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第2話

Author: 風羽
舞はシーツをきつく握りしめ、指先にくっきりと皺が刻まれていく。

こんなときでも、彼女の思考はどこか冷めていた。外の女たちは、京介を満足させてやれなかったのだろうか。今日の彼は、いつものようにすぐ目的へと向かわず、珍しく時間をかけて彼女にキスをした。

けれど、舞の心は少しも動かなかった。

嫌悪感以外、彼女には何も感じなかった。

彼女は、まるで死んだ魚のようにベッドに横たわったまま、京介にされるがままにしていた。どうせ何をしたって、彼には子どもを作ることなんてできないのだから。

最初、京介は舞の露わになりそうでならない様子に興奮していたが、今や舞は木のようにシーツの上に横たわっている……

これでは、どんな男でも興が削がれるだろう。

とてもがっかりだ。

京介の黒髪にはうっすらと汗が滲み、額も頬も紅潮している。掠れた声で問いかけてきた。「どうして嫌がるんだ?」

二人の間にそういった関係があることは少ない。だが月に数度は、彼が彼女の腹に種を残そうと試みる。

舞は真っ白な枕に頭を預けたまま、京介を見上げた。自分が四年も追い続けてきた男を。

もう、疲れた。すべてに疲れ切った。今度こそ、自分のために生きたい。

しかし京介はそれを知らず、なぜ彼と夫婦生活を送らないのか、なぜ彼と協力して合法的な後継者を産み、彼の権力争いを続けないのかと問い詰めていた。

舞は手を伸ばし、夫の頬をそっと撫でた。そして静かに口を開いた。「京介、私たち、離婚しよう」

京介の顔に不快の色が浮かんだが、それでも怒りを抑えながら口を開いた。「愛果のことか?ただの親戚の娘だと言っただろう。彼女がそこに住むのが嫌なら、もう別の場所に移した」

……

舞は冷たく笑った。親戚の娘をわざわざ別荘に一人で住まわせて?歩く時は親密に抱き合うのか?

それらの言葉は彼女は言わなかった。言うと品位を落とすからだ。

彼女はベッドサイドの小さな引き出しを開け、中から離婚協議書を取り出すと、京介の手に押しつけた。「預金と不動産、それから……栄光グループの株も半分いただくわ」声の調子はあくまで淡々としていた。

京介は眉をひそめた。「栄光グループの半分の株だと?欲張りすぎじゃないか、周防夫人」

その口ぶりには皮肉が滲んでいた。まるでビジネスの交渉でもしているようだった。

舞の心は凍りつくような思いで満たされていた。

京介は、永遠に知ることはないのだ。あの日、彼をかばって受けた一蹴りで、舞はほとんど母親になる機会を失ったことを。でも、彼女はそんな泣き言は一切口にしなかった。

愛したことも、憎んだことも、舞は決して後悔していない。与えることも、手放すことも、自分で選んできた。

舞はベッドのヘッドボードに背を預け、その白く穏やかな顔にかすかな微笑を浮かべながら、京介の立場さえも気遣うように言った。「離婚すれば、あなたも心の相手に、堂々とした立場を与えられる。私は株を手にして去るだけ。これでお互い、何もかも丸く収まるわ」

彼女は本気だった。

京介はようやく悟った。これはただの感情的な騒ぎではない。彼女は、ずっと前からこの時を計画していたのだ。

彼は舞をじっと見つめた。その黒く深い瞳は、まるで彼女の心も体も丸ごと飲み込んでしまいそうなほどに、底知れない光を宿していた。

しばらく沈黙が流れたのち、京介は冷ややかな声で告げた。「その考え、早めに捨てるんだな。舞、俺たちは離婚なんてできない。俺たちは利益を共有するパートナーなんだ。このことは、お前だってよくわかってるはずだろう」

そう、彼女はよくわかっていた。

しかし今、彼女はそれに従いたくない。

舞が何も答えないことに、京介は苛立ちを覚えた。彼は立ち上がり、バスローブを手に取って客室に向かおうとする。今夜は少し頭を冷やせばいい。明日の朝になれば、また「周防夫人」でいることの心地よさを思い出すはずだ。栄光グループで二番目の権力者である、その感覚を。

京介は冷たく笑った。舞はいつだってこうだ。

だがその背後から、ふと微かな声が聞こえた。まるで四年前の、あの青く、儚かった舞のような声だった。「京介……きれいに別れましょう。私は本当にあなたと一緒にいたくない」

京介の体がぴたりと止まり、わずかに強張った。

長い沈黙のあと、彼はゆっくりとベッドの傍に戻ってきた。その声は、これまでになく静かだった。「舞……俺と結婚したときには、周防家に愛なんてないって、わかってたはずだ。俺にはないし、お前もそれを望むべきじゃない……そんなものを望んだら、苦しくなるだけだ」

彼は手を振った。

舞が手渡した離婚協議書の束が、まるで雪のように宙を舞い、床いっぱいに散らばった。

……

朝の八時。

京介はクラシックな白黒のスーツを纏い、ゆったりと階段を降りてきた。仕立ての良いスーツは彼の長身によく映え、その姿はまさに洗練された美しさを纏っていた。

気分は悪くなかった。だが、ダイニングのテーブルが空っぽなのを目にした瞬間、胸の中に冷たい風が吹いたように、気分がしぼんでいく。

彼はコーヒーカップを取り上げ、一口すすると、さりげない調子で近くにいた使用人に声をかけた。「……奥様は?」

昨夜の激しい口論は、屋敷中の者たちに知れ渡っていた。使用人は気まずそうに、慎重な声で答える。「奥様は今朝早く、おひとりで会社へ向かわれました」

その答えを聞いた瞬間、京介は手にしていたカップをテーブルの上に音を立てて置いた。

彼は朝食を食べる気を失った。

30分後、彼は車で栄光グループに到着し、秘書の中川(なかがわ)はすでに駐車場で待っていた。

黒いベントレーが止まり、中川はドアを開け、京介に今日の会議の内容を報告した。京介は歩きながらスーツのボタンを留めていく。何気ないその仕草ひとつひとつが堂に入っており、通り過ぎる女性社員たちが思わず目で追うほどだった。

二人は専用エレベーターに乗り込む。

中川は話を切り上げるように声を潜めて言った。「メディアプロジェクトに、副社長が突然ご自身の部下を割り込ませました」

京介は黙って、上昇していくエレベーターの赤い数字を見上げる。

しばらくして、彼は嗤笑いを漏らした。「彼女も腕を上げたな」

……

会議中、京介と舞は衝突した。

彼らは夫婦であり、舞がビジネスの場で見せる手腕も、元をたどれば京介が手取り足取り教え込んだものだった。そんな二人が今や激しく対立している様子は、まさに見ものだった。栄光グループの中堅から上層にいたる社員たちは、思わず息を呑んでその光景を見つめていた。

会議が終わった時、すでに夕暮れ近くだった。

舞はオフィスに戻り、体を本革のソファに投げ出し、眉間を軽く揉んだ。

頭が鈍く痛み、不快感がじわじわと広がっていく。彼女は髪をほどき、そのまま無造作に垂らした。

そのとき、彩香が一杯の白湯を持ってきて、コーヒーテーブルの上にそっと置いた。「京介様の私人弁護士からお電話がありました。一階のカフェでお会いしたいとのことですが……いかがなさいますか?」

舞は軽く眉を上げた。「……上原九郎(うえはら くろう)?」

上原九郎、国内で屈指の大弁護士。

彼が率いる「上原法律事務所」は、業界のトップに君臨している。だが彼のもう一つの顔は、京介の「影の手」。京介が表に出るには都合の悪いことを、彼が代わって処理するのだ。

彼らの友情は深く、利益は根深い。

誇張抜きに言えば、京介は舞と離婚することはあっても、九郎と絶縁することだけは絶対にない。

今回、京介が彼を動かしたということは――おそらく、離婚の話が外に漏れるのを避けたいのだろう。

舞は少し考えたのち、やはり会うことに同意した。

10分後、彼女は専用エレベーターで1階のカフェにやってきた。

九郎は窓際の席に座っていた。

英国風の三つ揃いのスーツが、堂々とした体躯を包み込み、彼の立体的で整った顔立ちには、習慣的に厳しさが漂っていた。

舞の足音に気づき、九郎はふと視線を向けた。

普段は感情を表に出さない彼の黒い瞳に、一抹の驚きが浮かんだ。

彼は、舞のこんな姿を見るのは初めてだった。

記憶の中の舞は、常に高級なスーツを身にまとい、隙のない立ち振る舞いで京介の隣に立ち、彼と共にビジネスの修羅場を切り抜けてきた。だがその世界の内情を知る者なら皆が知っていた。京介は舞を愛していない。彼の心は、別の誰かに向いているということを。

今日の舞はとても違っていた。

彼女は快適な薄手のニットに着替え、少しだけ体にフィットし、黒くて艶やかなストレートヘアは少しカールして肩に散らばり、髪の毛はとても柔らかそうに見えた……

九郎がふと見惚れている間に、舞は彼の正面に腰を下ろし、感情を抑えた静かな声で言った。「京介が、あなたに話をさせに来たの?」

九郎はわずかに瞬きをしてから、すぐにいつもの冷静な面持ちに戻った。

そして、公事用のブリーフケースから一枚の書類を取り出し、そっと舞の前へ滑らせる。「この婚前契約書によれば……もし奥様が本気で離婚を望まれるのであれば、得られるものはほとんどないかと」

舞は書類を受け取り、丁寧にページをめくっていった。

書類の最後のページをめくると、彼女は少し驚いた——

4年前、京介は一手を打っていた。

しばらく黙ったまま書類を見つめていた彼女は、やがて静かに口を開いた。「たとえ何も得られなくても、私は離婚する。九郎、もう私のこと、奥様なんて呼ばないで。舞って呼んで」

数々の著名人の離婚案件を手がけてきた九郎の心は、もはや鉄のように冷たく、動じることはなかった。

彼はコーヒーカップを手に取り、一口啜ると、感情のこもらぬ口調で言った。「なぜ今になって急に離婚したいと思った?あれだけ京介を愛していたじゃないか。浮気くらい、この世界じゃ珍しくもない」

舞は顔をそらし、苦笑を浮かべた。

世界中の誰もが、舞が京介を愛していることを知っていた。京介本人だけを除いて。いや――もしかすると彼も気づいていたのかもしれない。ただ、気にしていなかっただけだ。

そのときの舞は、どこか儚げで脆く、美しかった。九郎の目には、それが愛果よりもはるかに男の所有欲をかき立てる魅力に映っていた。

彼がそんな思いを胸の奥で巡らせていたとき、カフェの扉が開いた。スーツ姿の長身の男が、まっすぐこちらへ歩いてくる。

他の誰でもない、京介だった。

店に入ってきた京介の視線は、すぐに九郎に向けられた。九郎は今まさに、舞を見つめ、何かを思い巡らせている。

突然、京介の心に何か不快な感情が湧き上がった……

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