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私が去った後のクズ男の末路
私が去った後のクズ男の末路
Author: 風羽

第1話

Author: 風羽
結婚して四年、まだ「七年目の浮気」なんて言葉さえ縁のない頃、周防京介(すおう きょうすけ)はすでに外に愛人を囲っていた。

立都郊外の高級別荘の門前。

周防 舞(すおう まい)(旧姓:葉山)は高級車の後部座席に座り、静かに夫が女性と密会するのを見つめていた。

あの女性はまだ若く、白いワンピースに身を包み、清らかで人目を引くような美しさがあった。

二人は手を繋ぎ、まるで深く愛し合っている恋人のようだった。京介の顔には、舞が一度も見たことのない優しさが浮かんでいた。

少女は小さな顔を上げ、甘えるように声を上げた。「足、痛い……京介、抱っこして?」

舞は思った。京介が応じるはずがないと。彼は感情を表に出さないことで有名な男で、気難しく、どれだけ新しい相手を可愛がっていたとしても、そんな甘ったるい要求に応えるような人ではない、と。

だが次の瞬間、舞の予想は無惨に打ち砕かれた。

夫は女の子の小さな鼻先をそっとつつき、その仕草には抑えたような優しさがあった。そして腰に手を回し、彼女を軽々と抱き上げる。まるで壊れ物を扱うかのように丁寧に、大切そうに。

女の子の白く細い手は自然と男のたくましい首筋へと伸び、黒く艶やかな髪を撫でていた。

京介のその首筋には赤い痣がある。見た目はどこか艶っぽく、触れると敏感な場所だった。かつて、舞がベッドの中でうっかりそこに触れたとき。京介は彼女の細い腕を押さえつけ、恐ろしいほど激しくなった……

そして今、京介はもはや抑えきれず、女の子の身体をあずまやの太い柱に押しつけた。その目は輝いていた。

舞はそっと目を閉じた。もう、これ以上見ていたくなかった……

舞は、京介がこんなふうに誰かを想い、狂おしくなる姿を今まで一度も見たことがなかった。

なら、自分は何だったのだろう?

結婚前、自ら追いかけてきたのは他でもない、京介の方だった。「舞、お前は俺の権力の場で最も適したパートナーだ」

そのたったひと言に、舞は愛してやまなかった芸術の道を捨て、何のためらいもなく周防家に嫁ぎ、名声と利益の渦巻く世界へ飛び込んだ。まるで炎に惹かれて飛び込む蛾のように、恋に焼かれるように。

そして四年の歳月が過ぎ、京介は一族の実権を手にした。

舞は、あってもなくてもいい存在、切り捨てられる駒に成り下がった。彼は舞が堅すぎる、女らしさに欠けると嫌がり、外で女を囲い、愛人遊びにふけるようになった。

舞、あなたは本当に甘かった。滑稽なほどに。

……

目を再び開いたとき、舞の瞳には、もはや愛も、憎しみも残っていなかった。

感情が消えた今、残るのは金の話だけだ。

京介が愛人と密会しているこの別荘、実は、夫婦の共有財産だった。

舞はこの不倫カップルに得をさせる気にはなれなかった。前の席に座る秘書・安田彩香(やすだ あやか)に、小さな声で尋ねた。「この三ヶ月、京介はずっと彼女と一緒だったの?」

彩香は素早く答えた。「その女の名前は白石愛果(しらいし まなか)です。京介様の幼馴染みですが、あまり賢い子ではありません。三ヶ月前、京介様が周囲の反対を押し切って彼女を会社に入れてから、ずっと大事に守ってきました」

一束の資料が舞の前に届けられた。

舞は資料をぱらぱらとめくりながら、ふと思った。自分は、彼らを許すことができるかもしれない。

もちろん条件付きだ。京介がきちんと夫婦共有財産を分けてくれるなら、舞はその金と株を受け取って、きっぱりとこの関係に幕を下ろすつもりだった。

車の外では、秋の葉が黄金色に輝いていた。

夕日が少しの金色を添え、まばゆく輝いていた。

舞は気持ちを整え、京介に電話をかけた。数回の呼び出し音のあと、ようやく彼が出た。おそらく、愛人との甘い時間を過ごしていたのだろう。その声は相変わらず、上から目線で冷ややかだった。「何か用か?」

舞はまつげを伏せ、静かに問いかけた。「今日、私の誕生日なの。家で一緒に夕食、どう?」

電話の向こうで、京介はしばらく黙っていた。

男というものは、帰りたくない時にはいくらでも理由を見つけるものだ。たとえば「外せない接待がある」だの、そんなありふれた言い訳を。

けれどその時、舞の耳に、あの女の甘えた声がはっきりと届いた。「京介、まだ終わらないの?彼女と話すなんて許さない……」

京介は一瞬言葉に詰まった。少しの間を置いて、彼は気まずそうに淡々と口を開いた。「他に用がないなら、切るぞ」

ツーツ……通話終了の音が舞の耳に響いた。

それが京介のやり方だった。いつだって迷いはない。情を引きずることもない。

彩香が怒りをあらわにした。「京介様、あんまりです!忘れてしまったのですか……」

しかし、舞は気にしなかった。

むしろ内心では、こう思っていた。ごめんなさいね、京介様。甘い恋愛と可愛い女の子に夢中なところ、お邪魔しちゃって。しかしどうしよう、彼女は法律上の周防夫人として、機嫌を損ねた。

舞はふっと微笑んだ。「忘れたんじゃない。気にも留めてないだけよ。彩香、この別荘の水道と電気、それからガスも全部止めてちょうだい。そうすれば、あの男も帰る場所を思い出すでしょう」

彩香は思わず感嘆の声を漏らした。「本当に見事なやり方ですわ」

けれど舞は何も答えなかった。顔を横に向け、静かに車窓の外へと視線を向ける。

落日が金色に輝き、夕雲が壁のように重なる。

あの年の、あの夕暮れも、こんなふうに空が赤く染まっていた。そのとき舞は京介に訊いたのだ。二人の夫婦の契約って、一生のものなの?京介と舞は、絶対に裏切り合わないの?

京介は頷き、はっきりと言った。「舞は俺にとって、何よりも大切な存在だ」

けれど、今の彼は違った。彼の言動が、舞にこう思わせた。もう、金さえあればいいのだと。

一滴の涙が、舞の目尻を伝って落ちた……

……

舞はロイヤルガーデンの別荘へ戻った。

半時間後、秘書が離婚協議書を持ってきた。

舞が求めるのは、財産の半分。

彼女はシャワーを浴びたあと、すでに服は身に着けていたはずだった。けれど、なぜか吸い寄せられるようにドレッサーの前に立ち、真っ白なバスローブを脱ぎ捨てた。水晶のシャンデリアの明かりの下、鏡に映る自分の体を静かに見つめる。

長年、働き詰めの身体はふくよかさに欠けていたが、それでも白く透き通るような肌が、どこか冷ややかな気品を保っていた。

だが、明らかだった。舞の身体は、男を惹きつけるには足りなかった。そうでなければ、京介がわざわざほかの人へ愛を求めるはずがない。

舞はあの若い女の子を思い浮かべた。脳裏には、京介があの若々しい身体と絡み合い、汗だくになりながら激しく愛し合う姿がよぎる。きっと、自分と交わるときよりも、ずっと熱く燃え上がっているのだろう。

舞はふと眉を寄せ、自分の中でそんな比較をしてしまったことに恥じた。

そのとき。クローゼットの扉が、静かに押し開けられた。

京介が帰ってきたのだった。

彼はクローゼットの入口に立っていた。

高級ブランドの黒いシャツにスラックス、その洗練された装いが、すらりとした体を際立たせている。明るい照明の下、上品で立体的な顔立ちは、大人の男だけが持つ魅力に満ちていた。

舞は思わず考えてしまう。この男、たとえ兆を超える資産がなかったとしても、この外見ひとつで、いくらでも女は寄ってくる。

四年も彼と共に眠った自分は、ある意味、損はしていないのかもしれない。

二人の視線がふと交わった。何も言わずとも、互いに心の奥を読み取っていた。

京介はゆっくりと歩を進め、舞の背後に立つ。そして、ふたりは並んで鏡の中の姿を見つめた。舞はすでに衣服を整えていた。滝のような黒髪はきちんとまとめられ、湯上がりとは思えぬほど、隙のないキャリアウーマンの風情を保っていた。

京介は、よく覚えている。あの新婚の夜。彼女はまだどこかか弱く、

男の体を前にして、身を小さく震わせていた。

新婚の夜、彼らは何も起こらなかった。そして半月後、仕事上のトラブルが起きたあの夜。舞は京介の胸に身を縮め、震える声で彼の名を呼んだ。京介は彼女をしっかりと抱きしめ、その晩、ふたりはようやく「本当の夫婦」になった。

彼らの夫婦の営みは、本当に数えるほどしかなかった。

家では舞は尊い奥様。栄光グループでは権力を握る社長。どこにいても彼女は完璧で、冷たく、隙を見せない女だった。

ベッドの上ですら、京介ははっきりと言い切れる。舞は一度たりとも心を開き、本当の意味で快楽を受け入れたことがなかった。

時が経つにつれ、京介の心には、次第に虚しさが広がっていった。

そんな彼が、からかうように舞へと歩み寄り、言葉を投げた。「別荘の水道と電気、止めたのはお前だろう?ただの親戚の娘にちょっと世話を焼いただけで、不機嫌になるなんてな」

舞は鏡の中で彼と目を合わせた——

京介は計算した。この数日、舞は排卵期のはずだった。

彼はそっと手を伸ばし、舞の耳たぶを撫でながら、顔を近づけて低く囁いた。「誕生日だから?それとも、生理的な欲求のせいか?奥様、まだ二十六だってのに、随分と強いじゃないか」

口にする言葉は下品だったが、舞にはわかっていた。京介が何を望んでいるのかを。

彼は子供を欲しがっている。

周防家のオヤジは今も栄光グループの株を10%握っている。京介は子供を手に入れ、その存在を交渉の切り札にしたかったのだ。

しかし、京介は知らなかった。彼らには子供ができる可能性は低いのだ。あの事件の時、舞が彼を突き飛ばして外へ出たその直後、何者かに腹を強く蹴られた。それ以来、彼女の妊娠の可能性は限りなく低くなっていた。

舞はそっと目を閉じ、胸の奥に広がる悲しみを押し隠した。

だが、京介は珍しくその気になっていた。

彼は舞の身体をあっさりと抱き上げ、主寝室の柔らかな大きなベッドへと横たえた。そのまま、彼の身体が覆いかぶさってくる。

舞はどうして承諾するだろうか?

舞は京介の胸を押さえ、黒い髪が白い枕の横に半分広がり、浴衣が少し緩んでいた。「京介!」

けれど京介は舞の顔をじっと見つめたまま、まるで魔法にかけられたように顔を寄せてきた。唇が重なり、その体は今にも抑えきれぬ衝動の矢を放たんとしていた……

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