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第136話

Author: 風羽
「五年よ……京介に、五年間も騙されてたんだよ、あんたは」

……

舞の全身から、血の気が引いていく。

「証拠はあるの?」

愛果は嗤うように唇を歪めたが、その声はひどく枯れていた。

「ジュネーヴの大聖堂近くの病院——あそこに、姉の全ての医療記録がある。それと、立都市・神和銀行の322番の貸金庫。

パスワードは——『574574』。中身を見れば、すぐにわかるわよ」

舞は一拍、息を整えてから問い返す。

「どうして、それを私に?」

愛果は少し戸惑ったように、目を伏せて呟いた。

「……妹が……妹を殺すから」

声が小さすぎて、舞には聞き取れなかった。

彼女は何も言わず、面会室をあとにする。

廊下の向こうには、明るい陽射しが満ちていた。

背後で、愛果が鉄柵を握りしめ、叫び声を上げる。

「あたしが好きだったのに!あたしの姉が好きだったくせに!なんで、あんたが彼の隣にいるの!?あんたの幸せなんて、全部盗んだものよ!目を覚ましなさいよ、葉山舞!」

舞は静かに、建物の外へと出た。

愛果の悲鳴は、まだ空気の中で反響していた。

空まで突き抜けるほどの、痛々しい声だった。

舞は青く澄んだ空を仰ぎ見てぽつりと呟いた。

「そんな幸せ、最初から……いらなかった」

十分後。

桐沢が面会室から出てきた。

その顔には、ほんのり疲れがにじんでいた。

「葉山さん……気にしない方がいいです。あの人、もう……正気じゃない。半分狂ってるようなもんですから」

だが、舞は薄く笑った。

「いいえ。むしろ今の彼女が、一番わかっている気がするわ」

「……」

……

夕方六時、舞は飛行機で再び立都市へ戻った。

神和銀行には彼女名義の資産が預けられており、特別に貸金庫の利用が許可されていた。

彼女の要望に応え、支店長が営業時間外に特別対応をしてくれた。

「葉山様、本日は宝石類のご確認ですか?」

「ええ、そうです」と舞は軽く頷いた。

支店長は貸金庫室のドアを開けると、静かに外へ下がった。

322番の貸金庫の前に立ち、舞は番号を入力した。

カチャリ——音と共に扉が開き、中から一つの封筒が現れた。

中を開けると、バラバラと写真の束がこぼれ落ちた。

写っていたのは——若かりし頃の京介と、ある一人の少女の姿。

少女は清楚で美しく、その穏やかな笑顔にはどこか繊細な儚さ
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Comments (1)
goodnovel comment avatar
良香
これはこれでかなりキツイ・・・。 舞さんの結婚生活が全て嘘ではなかったと思う。だって舞さんは真実あのクズを愛していたをだから。ただ、幻影だったのかな。過ぎた過去、と笑える日が1日も早く訪れます様に。
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