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第7話

Author: シンデレラ
隣のレーシングカーがゆっくりと停まると、俊彦の陰りを帯びた視線が、誠が私を抱く手に落ちた。

その横では、私をじっと睨んでいる、不服そうな心美がいる。

誠が面白そうに私の耳元で囁いた。

「君がもっと早くこのドレスを着て陸奥を追いかけていたら、禁欲系でもとっくに戒律を破ってたかもな」

私は俊彦を一瞥し、そして誠を見た。

「嫉妬してるの?」

誠は一瞬きょとんとしたが、すぐにまた何気ない顔に戻った。

「誰が嫉妬なんか。君、こんなドレスで笑ってるんだぞ?ここにいる連中、誰だって見惚れてるさ。

三年間君が必死に追いかけてた陸奥ですら、ぼんやりしてたぜ。

君のその、人を惹きつける手、ほんと……」

言葉が喉で途切れ、誠の頬がうっすら赤くなった。

私は手を彼の首筋の後ろに回し、ぐっと引き寄せて耳元に低く囁いた。

「じゃあ、もう嫉妬しなくていいよ。だってこのドレス、最初からあなたのために着てるんだから」

背後で車のドアがバンと鳴り、俊彦が冷たい顔で不機嫌そうに車から降りた。

心美も慌てて降り、私を不満そうに睨みつけている。

「あなたたち、ルール守ってないじゃない!先に出るなんて!」

誠の頬の赤みがまだ残っている一方、私は冷たく心美を睨んだ。

「私たちがいつレースするって言ったの?」

心美は顔をこわばらせ、つまらなそうに私を見返し、そして悔しげに俊彦の手を取ろうとした。

「俊彦……」

だが俊彦は初めて、その手を冷ややかに避けた。

心美の私を見る目が、いっそう怨めしげになった。

そのとき、他の人たちが入ってきて、誠を見つけると、口々に「一緒に走ろう」と誘った。

私は急かして誠に練習に行くよう言った。

誠は心配そうに私を見て聞いた。

「大丈夫か?」

私は少し不満げに言った。

「私をなめないでくれる?早く行って。私はここで待ってるわ。夜は家に帰って夕飯食べないとね」

私がずっと誠に視線を向けているのを見て、俊彦は顔がさらに険しくなり、私の前に立ちはだかった。

「望、話がある」

私はうんざりして顔を上げた。

「あなたと話すことなんてない」

そう言って背を向けようとした瞬間、俊彦が私の腕をつかんだ。

彼の顔に一瞬ためらいが浮かび、最後は何かを決意したように口を開いた。

「君、葉山家との縁談はやめろ」

私は可笑しくなってその手を振
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