いていた。

その声に、誰も異論は出なかった。

ノアは焚き火のそばで、毛布にくるまりながら静かに丸くなっている。

火に照らされた頬は子どものように穏やかで、まるで何も知らない者のようだった。

その夜。

眠りに落ちた一同の中で、ただ一人、カナだけが――

夢を、見た。

場所は、廃れた都市の一角。

鉄骨の剥き出しになった高層ビル。

割れたアスファルト、焦げた壁、空には煙が立ち込めていた。

どこかで火災報知器が鳴り続けている。

見覚えがあった。

セツの端末で見た、次の継承地――都市部の旧医療施設。

カナはその空間の中に立ち尽くしていた。

視界の奥。

廃墟の廊下に、一人の少女がいた。

ノア。

だがその体は、黒い鋼の腕に拘束されていた。

巨大な蜘蛛のような異形のAI兵。

無数の脚を持ち、眼球のようなセンサーを輝かせる金属の怪物。

ノアは何も言わない。

叫びも、抵抗もなく、ただ静かに連れていかれる。

「ノア!
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